四夜目 楽師の集い

 夜空亭には、たまに楽師がいる。


 小さい店なので、勿論お抱え楽師ではない。趣味で楽器をやっているやつ、むかし楽師になりたかったやつ。ごくごくたまに、個人的に1杯やりにきた本職さん。

 そういう連中が他の客からおひねりや奢りの酒をもらって、何曲かやってくれるのだ。


 今夜の夜空亭は、なんだかやたらに楽師連中、しかも本職さんが多めに集まったので、いつも以上に賑やかであった。

 ただし、示し合わせたわけではないので、楽器の組み合わせがめちゃくちゃなのがご愛敬。アコーディオンとトランペットとリュートが同じ曲を奏で、それに合わせて透き通るようなソプラノが響き渡っているが、そこは本来男性パートだ。なお演目は最近表通りではやりだした歌劇の、地獄の悪魔が淑女を惑わすシーンである。今夜は麗しき女悪魔が誘惑者ということで、その背徳感に店は沸きに沸いていた。 


 お客様一同の拍手に恭しく頭を下げて、即席のでこぼこ歌劇団はすみやかに酒を要求した。1人を除いて。


 その1人は店長に音もなく近寄ると、酒よりさらに難のある注文をした。

 曰く、


「ネジを巻いてほしい」


 と。


 ***


「一緒に来てるあの兄ちゃんは何なんだ、ええ、”自鳴琴”。最初は名無しで通っていたが、近ごろはお前の”螺子巻”で覚えられちゃったじゃないか。その相手の前でネジを、巻いてほしいっていうのはちょっとどうなんだい」

「つまり夜空は、ネジ巻きが不倫に該当すると」

「ちょっと、いやだいぶ違うが。まあそういうことだ」

「問題ない……彼は先生に次いでネジを巻くのがうまいけれど、夜空のそれは、それでなかなかどうして」

「たまには違う按摩師に揉まれたい?」

「……それかも」


 お小言を言いながらも、夜空は順調に自鳴琴のネジを締めてゆく。自鳴琴は心地よさげに目を細め、店長の締めに身をゆだねていた。


 自鳴琴は人形である。


 いったいどういう所以で、人形が歩いて喋ってアコーディオンなど弾いているのかは当人が深く語らないので知らないが、下手な冒険者街よりも魔法にあふれる我らが楽園通り、自鳴琴は「そういうもの」として店長と常連客には認知されている。

 いつのまにか彼(?)の周りをうろちょろするようになったトランペット吹きの青年が、何やら咎めるような目線でこっちを見ているが知ったこっちゃない。

 ご本人の同意を得てネジを巻いているだけである。恥ずかしいことなどない、はずだ。本人同士の取り決めだとか、人形における倫理感がどうとかは、どうぞ勝手にやってほしい。

 自鳴琴以外の楽団員は酔いもたけなわ上機嫌で、もう1杯で今度はもっと艶っぽい曲をやってやるがどうかと客に粉をかけている。その「艶っぽい」部分を任されるであろうソプラノ歌手も、まんざらではない様子だった。彼女もあくまで趣味の歌手、とにかく誰かが自分の歌を求めてくれるのが嬉しいのである。


「ね、夜空」

「なんだ自鳴琴」


 大体の整備を終えたところで、自鳴琴が声をかけてくる。


「お酒ってそんなにおいしいの?」


 大きく伸びをしながら、根本にかかわる質問をしてくる。はいと言えば酒どころかその他の飲食もままならぬ自鳴琴が気に病むのではないか、いいえであればあそこまで酒に狂乱する客や楽師たちを否定することになる。

 店長が困っていると自鳴琴はきょとっと首を傾げて曰く


「まぁ、どうでもいいけど」


 と。

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