秘密結社404

一食め アラビアータに似たなにか


 ヴィクターはものぐさである。

 どのくらいものぐさかというと、カップ麺をふやかす湯を沸かすのすら面倒くさいと思うほどものぐさなのである。

 そんな彼なので必然的に主食は菓子パンやスナック菓子である。コンビニには買いにいかない。ネットスーパーで届けてもらう。それほどまでに外出が億劫なのだ。

 これほどものぐさな男であっても、たまにはうまいものが食べたい日がやってくる。そしてうまいものは、寝ているだけではやってこないのである。


「出かけるかぁ」


 彼は自分が持っている唯一の外出着、チェックのシャツに綿パンという一昔前の偏見に満ち溢れたオタクルックに身を包み、伸び放題の髪の毛をくくると5日ぶりに靴を履いた。

 

 ***


 出かけるとはいっても建物からは出ない。

 ヴィクターが向かったのは、同じマンションの4階である。ポケットから引っ張り出した鍵で開けるのは、数字も不吉な404号室。上がりこんで開口一番、


「ちゃーっす。なんか食べさせてー」


 返事はない。

 だが誰かいる気配はする。部屋の奥へ向かうと果たして、キッチンで物思いにふけっている男がいた。

 色白ひょろがりのヴィクターとは反対に、良く日に焼けて体格のいい男である。彼は片手でモテそうなあごひげをいじり、もう片方の手で鍋のふたを持ち上げ、両目はじっと鍋の中身を凝視していた。


「エーリオくんっ!」

「んあ」


 声をかけると、生返事が返ってくる。

 入ってきたときにあれだけ大きな声を出したのでエーリオも気づいてはいたが、気安い仲なので無視していたらしい。

 納得いかないヴィクターが身を乗り出して鍋をのぞき込む。小ぶりな片手鍋に、こんもりと赤みの強い料理が入っている。


「これなに?」

「わからん」

「エーリオくんが作ったんじゃないの?」

「さっき来たらあった」

「ふーん」


 ここ404号室は、たまり場である。

 このマンションの住人やその友人たちが、暇になると遊びに来るのだ。たいてい誰かしらいて、何かしら料理が作られている。誰かが多めに作った料理が残って、置いて行かれることもは少なくない。よほどのことがない限り、腐る前に誰かの腹に入るからだ。


「トマト煮にしては具が控えめだが、トマトソースにしては具が大きすぎる。どっちだろな、これ」

「トマトだけにイタリア魂が燃える感じ?」

「おれが現役だったのは、トマトが食用になる前なんだけどね。でもま、トマトは好きだよ」

「これで何か作れる?」

「んー。やってみっか」

「任せた」


 ヴィクターはぐっと親指を立てると、リビングに直行した。おおかた寝転がってテレビでも見るつもりなのだろう。ヴィクターのものぐさぶりはエーリオも嫌というほど知っているので、無理に手伝わせようとはしない。


「さて」


 早速テレビの音が聞こえてくる。暇つぶしもあることだし、多少待たせてもいいだろう。そう判断して、エーリオは電気ケトルでお湯を沸かす。沸いたらそれと塩を鍋に入れ、ペンネを投入。ゆでる間に、くだんの鍋の中身を味見する。だがその正体がますますわからなくなっただけだった。

 ベースがトマトであることは明らかなのだが、入っているひき肉が鶏肉である。さらにきのこがこれでもかというほど投入されており、その出汁の所為なのかいわゆるトマトソースの類とは違う味がする。まずいうまいで言えばうまいほうなのだが、何を作りたかったのか見えない味である。

 フライパンに油をひき、ゆであがったペンネとゆで汁少々、トマト味のなにかをカレースプーンで5杯ほど放り込み、よく混ぜる。途中で輪切り唐辛子を加え、塩、コショウ、少々。

 等分に皿に盛り付け、リビングへ向かう。


「アラビアータっぽくしてみた」

「わ、おいしそう! さすがイタリア人!」

「……育ちはフランスなんだけどな。ビール呑むかドイツ人」

「実家はスイスだけどちょうだい」

「ほらよ」

「ありがと。いただきますっ」


 ビールジョッキを受け取るや否やぐぐっと半分近くそれを空け、ひょいひょいとペンネを口に放り込んでいくヴィクター。エーリオも飲み残しの赤ワインをお共にご一緒する。


「辛ッ! うまッ! でもちょっとちがう!」

「誰が何のために作ったんだろうなぁ……」


 憶測をかわしあいながら食べていると、誰かがカギを開ける音がした。ほどなくしてリビングに入ってきた人物は「あっ」と声を上げて皿を指さす。


「それ、あの鍋のですか……」

「そうだけど……やばかった?」

「あたしまだ食べてないのに……」


 がっくしと肩を落としたのは黒づくめの女性であった。マンションの住人ではないが、顔ぶれとしてはかなりの古株である。


「これ、お蘭が作ったの?」

「はい……5時間かけて……」

「蘭子ちゃん落ち込まないでー。エーリオくん、これ全部食べ切っちゃった?」

「いや、まだ半分くらいは」

「だってさ」


 蘭子は大げさに安堵のため息をついて「じゃあ、あたしも食べます」とキッチンへ行こうとする。その袖を引っ張って、エーリオが止めた。


「お蘭よお、これ、本来どうやって食べるものなの?」

「ご飯にかけたらおいしそうかなって、勢いで」

「ああ……で、味付けは何?」

「中華だしと醤油ですけど」

「おお……」


 この後バターライスにかけて、みんなでおいしくいただいた。


 ***


 トマトソースのようなもの 醤油味


 材料


・玉ねぎ 1玉

・しめじ 1株

・しいたけ 5~6個

・鶏ひき肉 200g

・トマト 1缶(ダイスカット、400g)


・ごま油 適量

・鶏がらスープの素 適量

・醤油 適量 


①玉ねぎはみじん切り、しいたけは薄切り、しめじは石づきを取ってほぐし、ごま油を引いた鍋で炒める。適当なところでひき肉も入れる。


②火が通ったらトマトと調味料を投入して、適度に水分が飛ぶまで煮込む。味は適宜味見をして、調整すること。


☆油をサラダ油に、ひき肉を豚か牛にして、コンソメスープの素で味付けをすると普通のトマトソースに近づく。

 なお、その場合も醤油は欠かさないこと。

 なぜかはわからないが、トマトソースに醤油を入れて煮込むとおいしい。


―――秘密結社404

 この時点ではみじんも気配がないが現代ファンタジーである。ヴィクターは死人の魂を移植されたホムンクルスだし、エーリオは時間渡航者だった。これほど微に入り差異をうがち美味しく説明できそうな持ち料理が当時はなかったのでエタってしまった。今ならもう何品か書けるかもしれない。

 なおヴィクターは「スレ118」の「南極先生」、エーリオは「寮監さん(不良)」でもある。蘭子は「やどり先生」。使い勝手のいい女性キャラなので拙作に頻出しがち。

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