第8話 強くあれ

それにしても、

こいつはいつまで焦らすつもりだ?

さっさと止めを刺しに来てくれないと反撃の隙をつけないじゃないか。

躊躇するならはじめから裏切るな



                ***



穏やかな気候がつくり出す木漏れ日と、

朝の陽光を防ぐ木立のつくる影がどこまでも続く。

深い森の幹から伸びる脇枝たちは、地面が近づくに従って張りある潤いを失い茶枯れゆく。

光が届かぬ故に終わりを迎えた命の末路は、

未だ人の手が入らぬ深い深い森であるのだと、無言の内に教えてくれた。

所々の天井に枝葉のない空間があった。

空いた隙間から差し込む光の下には、新たな命が芽生えている。

若緑色の芽が、光を取り込もうと一心に浴びる姿と、

円柱状で斜めに差し込む白のオーロラの如き陽光が、生命と世界の神秘を見せ付ける。

澄んだ森の空気を味わうようにそっと視界を闇で覆えば、

遠くない場所から鳥の鳴く声が響いてくる。

鳥の歌に誘われたのか、どこからか清しい風が吹き込んできた。

高いソプラノの旋律に、風の奏する草葉の擦れる伴奏が加わって

心地よい音色が静寂の森に流れる。

深呼吸をし、暗闇の中での一呼吸の間聞こえてくる音色は耳に心地よく、

けれど聴力を森の演奏に奪われていては先に進めず

奪われた耳を取り戻すように

下がっていた瞼を持ち上げた。

暗闇の中では感覚の全てであった聴覚が弱まり、

変わりに視覚と第6感が力を発動して、道なき道を先へ先へと導いていく。


時々後ろを振り返って今の位置を確かめる。

振り返る度に

帰り道の道しるべとして折っている枝がぶらりと垂れている姿が目に付いた。

安心感と共に口元が薄く笑む。


けれど今向かっている場所は悲しい惨劇の現場。

笑ってなどいられない。

たくさんの死体が転がっているだろう

多くの血が流れているだろう

心の準備をしておかなければ。

うぅ、確実に起こりうる光景を考えると、気が重くなる。

それでも、行って生き残りがいないか確かめないと落ち着かない。

誰もいなければ地図なり何なり、使えそうなものをみつけないと

ずっと森で生活するか、人を探してさ迷い歩くことになる。

それは困る。というか嫌。

しばらく進んで行くと視界の先に光溢れる場所が見えた。

「あそこか、迷わなかったな」

そして嫌なものを見るであろう覚悟と共に、光の中へと歩いていった。



赤き液体が大地に浸み込み、浸みきれずに残った液体は

死体の周りで血溜りを作っている。

町のあらゆる場所に死体が転がっている。

そんな光景を思い浮かべていた。

だから、驚いた。

見ているものが信じられなかった。

確かにそこは惨劇であった、

けれど考えていたようなものではなくて

敵も

死体さえも

なかった。

それが一目でわかったのは、建物すべてが綺麗に骨組みを残して燃えていたから。

どういうわけか焼けた跡はみごとなまでに村の部分だけで

森には一切火の手が回っていないようだ。

不自然な、いや不自然すぎる光景は恐怖を誘う。

想定できない事態が、未知の恐怖となって襲ってくる。

何が起きた?

なぜ、死体がない。

なぜ、焦げ痕がたくさんある。

なぜ血臭と思しき嫌なにおいがするのに、発生源がない。

血も蒸発したのか、血溜りもない。

所々で地面が赤黒く焦げている。

誰もいない、物もない、何もない

「地図くらいあってよぉ」

不謹慎極まりないが、今の私にはそのくらいしかする事がない。

一応、焼け跡を探してみた。


どれほどの時が流れただろう、なぜか躍起になって焼け跡を捜し歩く。

ある程度原型を留めている建物を見終わってから決断した。

(やっぱりないか。けど道があった)

村の入り口と思しき場所に、二手に分かれた道があった。

これを辿ればどこかへと辿り着くだろう。森でのサバイバル生活も終了だ。

道の一方には馬の蹄の跡が残っていた。

結構はっきり残っているところを見ると、最近できたものだろう。

(あの兵士たちが残したもの、か)

