第3話 自己防衛少年


 シャーロットとのいざこざのあと、エミリアを自室に帰らせた。櫛と桜は、桜の寝室に残っていた。

 櫛はうつむいた。

「桜、あたし、この世界に残るよ」

「だめだ」

「どうして」 

「・・・君の世界はここじゃない」

 櫛は首をぶんぶんと振った。

「そんなの関係ない。あたしはあそこに帰りたくない。エミリアのそばにいたいの」

「・・・君は、日常の中にいたいと言った」

 桜は肩を竦めた。

「エミリアはもうすぐ死ぬ。君はエミリアがいなくなったら、この非日常の異世界でひとりぼっちだ」

「・・・じゃあ」

 櫛は桜をにらんだ。

「桜は、何とも思わないの?エミリアがこれからどうなるのかとか心配じゃないの?」

「・・・」

「そうだね。桜はあたしと違うもんね」

 櫛は吐き捨てるように言った。

「じゃあ、あたしに意見押しつけないで。一人で帰ったらいいじゃない」

「櫛」

 今まで黙っていたヒクイドリが口を開いた。

「あなたの言うことも分かるわ。でもー」

「うるさい」

 櫛は目を伏せた。

「もういいでしょ。明日、エミリアを連れて、遠くの街に行く。だからー」

その時だった。

「クシ、いいよそんなことしなくて」

凛とした声がした。

 櫛ははっとして、振り向いた。

「いいから。もう」

 エミリアが部屋の入り口に立っていた。

「どうして」

「様子を見に来てみた。櫛ったらとんでもないやつね」

「・・・」 

 櫛は心配そうに顔を歪めた。

「何で?あなた一人でどうするの?」

「・・・私を養子にしたい人がいるって大叔母様が言ってた」

 エミリアは微笑んだ。

「すごくいい人だそうよ」

「・・・」

「あなたはたぶん逃げているだけ。あなたは、ほんとはもっと違う夢を見てるでしょ?」

 エミリアは櫛を見つめた。

「お姉ちゃん。サクラと一緒に行って」

「・・・」

 櫛は目を見開いた。

「だって、早い話現実逃避じゃん、それって」

 エミリアは続けて言った。

「私を逃げ先にされても困るし。私も荷が重いしね」

 櫛はうつむいた。

「エミリア・・・」

「風が、吹いているね」

 エミリアは窓に近づいた。

- 風が吹いてる。

 桜ははっとして、その横顔を見つめた。

「・・・風が吹いて、心の中が空っぽになっても、進まなきゃ」

ーあなたはもう、私のために戦うんじゃないよ。分かってるでしょ?

 彼女の金髪が風になびく姿が、なぜかかつて誰かの世界にいた少女の面影に映った。

 ラベンダー。菫衣草。彼女らは、風が吹いても倒れない。

「櫛、桜、諦めないよ。私」

 エミリアは朗らかに微笑んだ。

「だから、櫛も、自分が一番幸せになれる場所で、頑張って」 

 櫛は、エミリアを見、桜を見た。桜はうなずいた。

「とりあえず、帰ろう、櫛」

桜は、眉を潜めて微笑んだ。

 櫛は心許なげにうなずいた。

 

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