第3話 もう一つの孤独


 アリアをベッドに運び、しばらくすると容態が安定し出した。

 目を薄く開け、彼の名前を呼んだ。

「ジン」

 陣聖はアリアに向かって微笑んだ。

「何だ?」

「私はいいから。子供たちのほうを見てきて」

「・・・」

「お願い」

 分かった、と陣聖はうなずいた。

「あとで戻るから」

「うん」

 アリアは弱々しくうなずいた。

 陣聖は、アリアの部屋を出て、体育広場に向かった。

 陣聖が入り口に来ると、皆一同、心配そうな表情で、こちらを振り返った。

 陣聖は目を見開いた。

「・・・」

 アリアがもし死んでしまったらー。

 陣聖は首を振った。

 そんなことは考えてはいけない。

「ジン先生」

 足下に寄ってきたエミリアが心配そうに尋ねる。

「アリア先生は?」

「・・・大丈夫だ」

 陣聖は微笑んだ。

「大丈夫だよ」

「そっか」

 エミリアは眉をひそめて、微笑んだ。

「疲れちゃったんだね」

 陣聖は目を見開いた。

「・・・」

 子供たちはバカじゃない。陣聖は広場を見渡した。子供たちは陣聖をよく見ている。陣聖の表情の機微をつかんで、自分が何を考えているのかを自然と知るのだ。

 俺がしっかりしなければ。

 陣聖は息を大きくすった。

「大丈夫だ。みんな!」

 そして、大きな声で言った。

「明日、街からいい医者を連れてくる。そしたらアリア先生もばっちり治るさ」

 エミリアは目を見開いた。そして、微笑んだ。

「アリア先生、頑丈だもんね」

 ジャシャもうなずいた。

「お姉ちゃんは強いもん!」

「・・・」

 子供たちは、少し表情を柔らかくしたようだった。

 陣聖は内心胸をなでおろした。不安を、少しでも取り除けただろうか。

 陣聖は子供たち一人一人をあやし、寝かせ、おやすみ、と言って、体育広場を消灯し、部屋を出た。 これだけでも大変なのに、彼女は何年もずっと、80人の子供たちの母親で在り続けた。 

 アリアが死んだら。

 この子たちは、再び母親を失い、再び孤児になるのだ。

  

「アリア、起きてる?」

 陣聖はアリアの部屋に入った。

「・・・うん」

 アリアはベッドから体を起こそうとしたが、ぐらっと倒れそうになる。慌てて、陣聖はそれを支えた。

「・・・大丈夫?」

「うん、ちょっとめまいした」

 アリアは困ったように笑った。

「また助けてもらっちゃったね」

「・・・」

 陣聖は眉をひそめた。

「明日、博士の代わりの医者を街から連れてくるから」

「・・・博士、いないの?」

 アリアは心細そうに陣聖を見上げた。

「ああ。あの人、気まぐれなところあるから。どっかに出かけただけだと思うけど」

「・・・違うと思う」

 アリアは陣聖を見つめた。

「え?」

「・・・今朝ね、私、見たんだ。博士の家の前に、スーツの人が来てた」

「スーツ?」

 陣聖は見慣れない服装だ、と思った。タルンカッペの街でも、スーツを着た人間を見たことがない。 

「うん・・・ごほっごほっ」

 アリアは強くせき込んだ。口を手で押さえたまま、陣聖の方を見る。

「どうしたの」

「ジンセイ・・・」

 彼女の目には涙がたまっていた。

「どうしたの?」

「血が・・・」

 彼女は、口を押さえていた手を広げた。そこには、赤黒い色をした液体がついている。

「・・・ねえ」

「うん」

「私、死ぬのかな」

「大丈夫だ。死なないよ」

 陣聖はそう慰めた。

「血を吐く病気なんていくらでもある。ぜんぜん大丈夫なのもあるんだ」

「・・・あなたに伝染したかも」

 アリアはさらに泣きそうになった。

「ごめんなさい」

「・・・いいよ」

 陣聖は首を振った。

「もう、休んで」

 アリアは彼を見つめた。

「・・・ジンセイ、私が死んだらさ」

 陣聖はうなずいた。

「子供たちのこと?大丈夫だよ。万が一にもそういうことがあったら、俺がー」

「・・・そうじゃないの」

 アリアはうつむいた。

「・・・」

「どうしたの?」

「何でもない」

 アリアは首をすぼめた。

「これを言ったら、あなたは私を軽蔑する」

「軽蔑?」

「うん」

 アリアは布団をすっぽり被った。

「絶対にいやだから」

「・・・」

 彼女はもう眠る、と言った。

「おやすみ」

「・・・・・・ああ。おやすみ」


 陣聖は夜通し、彼女の枕元についていた。

 明日、医者を探しに街へ行こう。それで、彼女はきっと治る。

 陣聖は不安を押し殺して、そう自分に言い聞かせた。

ーこれを言ったら、あなたは私を軽蔑する。

 彼女が死ぬことはない。だから、それが何かを知ることもないのだから。

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