第6話 経験不足です

今、目の前にいる「こいつ」は私の心境の変化になど気づいていないだろう、

だって現実逃避をやめてからも顔の筋肉を動かしていないから。

さっきと同じ「あきらめた顔」のまま固まっているから。

「こいつ」には償ってもらう、己の行為を後悔してもらう。

なにが起きても前進する、それが私だもの。

「こいつ」でそれを証明しよう



                ***




私の腕の中には月明かりに照らされて黒い髪を艶よく光らせる子供が居る。

この赤ん坊は走って逃げているときも、街に引き込んだときもえんえんと泣き続けていたが、

泣きつかれたのか街に入ってからはぐっすり眠っている。

すやすやという擬音語がよく似合うかわいらしい寝顔は、穏やかでとても落ち着いていて

先ほど見た光景が嘘のようにさえ感じられた。

でもこの子のお母さんはもういない。それは違え様のない事実だ。

あぁ、せめて子供の歳とか、食事法とか、アレルギーについてとか、その他様々な諸般の説明をしてから

息絶えてほしかった。

本当にまだ離乳もしていないんだったらものすごく困る。

この子はいったい何歳なんだろう、1才?それともまだ生後何ヶ月だったりして・・・

だとしたら離乳してないよね~

「きみぃ、今いくつ?」

人気のない街に独り言がむなしく響いた。

そりゃ返事があるとは思ってないさ!!でも、でも、実はちょっとだけ期待してた、かも。

僕天才なんです。とか言って言葉既に覚えてたりー、みたいな。

・・・・・・・・・はぁ。もぅ、ホント冗談で良いからさ

「みっつー、とか言わないかな」

離乳してないどころか生後一ヶ月だとしても、今日からあなたは離乳食です。

あぁ、神様。どうかこの子に体調異常を起こさないで。

とりあえず、いつまでも街の入り口に居るのも怖いし、居心地のよい原っぱに行こう。

どこにいようと温度変化のない街だからどこにいようと私の勝手でしょ?

あそこは建物にかこまれているから敵に見つかる心配もないし。

「ふぁ・・・」

もう夜も遅い。

暗くなった夜闇に紛れる月の淡い輝きはとても綺麗だ、フクロウの声との相乗効果で情緒深さに磨きがかかる。

あくびをかみ締めながら探索中に見つけた広場へと向かった。

規則的な呼吸音が近くから聞こえてくる、お子様はとっくにお休みだ。

あれ・・・・・お腹すいて泣いていたのかと思ったけど、

お腹すいたからなの?それとも、

あっち?

「うゎー、パン○ースのCM思い出しちゃったよ」

縁起悪い。

愕然と天を仰げば、フクロウの声がさっきよりも大きくなった気がした。

まぁ、いずれ通る道―――だけどさ

(オムツのつけ方わかんないし)

見よう見まねで何とかなるだろうか、いやなってくれないと困る。

私は二人兄妹の下の方だから子育ての手伝いなんてしたことないぞ、

親戚の赤ちゃんのオムツ替えだってした事ないぞ。

そんな私にどうしろと?

つけ方とか、その他諸々誰かに聞ければいいんだけど。さっき

「どうせこの森に人間はいなくなっている、ガキを育てる物好きなどいなくなっているわけだ」

とか言っていたからこのあたりに頼れる人はいないだろう。

まったく、なんて事をしてくれるんだあいつらは。迷惑極まりない。


時々ため息を漏らしながら、石畳の街道を広場目指して歩いていく。

静かな街に気だるげに踵を引きずったザッザッという足音だけがあって、それはちょっと楽しかったりする。

でもな、殺人現場目撃しちゃったし、子育てまですることになっちゃったし・・・・・・だるいわぁ。


私の内心とは裏腹に、街は夜になるとその美しさに磨きがかかっていた。

建物は夜の闇に溶け込んでその個性を隠し、足元にある石畳の道(軽く歩いて三歩ぐらいの幅)は

周りに生える輝く草により薄く照らし出されている。

何よりその植物が美しく、淡い緑と青の輝きが夜の街をほんのりと照らしている。

蛍が植物になったかのような、その幻想的輝きは美しすぎて時間を忘れ見続けていられると思う。

街は一定の間隔で建物が並んでおり、建物と路の隙間を埋めるように生えた草たちが夜は主役になる。

等間隔で道に沿って植えられている輝く樹がその美しさに拍車をかけ

「聖地」と勝手になずけた自分は間違っていなかったと思う。

この幻想的な、神秘的な美しさに魅了されない者などいないだろう。

(ここまで計算されて造られているのか)

