第5話 努力じゃどうにもできないこともある

もし、あの時あいつらを殺していたら、今私が危機におちいることはなかったのかな?

もし、あの時あの子を受け取らなければ、私は普通のままでいられたのかな?

もし、あの時あの神社に行かなかったらこの世界に来ることは無かったのかな?

もし・・・・

無かった過去を求めても変わることはない、それでも人は「ああしていれば」と後悔する。

何でだろうね、無意味だとわかっていてもしてしまう。不思議

けれど、後悔ばかりしていても私は先に進めない、だから私はどんな道にいようとも未来を切り開こう。

どれほどの犠牲を出そうとも、どれほど心がぼろぼろになろうとも、

願いを叶えるためならどんな試練も乗り越えてみせる。

邪魔するならば、壊してやる。

そう、たとえ殺されそうになっていても、それは変わらない。



                ***



見つかったと思って逃げる気力を失せさせていれば、殺人者達は私に何の反応も示さない。

これ幸い、と近くの建物の中に逃げ込んだ。

ここの夜も月明かりが強い。おかげで離れた所からでも奴らの姿を確認できる。

隊長らしきいかつい男は黒髪のようだ、瞳は、暗いし遠くてよく見えないが

さっき間近にいた時には、自信家で野心家のぎらぎらした目がみえた。

自信家で、でも只の自信家じゃなくてどこか愚かさを感じる目。他人を見下し、己が全てだと言いたげな目。

こういう奴は部下や友人からの信がないから、たとえ昇進してもいずれ足元すくわれて突き落とされるもの。

こいつの未来が目に見えるようだ。

わざわざあの女性の仇討ちをするまでもなく、不幸を味わうことになるだろう。いい気味だな。

こんなこと考えてて性悪だといわれるかもしれないけれど、私は誰も憎みたくないから

誰かを憎めばそれだけで自分に憎しみが返ってくるらしいし、怨む労力がもったいない。

第一、憎みたいほど愚かで醜くて気に入らない奴の為に、

なぜこの私が心を憎しみという黒い感情で埋めてあげなければいけないんだ?

そんな関わりを持ちたくないような大っ嫌いな奴の為に、

なぜ、この私が、わ・ざ・わ・ざ・気にかけてやらねばならんのだ?

私としては、そんな奴らの為に心を暗くしてあげてやる方がよっぽど腹立つね。

憎んでやるくらいなら、今後起こるであろう不幸な人生を「可哀想だな」と哀(あわ)れんでやった方がまだましだ。

あぁ隊長殿。君の老い先を案じてやろう。可哀想に、心無い非情な者の辿る道先は滅びのみさ。

あらあら、お可哀想ね。同情してあげる、感謝なさい。・・・・・恐いな、自分。

まぁいいや。

隠れて敵の動向を探っていると、敵の数がはっきりした。どうやら女性を追ってきたのは4人のようだ。

一人は隊長らしき男、そして先ほど受け答えをしていた部下(1)

この男はどうやら冷静な人みたい、この隊長なんかよりよっぽど上司って感じ。

もう一人はいかつい大柄な男(部下2)、暗くてもその図体はよく分かる。隊長とかいう男と良い勝負だな。

最後は、なんだか話し方が特徴的な、というか敬語が特徴的な男(部下3)。この中では一番小柄で

月に照らされて見える姿は小さい。まぁ、たぶん2体の大きい同胞のせいだと思うけど。


敵の話し声を聞き取ることに全神経を集中していたが、ふと気がつくと

静かな月夜の中、フクロウの声がやさしく耳に届いていた。

ホゥ ホゥ 

と、静かに時の流れを伝えている。

穏やかな夜の時報に紛れ聞こえてくるかすれた低い声が、ひどく不似合いで無性に聞きたくなくなった。

でも敵を把握しておくに越したことはない。聞いておかないといけないな。

そんな事を考えているこちらなど気にせず、敵さんは訳ありげな会話を続けていた。

隊長らしき男が「俺は戻る、しっかり探せよ、うちの隊の名を上げるチャンスだからな」と言えば、

三人の部下は三者三様に。

「お任せください」

「ねずみ一匹逃しません」

「しらみつぶしに探します」

完全服従しているような言葉を返した。隊長は満足そうな声で。

「任せた」

それには三人そろって返事をし、隊長が森の中に戻っていくと部下たちは雑談を始めた。

緊張感の欠片もない声だ。

「はぁ、見つかるわけねぇっての」

「それを言うな、余計気が重くなる」

「だぁってよぉお前も見ただろ?手の先で消えてたぜ?あれを消えた以外の何だって言う

んだよ。ぜってー落ちてなんかいねぇって。な?」

そうっす。と小柄な兵士が会話に入ってきた。

「あれは消えてたっすよねー『スー』って!」

しかしそんなふうに見えてたとは知らなかった。じゃあやっぱり、今も私のこと見えてないのかな。

私から見れば街の中に入ってからこの人達が透けてるんだけれど、どうなのだろう。

私には、この人たちは透けてるんだ。この人たちが街に入ってから森がうっすらと重なって見える。

なんとも話がかみ合わない。

もしかしたら・・・・・・普通は街が見えないのかもしれない。

どういうわけか街に入れた者だけが見ることができる。みたいな。

まぁいい。それはいい。それよりも。

(こいつら・・・・女性を殺したことはどうでもいいのか?・・・・・・・・・ムカつくな)

