第7話 誓いましょう
泣いて、いるの?
泣かないで
大丈夫、大丈夫だから
私はここにいるから
泣かないで
一人じゃないから
泣かないで
ねぇ
聞こえてる?
あぁ
そうか
私なのね
泣いているのは
私なのね
誰の声も届かない
闇の中に居る
私なのね
大丈夫
もうすぐ終わるから
必ず終わるから
大丈夫
もう泣かないで
泣き声に促され、目が覚めた。
何か夢を見ていたけれど忘れてしまった、どうでもいいような夢だった気がする。
寝ぼけているのかな、
泣き声が聞こえる
私は泣いてないのに。
気のせい、か・・・・・・?
「ふぁ―――」
眠い。
お母さんご飯作ってるかな?
まだ寝てる?だったらもう一眠りしたいな
「おぎゃぁあぁあ」
あ・・・
赤ちゃん。
(そっか、ここ異世界だった。)
ご飯は木の実しかないし、子育てしなきゃいけないんだ。
とりあえずお腹減ったし、桃梨(桃っぽい梨)食うか。
赤ちゃんには口移しかなー
ピロリ菌うつっちゃったらごめんよ、私感染しているかわからないから。
隣で泣きじゃくっていた赤ちゃんはあやしても泣き止まなかったから
泣かせたまま放っておいて、
私は桃梨を置いておいた建物へ向かった。
朝はやっぱり清々しい。
澄み切った冷たさのある空気が眠気を覚ます。
けれど寒くはない、やっぱり気候が安定しているみたい。
街の外からは早おきな鳥のさえずりが聞こえてくる。
街に流れる微かに冷たい風は、やさしく顔に当たっては過ぎていく。
その冷たさが心地よくて、そっと目を閉じて風を感じていれば
視力を使わない変わりに聴力が過敏になり
鳥のちいさなさえずりが大きな音として耳に届いた。
桃梨を取りに行っている間ずっと赤ちゃんの泣き声は続いていた。
200メートル程離れても僅かにその声は聞こえていて
悠長に風に浸っているのをやめ、急いで赤ちゃんの元へ戻っていった。
戻ってみれば、赤ちゃんは私の腕の中のものを見つけると
なんか食べたそうに手を伸ばしてきた。わかりやすい変化をありがとう。
私は何度か口の中で桃梨を噛みつぶし、かまないで飲みこむだけの状態になった桃梨を
手につまんで赤ちゃんの口にもっていく
と、パカリと口をあけて迎え入れてくれた。
少しもごもごしてから最終的には飲み下す。
「おお!すごいなキミ!!やればできるじゃん」
よかった
何とか食料の問題は解決しそうだ。
赤ん坊はまだ物足りないようで「ちょーだい」みたいにだぁだぁ言いながら手を伸ばしてくる。
くぅー、かわいいやつめ
木の実2個ほどあげてもまだほしがっているが、その体でこれ以上は食べ過ぎのように感じたので
「もうないよー」
とい言いつ後ろに残りを隠した。
私、何しているんだろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
見ず知らずとも呼べる、というか名すら知らない子供とじゃれあってる。
(確かに成人しているし、結婚して子供がいてもおかしくはない年齢だけど)
結婚どころか、就職も飛び越えて子育てしてるし・・・・・就職、したかったなぁ
「ははははは、笑える」
これまで描いていた人生設計台無しじゃん。
私が笑うと赤ちゃんも笑い出した。かわいいなぁ
ちっこい私の悩みなんか忘れさせてくれるよ。
でも、その子供はしばらく笑っていたかと思うと
何かを探すそぶりを見せた後再び泣き出してしまった。
「うわっ、どうしたの?」
なんだか
泣いているにしてもさっきとは違う雰囲気を感じる。
「あぁ」
なるほど
「お母さんか」
お母さんに会いたいんだね、お母さんの匂いが恋しいんだね。
あの女性のぬくもりが恋しいんだね。
でもごめん
あなたのお母さんはもういないんだよ。
私は守ることも助けることもできなかった。
どんなに探しても、亡骸しか見つからないんだ
「泣かないで。大丈夫、これからは私がいるから、ずっと一緒にいるから」
そう言って抱きしめるが赤ちゃんは私を押しのけ、なおも泣きつづける。
見ず知らずの私のぬくもりと、母のぬくもりは違うのだろう。
探すように這い出そうとするから、気が済むようにさせようと地面に降ろした。
でもこの赤ん坊はハイハイもできないらしく、ポテッと地面に座り込んで
ただただ泣き続けていた。
赤ん坊は泣く
泣きつかれて眠るまで
***
陽の光が冷えた大地を照らし始めた世界の中に、馬を二頭引き連れる人影があった。
目覚めたばかりの太陽は世界を低い位置から照らし、黒い影を薄く細く伸ばす。
「異界の者、か」
馬に乗る男は誰に言うともなくポツリと呟く。
世界に色を与える光は、彩りを与える前に白の色で薄く世界を包み込み
小さな声をその白い光で消し去っていく。
白い光に隠されて薄れゆく声に気づいているのかいないのか、