神々しいまでに美しく、淡くやさしい輝きに満たされた街。

その中にいる自分がひどく汚く、異質なもののように思えて悲しかった。

(ん?そういえば・・・・・)

ここどこなんだろう。

一番重要なことを考えるの忘れてた。

・・・・・夢ではない、と思う。夢特有のボヤーとした感じがしないから。

かといって、ここは日本でもないだろう。

あの軍服(深紅に黒い刺繍のある、襟の高い中世ヨーロッパ風で連想される軍服だった。)

は明らかに日本のものではない上に、

機能性のある金具やらなにやらがついていてコスプレではないとわかる。

第一剣を腰にさしていたし、大量の返り血を浴びていた。

近くに居たときは血生臭くて一瞬めまいを覚えたほどだ。それは

私が他人の血に弱いせいでもあるんだろう。時と場合によるけどね。

そしてあの顔。暗くてハッキリとはわからなかったけど、皆ほりの深い顔立ちをしていた。

ヨーロッパの方の国かな、とも思うが

いくらなんでも今時あの格好で戦争はしないだろう。時代遅れも甚だしい。

第一地球上のどこかなら、私の言葉が通じるわけがない。

私はあの女性に日本語で話しかけた、そして流暢な日本語で返してきた。

(どこだ?)

夢でもなければ他国でもない、となると

・・・・・い、異世界?

異世界は日本語喋ってるのかぁ

って信じられるか!


・・・・・・・・・・・・・・・


(結論の出ない問題は無視しよう)

うん、それがいい。

とりあえず異世界という認識にしておこう、ここがどこだろうと言葉の心配がいらないからどうでもいい。

言葉が通じれば情報は集められるし、生きるに必要なものは調達できるだろう。

だいたい今最も考えるべき問題は、「オムツ問題」だし 。


広場に着いて一人悶々と思考を巡らせていると、また赤ちゃんが泣き出した。

お腹すいたのかなぁと思うんだけど、ミルクないし

どうせならオムツの方が良いなぁ、なんて勝手に期待して

街の中に泉があったのを思い出しそこに行ってオムツをとってみると

「くさっ・・・・・・」

嬉しいかどうかは別として予想は当たっていたようだ。

私はまず赤ちゃんのお尻を泉で洗い、それからオムツとなっていた布を洗う。

オムツの装着法を忘れないよう、取ったときの手順を考えながら

別の事を考えないで、ひたすらにオムツのことを考えていた。私の頭はオムツ一色

洗い終わった布を力いっぱい絞って、とろんとした金の瞳の再び眠りそうな赤ちゃんにオムツをつけた。

幸い、一夜漬け勉強派の頭は一時的な記憶力は良いらしく、オムツは問題なくつけられた。

乾かしていないから風邪をひかないか心配だったけど、

これ以上無いくらい絞った布はそれほど湿っていなかったから、大丈夫だよね。

オムツが替えられて満足いったのか、赤ん坊は再び眠りについた。

石畳の地面から赤ん坊をそっと抱き上げて、芝生らしき草のある広場へと戻る。


(明日あの女性がいたっぽい方へ行ってみよう、

 あいつらがいるかもしれないから見つからないようにしないと。

 赤ちゃんはここに置いていくか。また泣かれても困るし、ここなら安全だろう)


そして街の一角の広場で、黒い髪に金の瞳を持つ赤ん坊をすがるように抱きしめながら

眠りについた

寝付くまで遠くにホゥホゥと、太く低い鳴き声が聞こえていた。

それは実家に居るときと変わらぬ穏やかな音で、ゆっくりと心地よい眠りへ導いていってくれた。



このときはまだ、自分がこの世界にとってどんな存在なのか

考えてもいなかった。



               ***



夢を 見た


この日、始めてあの夢を見た。

これ以降、ときおり見ることになる あの夢を



                



薄暗い檻の中


目の前に一人の年老いた男が座っている。

そいつは鉄格子のついた小さな窓を見上げている。


目の前に空が見えた。

鉄格子の間から見える青い空と、

天へと上ってゆく煙が見える。


白煙は高く高く上ってゆく、まるで天へと挑戦するかのように



くくく・・・・

白い髪に白いひげをはやした、年老いた男が笑っている―――――


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