こっちに行ってはいけない。

となると、

太陽の淡い熱を右に受けながら、もう一方の道を見る。

その道は花咲く草原を通り、林へ向かっていた。

「よし、こっちだね」

太陽が右にあるという事は、道の先が北になるわけだな。

寒い方へ行くのか、私薄着なんだけどなぁ


こんな気味の悪いところに長居は無用。

とりあえずの目的と、道を見つけた収穫と共に、来た道を引き返していく。

森はやっぱり穏やかで美しくて、

村とのあまりもの違いがぎしりと、心を締め付けた。



                          ***



太陽の輝きを頭に冠する男は、未だゆっくりとした足取りで馬を進めていた。

まっすぐ先を見据える紅き瞳が、陽の明かりの射しこむ方へと向けられる。

僅かに首を左へねじり、目を細めて明かりを見つめれば

強すぎる光に目を焼かれて視線を外す。

正面へと戻された世界の中央には、焼かれて奪われた空間がある。

太陽の焼いた視界は、白い円形となって先の景色を見えなくする。

先の見えない視界を眺めて、型良い唇が苦笑に歪む。

焼かれて先の見えぬ世界は、何よりも彼の真実を映していた。



                          ***



そういえば

オムツ替えたときにわかったけど、あの子供は男の子だったな。

名前を考えてあげなきゃ、あの子の名前を知っている人に出会う可能性はゼロに等しいもの。

この子が自分で名乗れるとも思わないし、いつまでも「君」呼ばわりでは可哀想だ。

ん~~男の子で、西欧風の整った顔立ちだから

やっぱりそっち系の名前があってる。

「何にしようかなぁ・・・・・・やっぱりすごい人の名前からもらおうかな。

 キリスト?イエス?ケネディ?は西欧じゃなくてアメリカだけど、

 ソロモン、はイスラエル。ん~~~~~~ダヴィンチ、エジソン、ナポレオン、

 ナポレオン?」

ピーンと来た。名前の響きが好みだ。

「ナポレオンいいな~」

でも長いから一部分もらうことにしよう

「ナポ、ナポレ、レオン、 お『レオン』カッコイイ!!レオンにしよう」

今日からあの子の名前はレオンです。

奥さん、怒らないで下さいよ。

(にしても、私状況に適応するの早いなぁ)

焦げ臭い村にいたときも、覚悟を決めていたからか

吐き気がすることはなかった。

いつも、そう

予想外のことが起きても驚きはするが

すぐに受け入れられる。

つらい事があっても原因を追究して解決することに楽しみを見出し、

人間らしく落ち込んだりしない。

まぁ、そんな自分が嫌いかと問われれば、答えは否だ。

落ち込んでたって何も嬉しくないもの、ダメだと思うところがあったら直していきたいと思う。

それでも落ち込むときもある、

原因がわからなく、不可抗力によるどうしようもない出来事には

どうすればいいかわからなくなって落ち込みまくる。

けれど普段そうなることはない。

それどころか本当は感情がないようにさえ思う、

誰かに相談されても幼かった頃のように心から共感しなくなった。

だって、原因が目に見えているんだもの

原因が分かれば、解決する事だってできるじゃないか。ある程度はだけどさ

だから、同情を誘うような話でも同情せずに原因と究明に脳を働かせている。

たとえば、こう言われれば

「最近彼が冷たいの、ほかに好きな人できていたらどうしよう・・・・」

マンネリしているだけじゃない?と思う

でもさすがに言えはしない、この解決策は周囲からでは判断しにくい。

原因は分かっても対応策が分からないなら、指摘だけしても傷つけるだけだから

精一杯同情するしかできない。偽りの同情だけれど、それが私にできる精一杯だから許してほしい。

「好きな人にメールしても返事が来ない」

あなたに興味がないんだよ、何かアプローチするべきなんじゃないかな。

したところで良い変化がある保障は、残念ながら持てないけれど。

「やりたいことがない」

だったら、今まで行かなかったような所に行ってみれば?なにか発見するかもしれない。

でも「やりたいことがみつからない」と言う人ほど

探そうとしないから、行動を起こそうとしないから、さみしくなる。

仲良くなれば友達というものは大切で、幸せになってほしいから、心配だから意見してしまう。

でも意見を述べると大抵の人がつまらなそうにする。

こうした方が良い。と言っても改善しようとする人は稀だ。

痛いところを突くことになるから、傷つけられたとむくれる人や、疎遠になる人の方が多い。

そして少しづつ距離を感じていく。

そういった人たちにとって、私のようにアドバイスする人はつまらないのだろう。

私の言い方にも問題があると思うのだけど、

どう直せば良いかよくわからない。よって自力で修行中。

大体の女の子は、基本的に同情して一緒に苦しんでもらえればそれで満足する。

そして、満足してしまったからそのまま変わろうとはせず、

再び同じ事を繰り返し、またぼやくのだ。

だから注意したら前向きに受け取り、むしろ感謝してくれる人に出会ったときは嬉しくなる。


私は自分が怖い。

解決策ばかりが頭に浮かんで

あの胸が苦しくなる同情というものができなくなった。

自分はなんて非情なのだろう、と思う。

私には感情がないのだろうか、と思う。

でも違う。

違うの

あるんだよ

今はだいぶ同情することができるようになった。

だから、たぶん感情だって戻っているはずだ。

ううん、戻っている実感がある。

昔、

そう 昔、

自分で捨てて

そして取り戻したんだ                         



                           