「さすがは『害をなす子』か」

冷静な声色の兵が言った。

「ははは!お前それ本気で言ってんの?」

と、豪快そうな、何も考えてなさそうな声が続く。

「害をなすっていわれてるのはうちみたいな戦争国家にだろ?平和主義国では『神の育て子』とか

いわれてるって聞いたぜ?ま、どっちにしろ迷信に決まってるがな」

「それがそうでもねぇんすよ!」

と三番目にご登場は、変わった敬語を使う小柄な兵士。

「なんでも『害をなす子』と呼んだのはあのシラ様だそうっす!」

「それなら私も知っている」

冷静な声がわって入った。

「『神の育て子』と呼んだのもシラ様だ」

「は?どういうことだよ、天下の予言師がどっちだかわかりませんってのか?

そんなんで殺されるとは哀れだねぇ」

ってちょっと待て。予言師が発言力を持っている国なんて聞いたこと無いぞ。

これはどこの国の話だ? 戦争国家ならテレビとかで取り上げそうなのに。

「どちらになるかはっきりしないそうだ、天使になるか悪魔になるか、育て方によるのか

環境によるのかもな。まぁ、何にしろ死んでしまえば問題ないということだ」

「うひゃー、こえーこえー」

「・・・・」

冷静な声が静まった。

「結局いなくなっちまったんすから、どうでもいい気もするっす」

話は続いた。

「でも消えたってことはどこかにいるかも知んねぇよな。環境で悪魔になるなら

悪魔になる確率上がったんじゃねぇの? はははは」


物騒な話をしているものだ。

だがいつまでたっても私の気配には気づかないらしい。こうなったら、どこまで気づか

ないのか知っておくべきだろう。必要になるかはわからないけれど、まぁ念のため。

とりあえず赤ちゃんは建物の中に隠したままで、そっと足音を立てないように近づいてみた。

近づくと敬語の変な人の肩に手を置いてみる。反応は無い。

何でかはさっぱり不明だが、見えていないようだし、触っても気づかれないようだ。

殺すには最良の状況だ。

そんな罪着たくないから殺らないけど。

「・・・・」

「そうなったら、毎日が戦争っすかね?国王陛下が喜びそうっす」

「次にお前に会うときは肉の塊かもな!」

私は相手に姿見がえていないらしいのを良いことに、近くを歩き回りながら話を聞いていた。

すると突然、大柄な体の人が立ち上がって後ろを振り向いた。

(げっ)

たまたま真後ろにいた私は、歩き出そうとする男を避けきれず真正面からぶつかった。

はずだった。

(・・・通り抜けた・・・・・・)

男は私の中を通り抜けて後ろで再びしゃがみこみ、なげやり風に草を掻き分けて赤ちゃん探しをしている。

(ま、まさか)

私、幽体とかに、なってたりするのか? 通り抜けるって・・・・・・お化けの特性・・・・だよね?

え? うそ、ほんとに? 

(・・・・・そんな馬鹿な)

しかし成仏してないって事は、何か思い残したことでもあるのか?

でも女性には見えていたし、触れたし、そんなの幽体にできるとは思えない。

やっぱり死んでないよね? ・・・・・・ね?

