第4章 闇事変その② 第1話 メデューサいっぱい 

 彼女は元々、人間の美しい少女だった。神々の怒りに触れ、醜い怪物に変えられた。その姿は、髪は蛇、腕は青銅。イノシシの牙を持ち、黄金の翼をはためかせる。

 可哀想な彼女は、神話というプロパガンダ的物語のために悲しく運命づけられた少女である。




「ちょっと、押さないでよ!」

 渡し守りは地面に倒れたマリナたちに近づいていく。やむを得ない、と陣聖はため息をついた。

 船内から飛び出し、ポケットから取り出した拳銃を、無防備になった彼の背後に突きつける。

「おい、動くな」

 渡し守りは無言で振り向く。3、2、1。傘の効果が切れ、陣聖は彼の前に姿を晒した。

「動くなと言っているだろ!」

 渡し守りは自分に向けられた銃口を恐れることもなく、ドクロの仮面を右手でいじり、何かぼそぼそと言った。

「・・・・ァァ、ヵィィィィ」

 それからぱちん、と指を鳴らすと、彼の姿は煙のように消えた。

 同時に船が、気味悪い笑い声を立てながら出航の合図をする。

 陣聖は舌打ちをした。

 辺りに、怪しい気配が立ちこめた。

 マリナとジャシャも立ち上がり、周囲を見回す。

「ァゥ・・・・ァアアァゥ」

 洞窟に風が吹き込むような音がして、奴らは現れた。

 数は3匹。

 角の生えた黒いクラゲの姿をした怪物。黒いドレスのような膜をひらつかせながら、ふわふわと漂い始めた。

「メデューサ」

 ジャシャはつぶやいた。

「そいつらの目を見るな!」

 陣聖は叫んで、拳銃を打ち鳴らす。

「石にされるぞ!」  

 メデューサたちに気をとられた彼らをよそに、船ががたがた、と動き始める。

「陣聖様!船が、出ます!」

 マリナは叫んだ。

「くそ!」

 陣聖は、マリナとジャシャを両脇に抱えて、船の上部に飛び乗った。がたん、と船体が揺れる。そのまま、動き出した。 

 メデューサたちも陸から離れ、船を抱きしめるようにまとわりつく。そのうちの一匹の膜がマリナの髪に触れた。

「きゃあああ!」

 マリナは目を閉じて悲鳴を上げた。

「目さえ見なければ大丈夫だ。慌てるな」

「で、でも!気持ち悪いんだもん!」

「元はというと、おまえ等が転ぶからー」

「それはごめんだけどーもう嫌!」

 マリナは顔が真っ青になっていた。

「ジャシャ、何とかして!」

「・・・」

 ジャシャはうなずいて短い杖をポケットから取り出した。そして、メデューサに向かってそれを振り上げる。ぱん、と弾けるような光に、メデューサはひるんだ。だが、その軟体動物のようなその体は、空中ですぐに体勢を立て直し、また船上に戻ってくる。

「だめ・・・」

 ジャシャは肩をすくめた。

「・・・アスティカ様は使ったらだめなの?」

 マリナは船の上の手すりにしがみついて震えながら聞いた。

「・・・最終兵器だ。できれば温存してくれ」

 陣聖は拳銃を左手に持ち替えた。

「この先の、セントラルアイランド海峡を越えた先には、この船に乗っていないと通れない。この船は、魔法で隠された道を行くんだ。振り落とされないようにすることと、やつらの目を見ないようにすることだけ考えろ。海峡を越えてしばらくしたら、すぐにアスティカに乗り換える」

「それまで、耐えろっていうんですか」 

 マリナは泣きそうだった。

「・・・」

 陣聖は拳銃をメデューサに向けて、その眉間あたりを撃ち抜いた。一瞬ひるむものの、傷ついた部分はすぐに修復されると分かった。実質、不死身の怪物なのだ。

「こいつら、攻撃はしてこないんですか?」

 マリナは目をぎゅっと瞑って言った。

 陣聖はうなずいた。

「こいつらは政府の使い魔で、罪人を粛正するために使う。効率もいいし、人道的だというらしい。それに、隠れて断罪を実行しやすいということもある・・・」

 強めの舌打ちをした。

「陣聖様?」

「・・・俺とジャシャは、ガルバナムの里でこいつらに会った」

「ガルバナムって、ジャシャの故郷ですよね」

 マリナは心配そうに言った。

「それってー」

「ああ」

 陣聖は薄く目を開けて、ジャシャを見つめた。

「ジャシャ・シャンストンのいた孤児院を、無実の罪で粛正したのは、こいつらだ」

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