第2話 ここはどこ? 私は…

異世界・・・ねぇ

正直あるなら行ってみたいと思ってたさ。でも

こんな異世界は来たくなかったなぁ

剣と魔法の世界、なのは嬉しいけど・・・どっちかっていうと

「戦の世界」って感じ。



                *** 



耳鳴りに頭痛に息苦しさ、そして視界の歪み。

突如として身に起こった不調がピークを過ぎると徐々に終息へと向かっていった。

気分が落ち着いてくると、

私は足を縮めて横倒れになった体勢のままで、

苦痛に耐えるようにきつく締められていた瞼をゆっくりと上げた。

さっきまでは暗闇の中にあった瞳が明るい陽の光に痛みを覚える、

即座に目を細め時間をかけて明るさに瞳を馴染ませると、次第にぼやけていた視界のピントが合っていく。

眼前には竹やぶのように生える草と思しき淡い緑色の葉が風に吹かれて揺れている。

朦朧とした意識のまま上体を起こして辺りを見回した。

「きれい・・・」

自然と口をついて言葉が出てきた。

ピントの合った世界に現れたのは、息を忘れて見入ってしまいそうなほどに美しい景色

そこはまるで「聖地」と呼べそうな、神秘のある美しさを放っていた。

古代ローマ神殿のような石造りの建造物の、植物を模した装飾は私の知るどんな美術品よりもすばらしい

装飾自体が生きているかのようにさえ見える。

そして、総て薄いクリーム色で統一されている。でも建物一つ一つは微妙に違うようだ。

足元に生える植物は淡い緑色をしているがそれらすべてが半透明で、ときおり虹色に輝き美しい。

この空間に見合って空は晴れていて、春の陽だまりという言葉が最も似合う太陽が輝いている。

空の所々にある真っ白な雲は、無音のまま漂い穏やかに流れていく。

空気は澄んでおり深い森の中にいるかのよう、樹海の中は木により光を遮断され涼しいものだが

ここの気温は春の過ごしやすい陽気だ。

美しすぎて、ある種異様な光景を朦朧とした意識のまま、暫くボーと眺めていたが

「・・・ここ、どこだ?」  

大事なことに気がついた。

さっきまでは森に居た。それにじめじめした寝苦しい真夏の夜だったのに、ここの気候はすこぶる良好だ。

これは・・・・・

「夢?それにしてはリアルだし、第一夢の中で『夢?』なんて思ったことなんてないし・・・」

まさか、どこかで科学技術の粋を集めて気候を操る機械なんかを作り出して、

私が倒れている間に試運転でもしちゃったのだろうか?

気候が安定するのは良いけれど、それでは風情も情緒もあったもんじゃない。反対デモが心配だ。

なんて事を考えていてもそれがありえないことだとは分かってる。だけれど、

そんなことを考えてしまうほどに、気候が人間である私にとって理想の状態であった。

快適すぎる。

本当に、ここはどこなんだ?

(まぁ、夢でもなんでも誰かに聞いてみればわかるか)

夢の中であろうと人が居るだろう、今は情報を集めることが大切だ。

何の情報もないまま考えていても正しい答えを出せる可能性は低い、なら情報を集めればいい。

という訳で、とりあえず近くの建物に向かっていった。


誰かいるだろうと思っていたのに誰もいなかった、それどころか生活の跡が見受けられない。

火を使った跡も、水の跡も、家具も、人が生活していく上で必要だと思われるものが一切ない。

なのに掃除をしていないとは思えないほど室内はきれいだ。埃ひとつ無い

(誰も住んでないのか?)

変なの、と思いながらも人を探して別の建物へ入った。ノックをしても返事がないので

勝手に扉を開ける。今だけは不法侵入を許してほしい。

でもその建物も同じようになっている。隣の建物もそうだ。

(人の住めない所とかかな?それとも、住んでいる人はみんな幽霊だったりして?だとしたら)

ありがたくない考えに行き着く

「私死んだの?いや、幽霊さん見えないのだからまだ仲間入りしていないはず!とゆーかしたくない!!

 まだ二十歳なのに!!!」

ちょっと取り乱した、がすぐに冷静になった。さすがは青が好きな人!関係ないか?

「とりあえず、」

(もう少し探してみよう。うぅ、一人肝試しなんて冗談にならないよ・・・・でも、きっとどこかに何かあるはずだ。

 何か見つけないと何の変化もないまま飢え死・・・・・・マイナス思考はやめとこう)

軽く自分を叱咤(しった)してから街探検を始めた。

幸い不法侵入を取り締まる人すらいないから勝手に入らせてもらいます。

というか、取り締まる人が居たらさっさと出てきてくれ!!

