第4話 それは憧れではない

エミリアは苦しそうだった。顔も熱さにゆがみ、頬を赤くし、息を荒くしている。櫛は、彼女の手をぎゅっと握った。

「大丈夫よ、きっと良くなるから」

「・・・」

 エミリアは、薄く目を開けて、辺りを見渡した。

「サクラは?」

「今、使用人さんと一緒に街まで降りて、お医者さんを連れてくるから」

「え・・・」

 エミリアは目を見開いて、首を振った。

「いや・・・」

「・・・エミリア?お医者さんは嫌いなの?」

「ちが、う」 

「じゃあどうして嫌なの?」

「・・・」

 エミリアは櫛の手をぎゅっと握った。

「・・・桜は、私を見捨てないよね」

 櫛は眉を潜めた。

「・・・どういうー」

「アリア先生が病気になったときに、医者を探しに行くって街に出かけていった男がいたの」

 エミリアはかすれた声で言った。櫛は目を見開いた。

ーフダンジンセイが殺したの!

 普段陣聖を、櫛は知っていた。桜の腹違いの兄だ。そして、麻薬取締法違反で逮捕され、現在保釈されて行方不明になっている。彼も、異世界に来ているのか。だとすれば、桜には言えない、と櫛は思った。

「そいつは、結局、医者を連れてこなかった。そいつは、それどころか、こっそり里に帰って孤児院のみんなを魔法で石に変えた」

「・・・石に」

「悪い、魔法使いに騙されたんだ」

 エミリアは泣いて言った。

「その中でどういうわけか、私ともう一人だけが助かった」

「・・・」

「石になる前のアリア先生の声が今でもまだ耳に残ってる。大好きなアリア先生の声が」

 エミリアは下唇をかみしめた。

「何て言われたと思う」

「・・・」

「・・・・・・あなたなんて本当は嫌い」

 エミリアは眉を潜めて、笑った。櫛は目を見開いた。

「なんちゃって」

 エミリアは微笑んだ。櫛はほっと胸をなでおろした。

「・・・違うのね」

「うん。アリア先生は、優しいから」

「アリア先生みたいに、なりたいんでしょ?」

「・・・・・・」

 エミリアは目を見開いた。そして、櫛から目を背けた。

「・・・うん、そうだよ。アリア先生みたいな、先生になりたい」

 先生に、と彼女は繰り返した。

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