ああ、そういえば、女性はこの街に入ってから反応がおかしくなったんだった。では、もしかして

街の中にいると見られることもないし、触れられることもないってことだろうか。

それでも、私からは何でもできるんだから不思議だな。お化けじゃないよな・・・・。

「先輩、やな冗談やめてくださいよ、本当になったらどうするんすか」

おおっ驚いた! 心を読まれたかと思った。

「・・・・・・・・・」

「そんときは、花の一本でも供えてやるよ」

「うわっ気持ち悪いこといわないでください!マッチョが一輪の花を持ってたらイタイ人になっちゃいますよ!」

「ははは、気持ち悪いとは失礼なやつだな」

「あぁ!すいません、つい本音が」

「ますます悪いわ!そういうことは黙っとけ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

三人、というか二人は急に静かになって。

「何だよおめぇ、さっきから黙り込んで、こえーって言われてすねてんのか?」

「違う・・・」

久しぶりに冷静な声が聞こえてきた。

「この辺りに来てから気分が悪い、それに居心地も悪い」

「あ、俺も少し感じてました、なんか居ちゃいけないところにいるような・・・?」

「はぁ?俺は何も感じねえぞ? んーー、言われてみれば背筋がぞわぞわする気も・・・・・・・

あー確かに嫌な感じがするな」

それは幽霊が近くに居るからとかじゃないと良いのですが。・・・・・違うよね。違う、違う。

だって、私、この世に未練のある生き方してないもん。

「・・・・・・・気味の悪い。早めに終わらせて引き上げよう」

「おう」

「そうっすね」

そう言って彼らはざっと赤ちゃん捜索をすると、引き上げようかと言葉を交わし始めた。

私も一息ついて近くを離れる。話を聞いていて分かったのは、彼らの言う天使にも悪魔にも

なるっていうのは、あの受け取った赤ちゃんのことだと言う事だけだ。

なんて面倒な運命の子なのか。かわいそうに、しかも、そのせいでお母さんが殺されてしまうなんて。

 兵達は、ここに居たくないと言いたげに女性の倒れた森の方へと戻っていった。

だが奴らは女性の遺体をその場に残したまま、何もせずに行ってしまった。

殺した相手に対する最低限の礼儀も無いのか。まったく呆れて言葉もないわ。

こっちは目の前で人が死ぬこと自体ありえないことなのに、「いつものこと」みたいに

無関心のまま残していくのか。通り過ぎる際にちらりと見たような気もしたが、それでも

見ただけで表情に変化は無い。本当に慣れていることなのか。

殺し鳴れているなんて・・・・・・・そんな慣れは、あるだけ苦しいだろう。

戦争が終わってからどうなることやら、フラッシュバックで苦しみそうだな。

・・・なんか、敵さんを本気でちょっぴり同情している。これでは、誰の味方なんだか

わからないじゃないか。まぁそれでも、私はあの女性の味方であろう。

あの女性が刺された時は、本当に固まってしまった。ショックだった。今はそれだけでいい。

状況から見るに、あの時、隊長の男は剣を後ろから投げ飛ばしたのだろう。

そんなことができるなんて、ものすごく迷惑な特技だ。

 遠くにあるだろう風に晒されたままの女性の遺体を、埋めてあげたいけど、やつらが

戻ってきたら誰かがいるとばれてしまうから、それすらもしてあげられない。

味方と言いつつ、口だけでしか味方でいられないのは、なんとも力のなさを思い知らされて嫌なものだ。

(せめて、冥福を祈ろう)

私にできることはそれくらいしかないから。

遺体の前まで戻って、血が赤黒く固まってきた女性の姿の前に立った。

暗いので女性の姿は闇に紛れていて、居るとわからせる影ぐらいしか視えない。

「あなたのお子さんは私が責任もって育てて見せます。だから、どうか行くべき所へ逝ってください」

何もしないではいられないから、なんでもいいから弔ってあげたかった。

今だ彷徨っているかもしれない魂を、休ませてあげたかった。

(どうか、来世では幸せに・・・・いや、今までが幸せじゃなかったかなんてわからないから・・・・・えーと・・・

 来世ではお子さんをきっちり育てられますように・・・・・)


効果があるとも思えない祈りを終えて、子供を待たせている建物の中に入った。

この建物は他に比べて細工が多い。

壁続きに施された装飾が、室内に入るだけでクリーム色の森の中にいるかのような錯覚を起こさせる。

美しいだけでなく隠れるにはうってつけなわけで、壁付けされたテーブルと椅子の下に赤ちゃんを隠してある。

テーブルの上は人一人入れる空間を残し、壁から樹を模した枝が垂れかかるように出てきていて、

小さな書斎を作り出しているようだ。

垂れかかる枝は床まで伸びて、隙間から赤ん坊の柔らかそうな印象を受ける水色の服が覗く。

泣いていないということは、まだ眠っているのかな?

起こさないように足音を消してそっと近づけば、案の定すやすやと静かな寝息をたてる顔が見えた。

固い床の上だというのに、幸せそうに眠り続けている。かわいいなぁ

抱き上げようと小さな体にかぶさるよう屈みこめば、淡い水色の服についた赤黒いしみが視界に入る。

自然と緩んでいた頬が引き締まり、眉間に力が入る。

脳裏に月明かりに照らされて赤く輝く刃が浮かび、振り払うように数度頭を振って子供を抱き上げる。

この子は、もう母に抱かれることはできない。二度と、名すらも呼ばれない。

小さな赤ちゃんの不遇に悲しみが押し寄せて、抱く腕の力を僅かに強くする。

(私が守るから。寂しい思いはさせないから)

固い誓いと、小さな子供を胸に抱き。換気が足りないかもしれない室内を後にする。

外に出れば、やはり気温は変わらずに心地よい気候のままで、空には星が煌き夜闇を照らす。

ホウ ホウ とフクロウが鳴き、夜の深さを知らせてくれる。

街を離れたときは少し肌寒かったが、どういうわけか街の中は温かい。ここは住民のいない天国か?

死ぬには早すぎる子供を上から覗けば、柔らかそうな頬をむずむずと動かしている。

どんな夢を見ているのだろう?微笑ましくもかわいらしい姿に頬が緩む。

ぷっくりした頬に触れてみれば、やっぱりやわらかい。

(かわいいなぁ・・・・・・?・・・そういえば)

この子、離乳してる?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


赤ちゃんの口に指を当ててみると素敵な吸引力を披露してくれた。

(あらまぁ、もしかして)

離乳

まだしてないんじゃない?

(・・・・・・・どうしよう)

大問題発生?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る