第3章 かわいい妹 第1話 シャーロット婦人
桜が部屋に戻ると、櫛とエミリアが二人並んで待っていた。
「大叔母様がお呼びよ。行ってきて」
「僕だけ?」
「ええ。だってどっちかだけでいいじゃない」
「はあ。何を話せばいいの?志望動機とか」
「あなたは何も言わなくてもいいわ。大叔母様の話を聞いてきてくれれば」
ただの挨拶よ、とエミリアは答えた。
「大丈夫、きっと気に入られるわ」
部屋を出ると、使用人の男がいた。案内されるまま、彼のあとをついていく。エミリアには、兄弟が二人、姉妹が二人いるらしかった。彼ら各々に子供部屋が与えられているようだ。その向こう側に、大叔母様の、書斎、寝室が続いている。
書斎の前に立ち、使用人がドアをノックした。上等そうな木でできた扉だ。桜には木材の等級など分からないが、他の扉とは違うようだった。
やがて、その扉は内側へぱかんと開き、中には杖を持ち、空に浮かぶイスに腰掛けた品の良さそうな老婦人がいた。
「シャーロット様、お客人を」
「ええ」
彼女は、優しい微笑みをたたえていた。
「もう、あなたはいいわよ」
「はい。失礼しました」
使用人は一礼すると、部屋を出て扉を閉めようとした。
「いいよ、私がやるから」
「はい、失礼します」
「・・・」
老婦人は杖をさっと、振りかざした。すると、その重そうな木の扉は音もなくすっと閉じた。
彼女は改めて、桜のほうを見た。
「私はシャーロット・ラベンダー。前政府の首相を務めていました。あなたも、ご存じだと思うけれど」
「・・・」
当然知らない。
「急な話でごめんなさいね。できるだけ、彼女の要望には答えてあげたいの」
「はい」
「あなたたちには、エミリアの養育係をお願いすることになる。あの子が自分でそう言い出したのは初めてよ」
「前の人はすぐやめたって言ってました」
「そうなのよ。エミリアが追い出したの。困ったものね。ーでも、今度は違うわ」
シャーロット婦人は首を振った。
「エミリアが、あなたの連れの、クシさんに一目惚れをしたみたい」
「一目惚れ、ですか」
「ええ」
シャーロット婦人は真剣なまなざしを向けた。
「彼女には、亡くなったエミリアの姉の面影があるらしいわ」
「・・・」
「あなたたちには、養育係として、しばらくエミリアに付き添ってもらうことになる。彼女の事情を話しておきたくて、ここへ呼んだの」
「事情?」
「そう。心に留めておいてくれればいいわ」
婦人はうなずいて、それから言った。
「エミリアは、あの子はね、養子なの」
「・・・そうなんですか」
「ええ。彼女は私の夫が、遠くの孤児院から引き取ったの」
「エミリアさんの、お祖父さまですか」
「そう、1年前に亡くなったけれど。あの子は、ラベンダーの血を受け継いではいないの。これがどういうことかお分かりかしら」
「・・・」
当然知らない。
「かつてラベンダー家の先祖サーム・ラベンダーは、この地を支配していた竜カシャフを倒した。その竜は、月となって天に上った。その光で世界を、平和にした。この大地の存在は、ラベンダーの血脈と等価といってもいい・・・」
シャーロット婦人はどこか訝しげに思ったのか首を傾げた。
「あら、あなた。出身はどこかしら。今の話を知らないの?」
どきりとした。
「いえ?」
桜は首を振る。
「当然、知っております」
「そうよね。ごめんなさい。失礼しました」
安心したように婦人は微笑んだ。
「では、話を戻します。つまり、エミリアには、私どもの魔法技術は引き継がれていない。しかし、そのことで、彼女が悩む必要はありません。彼女は、彼女なりに、ひたむきに努力さえすれば。私は、彼女を愛していますから」
「はあ」
「だから、他の兄弟と比べて彼女の出来が悪くても、あまり責めないであげてね?」
シャーロット婦人は、あたたかい笑みを浮かべていた。
「はい」
桜は、何か圧を感じながらうなずいた。
「じゃあ、部屋に戻って、昼時まで彼女と遊んでいて。中庭に出て、ほうきの練習をしていてもいいわ」
「はい。失礼しました」
部屋に戻ると、櫛とエミリアが二人並んで、本を読んでいた。櫛が桜に気づくと、どうだった、と聞いた。
「別に何も。昼時まで部屋で遊んでいてだって。それか、中庭に出て、ほうきの練習をしてもいいってさ」
ほうきの練習、と聞いて、エミリアはいやそうな顔をした。
「ほうきの練習はやだ。苦手だし、ジャックたちがいっつも戦いごっこしてるもん」
ジャック、というのは、兄弟の一人だろう、と桜は思った。
「じゃあ、部屋で櫛と遊んでて」
「さくらは何するの?」
エミリアは首を傾げた。
少し考えて桜は言った。
「・・・トイレかな」
トイレという名の物色作業。
エミリアが何だかバカにするように言った。
「さっきも行ってたわよね。さくらはトイレが好きなの?」
「・・・」
その認識は少しいやだった。
「桜」
櫛は眉を潜めて手招きした。
「あんまり、頻繁にトイレに行くとか言うと怪しまれるよ」
小声で桜にささやいた。
「この際、エミリアに案内してもらおうよ、そしたら正当に探し回れるよ」
「なるほど」
桜はエミリアの方を見た。エミリアは不思議そうに首を傾げた。
「サクラ、どうしたの?」
「屋敷の中を案内してほしいんだ」
「ええ・・・面倒くさいな」
エミリアは櫛の方をちらっと見た。
「クシも来るならいいよ」
「あたしも行くよ」
櫛は微笑んだ。
「じゃあ行く」
エミリアは立ち上がった。
「しようがないなあ、二人とも」
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