かつて


友人に、親友だと思っていた人を奪われ関われないようにされた。

話しかけても無視をされ、親友が返事をすると私を残して連れ去る。

徹底的に、関われないようにされた。

それが小学一年生のとき。

おかげで、私はクラス内で落ち着ける場所がなくなった。

親友達の他にも友達はたくさんいたけれど、

すでにクラスの中でグループができていて入りずらかった。

狭く深く、な友人関係がいけなかった。

いや、友達は多かったから、幅は広かったかもしれない。

でも深く関わっていない皆は、3人が仲違いをしている事実を知らずに

「仲良し3人組」としていつも同じ班にしてくれた。

そのやさしさがアダとなる。

少子高齢化のお陰か、田舎の学校はクラス替えがなく

何年たってもずっとひとりぼっちだった。

それでも皆に心配かけたくないし、

弱っているところを見せたら、あのひどい元友人に負けたような気になるから

寂しいのも何も悟られないように、ずっと笑って過ごしていた。

毎日がつらかった。

でも、まじめな性格が災いして胃が痛くて起き上がれない日にしか休まなかった。

風邪をひいた日はうれしくてたまらない。

それでも精神異常を起こさずにいられたのは母が励ましてくれたからだろう。

(今考えると「美羽は悪くない」を言いつづけていただけだったな。

 それで安心するなんて、昔は純粋だったなぁ)

でも、母に何と言われようと

毎晩毎晩布団の中で一人泣き続けていた。

辛くて、辛くて、この苦しみを無くしたいと思った。

そして、辛い、悲しいという感情を押し殺せるようになっていった。

学校へ行き、そのいじめっ子に挨拶をしても返されるわけがない。とわかっていても

無視されるのが辛くても

そいつが返事をしてくるまで言い続けた。

「おはよー。・・・・・おはよう!・・・・おはよーおはよーおはよーおはよー」

嫌がらせのごとく挨拶を返してくるまで言い続けた。

あのしぶしぶ返事をする姿を見るためだけに。

無視されつづける苦痛を押し殺し、

うるさいと罵られても、返事をしてくれるまで言い続けた。


そのいじめっ子は私が憎いわけではなかったらしい。

その子の母親が私に負けることをひどく責めていたようだ。

私は運動が得意なのでかけっこで負ければ怒られ、

けれど私は勉強が嫌いなのでテストで勝てばほめられる。

でも、私は得意な科目では並々ならぬ点を取るから、その教科では怒られる。

という噂を聞いた。

あのいじめはその八つ当たりだったのだろう。

でもそれを知ったからといって、私の苦しみがなくなるわけではない。

その母親を正すことは誰にもできないから

その人の母は嫌われ者だった、誰の助言も聞かない人だったから。

だから、解決策は絶たれていた。

そのときの私には、他に解決策がみえなかった。

児童相談所に相談するなんて恥ずかしかったし、

それ程のことじゃないと思っていた。

いじめなんだとも思っていなかった。

変なところで落ち着いていて、それが裏目に出た。

そして今の親友に出会うまでの5年間、孤独は続く。

今の親友に出会うまで、誰も信じられなかった。

誰の声も、私の心には届かなかった。


孤独との戦いの中、私は感情を失っていったから


悲しみも、苦しみも押し殺していたら

何も感じなくなっていった。

悲しいと、つらいと、感じなくなった。

無理して笑う顔が、自分さえも誤魔化せる程自然になった。

その偽りの笑顔には母も気づかない。

ただ元気になっているのだと、そう思ったようだ。



そして今、私は感情を求めている。

いや、既に取り戻してはいる。

でも一時期無かったものだから、違和感を感じている。


けれど、今のままでもいいと思ってる。


共感できないのはつまらないし淋しいが、

何が起きても冷静でいられる自分は好きになれたから。

ありのままを受け入れる、という事を学んだから。

そう、受け入れるという事を学んだ。

昔は、不幸続きの自分なんて嫌いで生きる必要までも否定していた。

なのに、それでも救いの手をもとめていたのだろう

自分のことが嫌いだけど、自分のことを助けてほしい、自分のことを想ってほしい。と願ってた。


孤独から抜け出すのに必要なのは、誰かが傍にいてくれることだと思ってた。

信じられるような良い人が現れて、孤独がなくなるのだと思ってた。

でも違った

私が私を認めてあげなければ、誰にも認めてもらえないと気づいた。


一番身近な「私」が嫌うような醜い人間を、誰が素敵だと思うだろう

誰が友になりたいと思うだろう。

一番身近な「私」が愛せないのに、他人に私を愛してくれと言うのは無理がある。

自分が認めないで、他人に認めてくれ、助けてくれと言うなんて

身勝手だ。

気づいて、何かが変わったのだろうか

その後、今の親友が現れ

孤独が終わった。



今の状況は、辛いなんて思わない。

昔より辛くないから、とかじゃなくて

今は何でも簡単に受け入れられるようになったのだと思う。

人が死んで、血が流れて、血臭に酔い眩暈がするけれど

問題は山積みだけど

そんなことより、今までにない状況だから

面白い




私はすべてを受け入れる。



受け入れられずに抗って

こんなの嫌だ、とわめくなど



遠い昔の記憶に過ぎないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る