終わりが来るそのときまで

F

第1話【序章】異世界への入り口は神社だった?

夜だった。


じめじめと汗ばませる湿度と熱気をもつ真夏、冷房のきいた室内と外気との温度差・気象差が不調をあおる、そんな夜。過酷な夜。ああ寝たい。

しかしなかなか寝つけず、何度もタイマーで止まった冷房を入れなおしては寝ようと努力して、寝よう寝ようと考えるほど頭が冴えて寝付けない悪循環のあと、結局寝るのはあきらめて、夜の空気を吸いに膝下丈の水色ワンピース型パジャマの上に白地に青いラインの入ったジャージを羽織って、という奇妙な格好で部屋を出た。蚊に刺されるのはごめんだから、ジャージで防御するのだ。こんな暑いと上着の暑さなんて気にならん。

 なにより田舎において、しかも人目のない夜の散歩で、見かけは二の次である。それでも色合いは自分の好きな青系統でそろってはいるから少しはましかもしれない。



 そうして外に出ると、暑かった。

 夏だから、仕方がない。汗がだらだら出るのは気のせいだ。

 あぁ気のせいだ。ほら空を見よ。夜空が綺麗だ、夜空だ夜空、それを見て暑さなど忘れるがいい脳味噌よ。田舎の夜空は空気が澄んでいて吸い込まれる美しさなのだし、吹いてくる風は夜の冷たさを含んでいて心地よく、何よりこの冷たい夜気の風が、今はちょっとぬるい風でも、自分は好きなのだからアドレナリンを出して楽しく行こうよ。


 けれど私はさ、この時、散歩の行き先として良くない道へ進んでしまったのだ。


 暇を持て余して家の裏にある森へ向かったのだ。

 どこかからフクロウの鳴く声が聞こえていた。太く低いその音は眠気を誘うものであり、けれど眠気の起きない人にとっては心休まる音で、確実に恐怖を削っていて、深い深い夜の森は、どうみても何かが出てきそうで怖くいのにフクロウの声が大きかったからつい安心していたのだ。しかもこの日は月が明るく、視界が開けるために恐怖は抜けた。

 するすると枝葉を抜けて森の中へ入っていった先にあったものは、神社だ。

 古い神社だった。

 家の裏の森にある、ぼろいけれどそれでも紅い色の残る木造神社。

 神秘的な雰囲気がする、私の秘密の場所。

 秘密と言いつつ、実はお母さんも知っているが、それはまぁ大目に見よう。天然ぼけが身の上の母は、妙な神通力を発揮して、ここは危険だとか言っていたけれども。……大丈夫。いつもの嘘だ。うそつき母さんめ。母親に完璧を求めてしまう子供としては、うそつきだったり頼りにならなかったり、ぼけぼけだったりは悲しいものだが、母親とて人間なのだから許そうと、そう心変わった今は問題ない。すばらしく頭が良くなった私にとって、母をただの人間としてみるのなんて朝飯前。おかげで心穏やかに生きられているのだけれど、昔はつい嫌いになってしまった母はたまに妙な神通力を発揮する。お化けも見えたりしたそうだ、昔はね。うそつきだから信じてなかったが。

 だから、ここは危険だなんて言われてもさらっと流してしまったけれど、この日だけは母の神通力らしきものを信じたくなったし、その後の結果である今は信じざるを得ない気がする。ちょいと悔しい。

 でも、ちょいと・・・嬉しいのはなんでだろう。

「…………妙だな」

 思い返してみてもあの時の神社はいつも見ているものとは違って、何か違和感があった。嫌な感じの違和感で、けれど恐怖は相変わらず薄いまま、私はそこに近づいた。

(気のせい、と言われれば納得しそうなものだけど……)

 気になって足を神社へさらに動かした。

 すると、ウンと耳に圧迫を感じて、フクロウの声が遠くなる。

「――なんだろ」

 圧迫はいつの間にか耳鳴りと混じり、嫌な予感が背筋をかけた。

 嫌なことを思い出す。

 幽霊が近くにいると耳鳴りすると聞いたことがある。

 霊ならば神社のせいなのだろうかと思うと、原因が見えたせいか、それとも何か他に原因があったのか、恐怖は本来強くなるべきのこの時にあっけなく好奇心に負けて、さらに一歩、神社へ近づいた。ここでキャーと悲鳴を上げるのはもしかしたら素晴らしい天性の防御本能なのかもしれない。かわいい上にすばらしいことだ。私は無理だったが。

 そして足を出した過去の私は、神社の格子の窓がついた扉の中を覗こうと一歩一歩いやな予感に逆らって近寄っていく。

 そこに何か、何かがある気がして、それは何故か怖いものだとは思わなかったから。

「つっ――」

 けれど次第に頭が痛くなった。

 そして、頭を貫通するかのように、耳鳴りは脳内にまで木霊し始める。

(くっ。何なんだ・・・・・・・)

 何だかやばいかもしれないと思った。

 危険だと、離れなければいけないと、そう分かった。

 発信源と思われる神社には、もう一歩も近づいていないのに、それどころか後ろへ下がろうと気が競っているというのに、どうしてか頭痛も耳鳴りも、だんだん酷くなっていくのだ。

(やばい)

 ひどくなる一方の体調不良に耐え切れず、私はついに、立っていられなくなって、どん、と胸を圧迫しながら草の中にぶっ倒れた。

 かさかさと風に揺れる草の音が、耳鳴りの中で聞こえていた。

 ひどい耳鳴りと頭痛に続いて、息まで苦しくなり、視界が歪んでいって、体から気力が抜けていく気がした。

(これが気絶、か――)

 こんなにつらいんだな、などと思ったけれど、それは間違いだった。気絶を経験した今なら、その違いを体で分かっている。

 視界の歪みはどんどん酷くなっていった。

 それは、何を見ているのかも分からなくなるほどだ。

 次第に、歪む視界は大きくなったような気がして、それは大きくなり、私を飲み込んだような気がした。そして事実、そうなのだろうよ。

 でなければその後の結果である今の状況はありえない。日本のある世界で、一般人が「あなたは希望」とか言われて殺されかけるとか、ありえないだろう。どこかの原住民のジャングルに吹っ飛んだのだとしても、ワラの腰みのとかしている人いないしさ。

 というか希望はどうした、希望は。消していいのか。

 今の私、ショック死しそうだよ。ねぇ。

 何なんだよ。

 ――ばかやろう。


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