声の主は尚も小さな声で言葉を放った
「可哀想に」
己の声が消え行くことを望んでいるかのよう、そっと出された呟きは
白い光と、夜気の冷たさが残る冷涼とした朝の風に攫われた。
不幸を招くとされる赤き瞳を宿す者は
砂色のゆったりとした外套に身を包み、金の髪を揺らして
神隠しが起きると噂される森へ向かう。
***
「寝たか」
赤ちゃんが眠りについたのを確認して、私は森に向かった。
眠っている間に村探しに行くことにした。
街にある大きな建物も気になるけど、たぶん誰もいないだろうし。
太陽はまだ東の空にある。今までは木々に隠れてその姿を拝むことはできなかったけれど
今は少し顔を出しているから、直視して目を焼かれ、視界を奪われることもできる。
日の光が直接に差し込んできて、世界の色味が強くなってきた。
もうお天道様に見らちゃいけないことはできないね。フフフ
街を出ると、中に居たときよりも微かに肌寒い
そして肌寒さは悪寒に変わり襲い掛かってきた。
あの死体が目の前にある。
夜には見えなかった細部が、今はしっかりと見ることができる。
見慣れぬその姿に血の気が失せた。
昨日と変わりのない蝋人形のような姿。
しかし今は赤い血色がはっきりと見えて、背筋を嫌な痺れが這い登る。
これが昨日までは動いていたんだ。
話をし、気を使ってくれる人間だった。
それが今は私の目の前に転がっている。昨日と同じ姿勢のまま変わらずに。
このままではあまりに可哀想だ。
数歩街に戻って道の脇に咲く淡い緑色の花を摘む。
神秘的なその花は仏花として最適なように思えた。
そっと動くことのない体の前に置く。
と
花は砂でできていたかのように、風が吹いただけで崩れ去り
まるで天へと導かれているかのよう、風に乗り青い空へ溶けていった。
天へ上るあの花は、本当に仏の花なのかもしれない。
名前も知らないあの子のお母さん、その花はお気に召しましたか?
その花は、あの子の傍でも揺れているんですよ。
「貴女のお子さんは元気ですよ。
さっきまで母親を探していましたが、じきにそれもなくなるでしょう。
きっと、もの心ついたときにはあなたのことは忘れて元気に育つ。
母の死をずっと覚えているより・・・・・・幸せかもしれません。」
だから心配しないで
あなたの子供に寂しい思いはさせないよう、努力しますから。
「だけど、どうか守ってやってください。私にも、誰にもあなたの代わりはつとまらない」
この世に同じ者などいないから、私にはできないことがあるだろう。
そう、あの子が私を押しのけて母を求めたように。
瞼を伏せて黙祷をする。
太陽を背にして光を遮断すると、目の前が真っ暗になる。
この闇の中に死者達がいるのだろうか。
私には見えない闇の先には何があるのだろう。
魂の輝きが闇を照らして、死んだ人たちは彼らにしか見えない世界へと向かうのだろうか。
魂の輝きが冥府へ向かう者の道しるべとなるのだろうか。
私があの子を守りますから、だから
いつか心配の無くなる日が来たら、その時は安心して輝きに従い成仏してください。
効果があるかは分からない、精一杯の祈りを終えて闇の世界を終わらせる。
変わりに現れた世界にあるのは、深い緑と若い緑。
まっすぐ森の奥を見て、女性の死と決別するように
動かない体の横を通り過ぎ町のあるだろう方向へと足を踏み入れた。
森に入れば樹に包まれているような、大きな力に包み込まれたような気がして
心が安らいだ。
『ありがとう』
「え!?」
聞き慣れたものではないけれど、忘れられない静かな声がした。
驚いて振り返るが、幽霊はみあたらない。
もちろん死体は微動だにしていない。
「そこにいるのですか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
反応なし。
でも、確かにはっきり聞こえた
ありがとうって
目頭が熱くなる、泣きたくなる。
けれど泣いてはいけないと思った。
弱さを見せてはこの「女性」が安心できないだろうから。
涙の代わりに笑いが溢れる。
うつむいて、片手で両目を覆う。
ハハ、と喉を震わさずに息だけで笑った。
「どういたしまして」
そう言って、
再び踵を返し街に背を向ける。
背後から、見送られているような感覚がした。
聞こえた言葉は、勝手な正義感や責任感であの子供を育てようとしていた不安定な心に
強い光を射しこんだ。
光は次第に私の心を埋めていき、晴れやかに染め上げる。
参ったな、これじゃぁ期待に背くわけにはいかないじゃないか。
勝手に頬が綻む
その期待、全力でもって応えよう。
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