第3話 やばい

(待つのは苦手・・・それに私結局逃げてるよね、これ。 まぁ自分の命は大事だもん、しかたないよ。怖いし)


自分の行動を正当化することを考え自分に言い聞かせながら、近くの樹に背をつけて、只じっと見えもしない人影を待っていた。

暫くして立ちつかれると、樹の根元に座り込んで果実を食べながら待っていた。

おそらく森の奥からは私が居ることなど見えなかっただろう。でも向こうから見えるように立っているのは足に堪えるから勘弁してくれ。樹に背をつけたり、その根元に座っていた。

第一に、逃げてきた人間は人影を見たら怯えてしまいそうでもある。

なんだかんだで、逃げる人にとって最良の判断を己に下して行動しているつもりだ。そのかわりに助けたいと願う無謀な願望を押さえつけているから、ずきずきと良心が痛む。


辺りが薄暗くなってきた頃になると聞こえる悲鳴が少なくなっていた。それでも

悲鳴を上げるような状況にある人がいる事に変わりはないけど・・・・・・

どうやら問題が終結に向かっているようだ。

そんな状況分析を自然に行い、すでに良心の呵責に苛まれる段階を過ぎた頃には

現状に対して深く悩んでいない自分がいた。それに気づいて苦笑しながら、木々の隙間から漏れる夜空を眺めていた。ここも星が綺麗だ。

(相変わらずの冷血で。大丈夫か自分)

同情をかう場面を見せられても何の感情もわかない時の自分は、自分でもうすら寒く無感情で、冷静だ。どうやら今もそうらしい。冷静に状況分析をし、するべき行動の判断を下し、情は知識と成り下がる。

それが自分らしさであったりするから、哀しい気もする。

そうは思いながらもやはり自分の無力を考えて動くことはなく、することもなく、空腹も満たされていて果実をほおばる気にもならないから。ただただ上を見上げていた。


「・・・・・・ひまだ」








「お願い来ないで、神様・・・・神様・・・」


(ん・・・・・・こえ?)

ぼけーとしていたから気づかなかったけれど、気づかないうちに誰か来ていたみたいだ。

ひどく息切れした女性の声が聞こえてきた。息が上がっているしそのセリフから考えても逃げてきた人だろう。

「神様・・・・レン、助けて・・・」

レンというのは恋人のことか?れん、連、聯、おお、男っぽい字。て、それは今どうでも良い。

(さて、どうしよっかなぁ、話しかけたら絶対悲鳴上げるよ、そうなったらうるさい上に、相手の警戒を解くのに一苦労しそうだし「来ないで」って事はこの人を探している敵がいるって事だから騒ぐと悪いし・・・・・・・)

・・・・・・・そうだ



「たすけて・・・」

「ヒッ、」

樹を挟んで反対側にいる人へ、私は小さく消え入るような声で助けを求めた。

普通に話しかけるよりこのほうが悲鳴を上げる確率は低いよね?

それに、私も変な状況にいるから嘘にはならない。助けてもらえるものなら助けてくれ。

・・・狙い通り相手は、驚きはしたが悲鳴を上げる様子はない。困惑してるのかな。

「――だれ?」

警戒と困惑とが入り混じった声が聞こえる。

説明をしなければ。

「あの、私、ここがどこだかわからないんです・・・・・・その、気がついたらここにいて

 悲鳴は聞こえてくるしどうしたらいいのかわからなくて・・・その」

名前を名乗るべきだったのかもしれないけれど、もし名乗った時に妙な反応をされても困るし、この言い方の方がこちらの困惑具合が伝わるだろう。それほど困惑しているつもりは無いが、女性だから母性本能的に弱いものは助けようとするかもしれない。

それでこの人が冷静になってくれれば一石二鳥なんだけど。

「・・・とにかく今は静かにしてて、見つかったら大変なの」

聞こえてきた声はさっきまでの神頼みしていたときのものとは質が違っていた。

他者を助けようとする心が強いのだろうか、冷静になったようだ。自分のことしか大事にしない人は自分が混乱しているときに助けを求めると怒鳴ってきたりするものだから、どうやら良い人のようで一安心だ。まぁ、怒られたからと悪い人と判断するのも軽率かもしれない。混乱していて周りが見えないだけかもしれないから、ちょっと可哀そうだ。

ちなみに私が余裕の無いときに助けを求められるとアドバイスをして放っておく。

親切なんだか非情なんだか判断しかねる。とにかく、今は返事をしよう。少しでもほっとしたような声で。

「わかりました」――上出来だ。

私の言葉を合図に音は途絶えた。とりあえず、この人も落ち着いたようだ。

でも、この人が登場したお陰で頭は活発に活動しているけれど肉体的にはまた暇だ。だから今の私を見る者が居たら、頭を働かせているとは思えないだろう。

ぼんやりと星空を眺めるのんきな女と思われると思う。



がさがさがさ と人が近づいてくる音がした。

まだそれは遠いけれど、虫や夜行性の鳥の鳴き声しかないこの空間にはひどく大きな音として耳に届く。女性が何の動きを見せないところを見ると、追っ手か何かだろう。

私たちは息を殺してじっと遠く離れていくのを待っていた。静かにしていたら、ぐずりだした赤ん坊の声のような音が聞こえてきた。変な泣き声の虫も居たもんだ。

「おぎゃぁおぎゃあ」

あ、赤ちゃんの泣き声?

