正義のミタカ
正義のミタカ
今を去ること20年前。
日本なる島国を征服せんと、突如現れた謎の組織「
人を人とも思わぬ残虐非道な作戦に、人の姿を捨てて力を得た怪人どもに立ち向かうのは、たった一人のヒーロー。
彼は、人間だった。
改造手術も受けていない。あるのは、健康な肉体と熱意だけだ。
そんな状況にもかかわらず、彼の恩師の尽力により、パワードスーツに適合することに成功した。
その日をもって、
***
本部までの道のりは熾烈を極めた。傷だらけになりながらもヒーローマスクは襲い掛かる怪人や戦闘員を打ち払い、進み続け、ほとんど差し違えるような形で”首領”を倒すことに成功した。
首領は今わの際に「自分を倒しても、世界中に悪の組織はある。そう遠くない未来、日本もまた進撃を受ける」と笑って言って、息絶えた。
もはや我らがヒーローマスクには、パワードスーツを維持する力すらないようだった。全身を覆う防具が瞬時に消失し、生身の青年が横たわるばかり。
ここから帰るのは難しそうだ。
そもそも身体が、動かない。
でも日本が救われたなら、それでいい。
唯一自由になる思考であれこれ考えていたところに――影が差した。
一瞬、首領を倒し損ねたかと冷や汗をかいた英雄だが、それは違った。
「ずいぶんな、やられようじゃのう」
長い白髪の老人が、嘲るように言い放つ。
そういう彼も、纏っていた軍服はあちこちほころびてぼろぼろ、顔には血の跡が鮮明に残っている。彼の血であろうことは、知れた。そこに傷をつけたのは、英雄だったからだ。
ショットガンを杖にして、よろよろと不格好に歩み寄ってくる。疲弊しているさまが、ありありとわかる。
「
「覚えてもらって光栄じゃな」
覚えるも、何も。
このアジトで、一番苛烈に戦った相手である。
直接対決に至る前にも、しばしば敵の怪人たちから名を聞いていた。
大幹部、大神元帥。
「この老いぼれにとどめを刺し忘れるとは、随分甘いことよ……とはいっても、”組織”はなくなってしまったしのう。わしも死んだようなものじゃ」
「死んだということは……あんたは、自由になった……と、言えるんじゃないか?」
「ふむ。かもしれん」
「そこで、だ」
三鷹英雄は、飛び切りの笑顔を浮かべて言った。
「俺と二人で、世界を守らないか?」
***
そして、20年の時が過ぎた。
***
「ただいまー」
むやみに広い玄関に、よく通る声が響く。いつもなら誰かしらの「おかえり」があるのだが、今日は静まりかえっている。ふと足元に目をやれば、出ている靴が大分少ない。
同居人はみな、出払っているらしかった。珍しいこともあったものだ。
しみじみとしている間もなく、背後でドアが開いた。振り返れば、小柄なその身に不釣り合いなほどの荷物を両手に下げた、若い女性の姿がある。
「あ……
「うん。
「正義さんも、おかえりなさい」
「凄い荷物だなぁ。かたっぽ、貸して」
「ありがとうございます。キッチンまで運んでください」
ぱつぱつになった買い物袋を片方受けとり、二人でキッチンへ。中身はほとんどが食料品だった。この家に住んでいるのは、食べ盛りの男子である正義を含め、大食いばかりなので買い出しも一仕事だ。
一通り片付けを終えて、二人はリビングでお茶を飲んでいた。
「春日さん、じいちゃんとおじさんは?」
「
「ああ、今日は将棋クラブの日か」
血縁はないが、世界を飛び回る両親の代わりに、正義の親代わりとなっている二人だ。
「じいちゃん」はしばらく前に興味本位で将棋クラブに入会し、すっかりはまってしまった。将棋の教本を真剣に読み込んでいるし、家人が暇そうにしていれば将棋をさせと袖を引っ張ってくる。
