第3話 エミリアと櫛

 櫛はエミリアに尋ねた。

「エミリアは、どんな先生になりたいの?」

「んん?」 

 エミリアはほうきを放り投げて中庭に寝転がっていた。

「んん」

 エミリアは目を瞑って悩み出した。櫛はくすっと笑って、エミリアのほうきを拾い上げた。

「どうなんだろうな」

「担任の先生みたいな?」

「オリビアはいやだな」

「呼び捨てにしないの」

 櫛はたしなめた。

「どうして、いやなの?」

「だって、あの人は、生徒のことをさん付けする」

 エミリアは寝返りをした。

「エミリアさん、アレクサンダーさんって」

「だめなの?」

「だめよそんなの」

 エミリアは首を振って、強く否定した。

「私の尊敬する先生は、アリア先生っていう、孤児院の先生なの。その人はね、ちゃんと、エミリアちゃん、フレイアちゃんって」

「孤児院?」

「そう」

 エミリアは、眉をひそめて笑った。

「私は、孤児なの」

 櫛は目を見開いた。

「・・・そうなんだ」

 エミリアは首を傾げた。

「やっぱり、親がいないのはだめ?」

「え?」

「だって、変な顔するもの・・・」

「・・・! 違う、それは違うよ」

 櫛は首を振った。

「だめじゃない。あたしも、似たようなところあるし」

「そうなの?」

「そうよ!ハトおばさんっていうちょっと頭のおかしい家政婦みたいなおばさんと、小さい頃から二人暮らしだもん」

 櫛は微笑んだ。

「変な顔をしたのは、あなたが変な顔をしたからよ」

「私が?」

「そうよ。眉をひそめて笑ったでしょ」

 櫛はエミリアを指さした。

「そんな笑い方は、子供がする笑い方じゃないわ」

 エミリアはきょとん、とした顔をした。 

「・・・・・・ふふっ」

 そして、くすりと笑った。

「どうして笑うの?」

「だって、クシ、お姉ちゃんみたいだもん」

「お姉ちゃんってアメリさん?」

「いや、違うよ」

 エミリアはうれしそうに言った。

「ずっと前に亡くなったフレイアお姉ちゃんに、クシはとても似ている」

「・・・」

 櫛は、首を傾げた。

「そのお姉ちゃんのことを今でも尊敬してるのね」

「いいえ」

 エミリアは首を振って、ふっと鼻で笑った。

「私よりバカだったわ」

「・・・」

 櫛はエミリアの頭にげんこつした。

「・・・痛い」

「お姉ちゃんを敬わない報いです」

「妹が姉を敬う道理はない!逆でもいいはずだ!」

「逆だと訳分かんないでしょうが」

「ばーかばーか」

 エミリアは言った。

「お姉ちゃんのばーか!」

「何を!」

 櫛は、胸の前で両手を交差した。

「バリア!」

「何よそれ!」

「どんな悪口も受け流す魔法よ」

 櫛は得意げに言った。

「これを使えば、あたしは悪口を聞いても傷つかない」

「なんだその悲しい技は!」

「ほうきには乗れないけど、この技を覚えて早10年、この分野においてあなたには到底たどりつけない境地にいるわ」

 エミリアは眉を潜めた。

「・・・あんたにゃ負けたよ、クシ。ぜんぜん悔しくないけど」

「・・・はっはっは、参ったか!」

「・・・あ、うん」 

 櫛は、8歳児に哀れみの目で見られるという悲しい体験をした。


 やがて、日が暮れてきた。櫛は、エミリアと部屋に戻った。桜は部屋で何か書き物をしていたようだったが、こちらに気づくとそれをポケットにしまった。

「お帰り」

「サクラ、何してんの?」

 エミリアは不審そうに彼を見た。

「・・・難しい問題を解いていたんだ」

「げ!問題?」

「そうだよ」

 彼は首を傾げる。

「いやあ、難しい。どうしたら解けるのか」

「・・・私、勉強嫌い」

 エミリアは首をすぼめた。

「教師になるんじゃなかった?」

「そうだけど、苦手だしな」

「それじゃ、諦めるの?」

「諦めない!・・・諦めないけど」

 エミリアは頭を押さえた。

「ああ、勉強のことを考えると、キョゼツ反応がああ!」

 桜は肩をすくめた。櫛はくすっと笑って、

「大丈夫、あたしがばりわかりやすく教えてあげるから、明日やろ?」

「バカなのに教えられるの?」

 エミリアは涙目だった。櫛は、エミリアの頬をつねった。

「いてて」

「バカバカ言うな、いい?そんなに人をバカにしたかったら、東大とかハーバードとか入れるくらい頭よくなりなさい」

「トウダイ?ハーバード?」

 エミリアは涙ぐんでうなずいた。

「分かった、私そこ入る。そこ入ってみんなのことばかにする!」

「おいおい」

 櫛は苦笑いをした。

 夕飯のベルが鳴った。エミリアは、「ごはんだ!」と言って、部屋からかけだした。

 櫛たちもとりあえず、大広間に向かった。


 夕食が済むと、櫛と桜は二人で先に部屋に戻ってきた。

「ねえ、どうだったの?」

 櫛は桜に聞いた。桜はポケットから紙を取り出した。どうやら、簡易的な家の見取り図であった。

「2階の倉庫を探したけど、見つからなかったよ。鍵がかかった箱でもあれば良かったけど、そういう風に大事に保管されたものはなかった」

「大丈夫だった?誰かに見つからなかった?」

「うん。この家の人の居場所は全員把握していたから」

 桜は言った。

「まずは、シャーロット婦人、アリスと養母、ジャックとルカ。それと、ジャックたちの母親。父親は政府の役人で出張中だそうだ。ジャックたちと母親は中庭にいて、シャーロット婦人は書斎に引きこもっていた。アリスと養母は外に散歩に出かけていた。誰も、僕が倉庫に入ったのを見た人はいないー」

「本当に?」

「え?」

 櫛は眉を潜めた。

「ジャックたち、途中から中庭にいなくなってたわよ?移動したんじゃない?」

 桜は妙な顔をした。

「あれ?そうなの?」

「うん」

「いや、たぶん大丈夫。周りにはちゃんと注意してたし」

 櫛は怪訝な顔をした。

「たぶんってー」

 どたどた、と子供が廊下を走る音がした。

「あ、いたよ!ママ!」

 櫛はどきりとした。入り口に茶色縮れ髪のジャック少年が立っていた。桜を指さして叫んだ。

「この人だよ、ママ」

 ジャックの後ろに母親のローズが仁王立ちしている。凛々しい瞳をつり上げ、口元を堅く引き締めて、桜をにらんでいる。

「この人、物置の中物色してたもん!」

 桜は、目をぱちぱちさせた。

「この人、怪しいよ!」

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