第3話 風評被害
とりあえず、里を降りて、街に出た。その街タルンカッペはシンボルの時計塔を中心に放射円上に石造りの建物が並んでいた。真ん中の空間は、牧場になっている。空はほうきに乗った子供たちが飛び交い、絨毯が独り手に新聞を配達し、通りかかった街路樹がしゃべり出したり、家の上におっさんくさい毛むくじゃらの精霊があぐらをかいていたりした。
陣聖は、自分を雇ってくれそうな場所を探すことにした。孤児院に食べ物を返すためにも、自分がこの先生きていくためにも、この世界での金が必要だった。
雇い場所を探すにはギルドという場所に行かないといけないらしい。現実世界のハローワークのようなところだ。
「すいません、聞きたいんですけど」
道ばたにいた人の良さそうな男に聞くと、広場の近くにある「センチュラル」というギルドを勧められた。
「ところで、あんたどこの人?」
別れ際、男は陣聖に尋ねた。
「え?」
「あんた、この辺のこと知らなそうな顔しとるから、教えとくわ」
男はひそひそと言った。
「山の近くの仕事は高いんよ、でもそれに釣られたらあかん」
「どうしてですか」
「あそこは、ガルバナムっちゅう里がある」
陣聖は、そこは自分が先ほどまでいた場所だ、と思った。
「あそこは近づいたらあかん。妙な病気がはやっとるらしい」
「病気?」
陣聖は眉をひそめた。
「ああ。それはのろいのような病気だそうだよ」
男は目を大きく開いて言った。
「最初はなんともないんだ。特に子供のころは。だが、20歳を迎えた頃を境に、体が動かなくなったり、血を吐いたりするらしい。人に伝染るとも言われている」
「・・・なるほど」
男は気をつけな、と言って、どこかへ去ってしまった。
「・・・」
男の言うことが気にならなかったわけではない。だが、陣聖は今はとにかく、稼ぎ場所を見つけなければ、と思った。
ギルド「センチュアル」は混んでいた。この街は裕福な人が多い見た目だったが、人が仕事に対して飽和していて、失業者も多いのだった。
だが、人の多さでは休日のハローワークも同じようなものだ、と思い、気長に座って待つことにした。
しばらく経って、そろそろ並ぼうかと思ったとき、
「おい!」
と怒鳴り声がした。見ると、白いひげを蓄えた老人が、若い男にどやされているところだった。なんだなんだ、と思って見ていると、
「こいつ、病気持ちだぞ!」
と男は叫んだ。
「つまみ出せ!里へ追い返せ!」
「・・・」
「出てけって言ってんだよ!」
男は老人を蹴り倒した。床に転がった老人は、強くせき込んだ。
助けに入ろうかと思いつつも、陣聖は、ただ見ているだけだった。
「・・・」
きっと殺すまではしないだろう。ほとぼりが冷めたところで、けがを治してやれば、と思っていた。
しかし、その男は殴ったり蹴ったりするのを止めなかった。男は強い憎しみを持った目で老人を見た。周りにいた人も、それを遠巻きに見るし、ギルドの係員もやめさせようともしなかった。
見ていられなかった。
「・・・やめてください!」
陣聖は叫んだ。みんなが一斉にこちらを振り返る。
「・・・俺は医者です」
ついそう言った。ともあれ現実世界では医学生だったので、完全に間違いではない、と自分の中でいいわけをする。続けて、彼は言った。
「・・・その人は、ただ風邪を引いているだけだ。俺が保証します」
「あ?」
男の怒りの矛先は幸か不幸かこちらに向いたようだった。
「あんた、医者なのか」
「・・・はい」
「医者のくせに、仕事探してるのかよ」
「・・・あ」
それは普通に盲点。
「・・・いい加減にしろ!」
激昂した男は、陣聖の腹を強く殴った。がはっとうめき声をあげて、陣聖は前のめりに倒れ込んだ。動けなくなった陣聖は、今度は、膝蹴りをまともに食らい、後ろの柱に体を打ち付けた。
しまった。やっぱり関わるんじゃなかった。
空腹と今の攻撃で、陣聖の意識は朦朧としていた。
「・・・」
男は、再び、動けなくなった老人に近づいた。男の憎しみはただ事ではなかった。老人の胸ぐらをつかんで、壁に強く押しつけた。
陣聖はポケットに手をつっこんだ。こんな暴力的な男と、関わったってだめだ。何を言ったって聞きはしない。
「・・・待て・・・」
陣聖は言った。ポケットから拳銃を取り出し、男に向けた。男は振り返り、眉をひそめた。
「何だ、それは」
「それ以上殴ったら、これでけがさせる」
「は?」
「・・・やはり、これを見たことはないか」
陣聖は建物の中の分厚い壁に銃を向けて、引き金を引いた。ばん、と大きな爆発がして、壁にピシピシとひびが入る。
「は?」
男は目を見開いた。
「おい、何だそりゃ。何の魔法ー」
今度は男の真横の壁をねらって、それを撃った。銃弾は男の顔のすぐ横を通った。ばん、と音がして、壁にまたひびが入った。
男は、ひっと叫んで、弾のめりこんだ壁面を見て、それから怯えた表情で陣聖のほうを見た。
「・・・これ以上殴ったら、これでけがさせる」
「・・・っ!」
男は、憎しみと怯えの表情で、陣聖を見た。何か言いたそうな顔をしたけれど、そのままギルドを立ち去ってしまった。
「・・・」
陣聖はどっと疲れが出て、ぐったりとした。
すると、様子を見ていたギルドの係員がやってきた。
「すみませんがね」
恐縮して言った。
「お客の迷惑になるんで・・・」
「ああ、はい」
陣聖は立ち上がって、係員をにらんだ。
「す、すみません・・・」
係員は怯えた目をしてあとずさった。陣聖はためいきをついて、倒れた老人を見た。
「・・・このじいさんは、俺が連れて帰ります」
「ああ。ありがとうございます」
係員は、深深と頭を下げた。
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