「おじさん」はその特殊技能により、地元大学の映研に重宝されている。背景美術とか、特殊効果とか、機材のメンテナンスだとかで大変役に立っているそうだ。本人もアマチュアとはいえ映画の制作をするのが楽しくてたまらないらしく、打ち合わせが長引いて夜中に帰ってくることも珍しくない。
世間的な保護者はこの二人だが、彼らは家事全般の経験が乏しく、普通の生活をすることもままならないので、正義を実質「育てた」のは春日さんと、今は旅行中だが
その蟹江さんも、まもなく帰ってくる予定のはずだ。
「蟹江さん、戻るの明日だよね。何時ごろつくのか聞いた? ご飯、たくさん炊いておかなくっちゃ」
蟹江さんの大好物は「炊きたてご飯」だ。彼の旅行先には米を炊く文化がなく、それによって彼が多大なストレスを受けているのは火を見るよりも明らか。せめて帰宅すぐ、炊きたてご飯をたっぷり提供できるようにしてあげたかった。
「帰ってこないんですよ」
「え?」
「機密通信でメッセージが入っていました。現地の鉄道がストライキでストップ。そこから空港に向かうにはかなり遠回りになりますので、明日中に日本には……」
春日さんの顔もそこはかとなく暗い。
家事の人手が云々という以上に、予定の日にひとつ屋根の下で暮らす「家族」が帰ってこないのが、心配で仕方ないのだ。
正義も、同じ気持ちだ。
春日さんも、蟹江さんも、じいちゃんも、おじさんも。正義は家族だと思っている。だから、家族の心配を当然、する。
「……通信には、他になんて?」
「炊きたてのご飯に、しそふりかけをかけて食べたいそうです」
「機密通信でそういう私信、有りなの?」
「改造人間同士の通信ですから。傍受される危険は限りなく低いです」
「……明日、帰りにしそふりかけ買ってくるね。ほかにも必要なものあったら、メールして」
「承知いたしました」
正義の家は変わっている。
両親が常時いないのを差し引いても、かなり変わっている。
三鷹正義は、かつて父と激戦を繰り広げた怪人たちと、一つ屋根の下で暮らしているのである。
***
初代ヒーローマスクこと、正義の父は非常に忙しい。正義の母も、父のためにパワードスーツを作った博士の娘であり、悪の組織討伐だ、技術提供だで二人して世界を飛び回っている状態にある。そのため、めったに会えない。
そんな両親を、恨みに思ったこともないではない。
しかし正義のそばには、いつも”家族”がいた。
血のつながりもない、ある意味では因縁すらある「家族」ではあるが、それは正義の生まれる前のいざこざだ。多忙な両親も家族とは思っているが、正義にとっては、いついかなる時も共にいてくれる彼らが本当の「家族」なのかもしれなかった。
家族構成としては問題は多いと思う。「じいちゃん」」「おじさん」はともかく、一般家庭に「経理のお姉さん」はいない。「研究員」はもっといない。
三鷹くんのおうちは、ご両親がいないから……なんて言われたことも、一度や二度じゃない。
だけれど正義は、いま一つ屋根の下に住んでいる顔ぶれのことを「家族」以外に振り分けたことがない。
なぜなら生まれた時から、そうだったからだ。
多忙な両親を慮って、まだ乳飲み子だった正義を世話すると言ってくれたのは彼らだったと聞いている。ならば彼らは、家族である。下手をしたら、実の家族より深いつながりの。
―――正義のミタカ
当時初代仮面ライダーを観ていたといええば納得していただけることと思う。ライトノベル「秘密結社で行こう」シリーズの影響も強い。
団側の改造人間にはみんなちゃんと怪人名があったりした。
正義と家族と、正義の親友、そして映研のメンバーも一緒にドタバタする予定だった。
設定は大幅に異なるが、ヒーローものという事で拙作「英雄たちの舞台裏」の前身にあたる作品なのかもしれない。
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