「あっちだ!!」

あっちだ!!じゃねぇよ。うわぁ最悪の展開、なぜに赤ちゃんが私の後ろにいるんですか?

まぁ女性が連れていたんだろうけどさ。さてどうしたものか、街にでも逃げようかな。

あそこは建物がたくさんあるから隠れていれば何とかなるかもしれない。

なんて考えていたら女性が

「ごめんなさい、あなただけで逃げて」

とか言い出した

「な、そんな訳には」

「いいのよ、奴らは私を探しているのだから。あなたを巻き込むわけにはいかないわ」

あぁぁそんな素敵なセリフ吐かないで、というか巻き込まないにはすでに手遅れだと思うよ。

他意はないだろうが、私が逃げ出したら敵は私を追うだろうからこの女性は助かることになる。それはまぁ良いとしても、私が助からない可能性が高いのはよろしくない。

とにかく無理にでも街まで連れて行こう、色々と策はあるが二人とも助かる最も良い策はこれだと思う。第一、手の届くところに居る人を見捨てるような私じゃない

「そんな訳にはいきません、こっちに街があるから、そこに隠れましょう」

すると女性はきょとんとしたような声を上げた、なによ?

「まち?そんなものあるわけないわ」

この人はあの巨大な街を知らないのか、あんなに苦労して散策していた巨大な街を。ちょっとむなしい

「あるものはあるんです、とにかく来て!時間が無い」

私は樹の反対側へ回りこむと、その人の手を勝手に掴み導くように引きながら街の方へ逃げ込んでいった。

「いたぞ!ガキだけは確実に殺すんだ」

後ろから男の怒鳴り声が聞こえる女性の体が一瞬強張ったのがわかった。

(チッ、見えたか)

だがすでに体の半分は街の入り口に入っている、街に入れば後は撹乱するように走って、

みつけにくいところに隠れれば良い。私が先に街へ入ると、なぜか女性の動きが鈍くなった。知らないものを見て驚くのは分かるが、今は驚いて立ち止まることが許されるような状況ではない。だから私が女性を引っ張り込もうと振り向いたとき

「うっ―――」

その人は胸から濁った輝きを放つ刃を突き出していた。ふらりと倒れそうになりながらも

私の手を強く握り返す。両膝を大地につけて苦しそうにうつむくと、かはっと音をたてて血が口から吐き出された。それでも女性は強い意志で顔を持ち上げ、前を、私の手を見る。

(くそっ追いつかれたのか?)

動けない女性を引っ張り込むには腕にかかる負担が大きすぎた。

抱えてでも引き込むか・・・見捨てるか。

見捨てるのは嫌過ぎるが、共倒れという馬鹿をみることになるよりは良い。どうすればいい、と一瞬思案していると

「この子を・・・」

そう言って私の右手に彼女が左手で大切そうに抱えていた「赤ちゃん」を差し出してきた。

女性の目線は彷徨っていた、きっと刺されたせいだろう。血が足りずに視界が霞んでいるのか・・・・・・私がその赤ちゃんを引っ張りよせ、何と言えば良いのかわからなくて黙っていると

「神・・様・・・・・」

そう言い残して女性は崩れるように倒れた。

祈るような顔をして




私は呆然とし、思考が止まった。

今まで体験しなかったしたくもない出来事を前にして、ただ呆然と足元に転がる女性の死体を見降ろしていた。視界の端に暗闇の中で輝く蝶の姿があった、月明かりに照らされて碧(あお)い鱗粉を散らしながら

ひらひら ひらひら 

闇を楽しむように舞っている。 ひらひら ひらひら 

ふわりと私の前に降り立って、月明かりで碧く光る羽を開いては閉じ、開いては閉じ

女性の上で繰り返す

森の草がかさかさと騒ぎだした。騒ぎに驚いた碧い蝶は、再びふわりと飛び立って

ひらひら ひらひら 

その足が、ほんの少し赤く見えたのは私の見間違いだろうか。

ひらひら ひらひら

蝶はどこへ向かうのだろう。冥府の入り口へ魂を導いているのだろうか?


森の音に反応して私も視点を変えた

逃げなければいけないと判っていた、けれど既に逃げる理由がなくなっていた。

ただ呆然と見ていた。

間近に迫る



殺人者たちを―――



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