捕まった際には屁理屈言って逃げるけどねー。あ、でも逃げたら何も教えてもらえない。

(仕方ないな、大人しく捕まってやるか。でも逃げ道は常に把握しておこう)

なーんて、必要になるかもわからない対策を練りながら街探検を進めていった。


   *


探検を始めてからどれくらい経っただろう、ここにも時の流れがあるようで

空高く輝いていた太陽は、今では森の頭にかかり辺りをオレンジ色に染めている。

ずっと歩き回ってわかったことは、この美しい所は周りを緑豊かな森に囲まれているらしいことだ。

しかも森は深くその先に何があるのか見ただけではわからない。

ものすごく深い森ならば確実に迷うだろう。

私は町中でも正確で細かい地図や目印になるものがないと見当はずれな方へ向かってしまうから、

住宅街に迷い込んだ日には絶望を味わうことになる。


建造物の並び方を見るとそこは街のようにみえる。

街は几帳面に並んでいるけれど建物それぞれに個性があるから見ていて飽きない。

あるものは巨大な樹に貫通されている、あるものは建物全体をツタが這っている。またあるものは

一階はスカスカの空間に柱が5本、二階からは美しい装飾の施された家になっている。

テラスのあるもの、地下の部屋がメインのもの、ドーム状のもの、

などなど

こんなにもそれぞれの個性が強いのに全体で見ると整って見えるのは、

色と配置が整頓されているからだろう。

色には若干の違いがあるが「些細なもの」で片付けられる程度の違いだから逆にその違いが綺麗だ。

それに、これは一番驚いたことだが、温度変化が無い。

日が傾いても寒くなっていないことに気づいた時は驚いた。

まさか本当に気候コントロール装置が開発されたんじゃ?なんて考えちゃったりもした。

理性の力が今の技術では無理だ、と止めてくれたが。


探検を始めてから軽く見積もっても4時間はたっているだろう、でも探検は終わっていない。

最初に居た所から円形状に探しているが森に行き当たって終了したのは八方に分けると六方、

ここの正面がどこだか分からないが、私が居た場所から前と後ろがまだ散策途中。

縦長ーな造りの街ならまだまだ終わらないかもしれない。

でも、前方少し先にひとつだけ大きな建物があるから、とりあえず

前方の探検はそこで終わるとは思うんだけど

(・・・・あれの裏にも続いてたりして)

ありがたくない予想が頭をよぎる。

完璧主義にも困ったものだね、全部見ないと気がすまない。

誰か「ここには何もないよ」とか言ってくれ、それなら簡単に諦めがつくのに。

はぁ、それにしても

「つかれた」

ため息とともに出てきた疲労の色の濃い声を聞いて疲れを実感した。

で、やる気をなくした。

だれ~んって気分になって気力が失せたから、とりあえずは休もうと原っぱに寝転がったんだけど。

『ぐぅー』

お腹がなった

そして、探索中に気がついたもうひとつの発見を思い出す。

(そういえば何も食べるものが無いんだった)

とっても大変なことを忘れていたのだ。

あぁ、風が優しく髪をさらって行ってくれる。どうせなら体ごとどこかに運んでって、それかラーメン持ってきて


   *


食料がないのはとても困るので、食べ物を探すため森に入った。

まだ暗くはないから街(街と呼ぶことにした)の見えるくらいの深さなら迷わないだろう。ということにして

森で果樹を探す。野生の林檎の木みたいな物があると良いのだけれど・・・・・

一応迷わないように、通ってきた途中途中で目印となるように枝を折りながら進んでいると

幸いすぐ果樹らしきものが見つかった。

公衆電話ぐらいの高さで枝ぶりは林檎の木のよう。

木の実は花粉のような黄色で、剥いてみると皮が薄く、種は中央に大きいものが一つある。

肝心の食べる部分は薄い黄色で桃のような食べごたえ。

皮の質感も桃に似ている。でも味は梨っぽい。

「よかったぁ梨だ!桃の方がよかったけど」個人的に桃の方が好き。

変わった果実ではあるがどうやら体に害はないみたいだ。今のところ腹痛とかおきていない。

だが嬉しい収穫を喜んでいる暇はない、空のオレンジ色が色濃くなってきている。

急いでジャージを脱ぎ、木の実をいっぱいに包むと暗くなる前に街に戻ることができた。


けれど見つけたものは木の実だけではなかったんだ。

遠くからかすかに聞こえる「悲鳴」それは1つだけではなく

いくつもいくつも絶え間なくつづいていた。

恐かった、悲鳴が怖かった。あのころの私はまだ「平和ボケした日本人」だったから。

人が恐怖の悲鳴を上げているところなんて、テレビでしか見た事がなかったから。

鈴木美羽という名の、ごく普通の女性だったから。

             

      ***


果実をできる限りたくさん持って、街に戻ろうとした時だ

『キャー――――』

小さな悲鳴が聞こえてきた。それは次第にたくさんの悲鳴や混乱の混じった声にかわり、音量も大きくなる。

悲鳴は遠い森の奥から微かに聞こえてくる。

すこし木の実を落とした。

「なに?」

空耳かとも思ったけど、

空耳がずっと続いて聞こえているなんて経験した覚えはない。人伝えに聞いたこともない。

「・・・・聞こえる、悲鳴・・・・・どうしよう」

怖い、けれどできることなら助けたい。

でも、たぶん何もできないだろう。

何も知らない私が駆けつけても、現状把握している間に全部終わってしまう。それどころか

何も分からない故に足手まといになるだろう。いない方が良い。

(とりあえず逃げてくる人がいたら話を聞いて、それからできることを考えよう。)

そう考えが行き着き、木の実を街においてから森の中に立っていた。


森がざわついていた。さっきまでとは違う風の流れが生まれている。

まるで涙を流しているかのような、熱を含んだ風が森の奥から吹いてきている。

風は絡みつくように私の周囲を流れ、髪を巻き込み、頬を撫でていった。



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