第2章 闇事変 その① 第1話 旅人3人
「起きてください!陣聖さま!」
少女の声に、男は目を覚ました。男は目をこすり、体を起こした。
「なんだよ、石田。おまえとはもう終わりだって言っただろ。今頃何しに」
「誰と間違えてるんですか!」
ぱちん、と少女は陣聖の頬を張った。その衝撃で壁に彼の体がぶち当たる。
「ぐへうっ」
「さいっていです。陣聖さま」
16歳くらいの少女は栗色の瞳を鋭くして言った。
「前の女と間違えるなんて!」
「あ?」
陣聖は目をこすって、ああ、と微笑んだ。
「なんだ、おまえか」
「そうです、あなたの愛しい女マリナです!」
「そうだったな」
陣聖は布団をよけて、起きあがる。棚に置いてあっためがねをかけて、壁に掛かったスーツを取って着替えを始めた。
「ちょっと」
マリナは両目に手を当てた。
「着替えなら私が見てないところで」
「だったら指の隙間から覗くな」
「・・・ばれてたか」
マリナはふい、と目を反らした。
「これでいいですか」
「別に。気にしないし。子供に見られたところで」
「子供扱いするな!」
マリナはふん、と鼻を鳴らした。
「いいですよ別に。・・・私、一階に行って、ジャシャも起こしてきますね!まだ寝てると思うから」
「ああ」
陣聖はうなずいた。
「今日はおまえ等に大事な相談があってな。協力して欲しいことがある」
「・・・」
彼女は不満そうな顔をした。
「マリナ?」
「・・・して欲しいとか、そんな言い方はないんじゃないですか」
マリナは部屋を出かけに微笑んだ。
「私とジャシャは、いつでもあなたの味方です。あなたは正義の味方だもの。無償でお供いたします」
「・・・」
陣聖は、黙々とネクタイを結び、ベルトを締めた。
そして、誰もいなくなった部屋で一人つぶやいた。
「桜・・・・・・どうしてこっちに来たんだ」
やがて、ジャシャと手をつないで、マリナが戻ってきた。ジャシャは眠そうにあくびをした。
「大家のハリーさんにお礼を言っといたわ」
マリナは真剣な顔で言った。
「この先、ジャシャの面倒は私が見ることになるんでしょ」
「・・・」
陣聖は、黙って、二人に座るように促した。
「おまえ等に、話がある」
マリナはうなずいた。ジャシャはきょとん、とした目で陣聖を見る。
「まずは、謝らないとな」
陣聖はそう切り出した。
「このまま、俺はおまえたちと一緒に、この魔法世界で世界が終わるまで、平穏に暮らしたかった。そういうつもりだった。現実から逃げ、メサイアロードからも外れた落ちこぼれの俺だが、おまえたちは俺を見捨てずついてきた。俺はそんなおまえたちと一緒にずっと暮らせたら幸せだと思った。—だが、すまない。もう、それが叶うことはないかもしれない」
「そんな・・・気にしないで」
マリナは首を振った。ジャシャはマリナの服の袖をぎゅっと握った。
「状況が変わったんだ。妖精カラスが復活した」 陣聖は二人を見据えて言った。
「俺の弟と、その友人が、2020年代のメサイアロードに参加している」
マリナは目を見開いた。
「弟さんが」
「ああ。俺のところに妖精コウノトリが指令を告げに来た」
陣聖は二人を見つめた。
「俺は、もう一度メサイアロードに復帰する。ついてきてくれるか」
マリナとジャシャは、しばらく顔を見合わせ、うなずきあった。
「ええ、お供いたします」
マリナは微笑んだ。
ジャシャも陣聖の膝にぽん、と手を乗せた。
「ありがとう、本当にすまない」
「も、いいですって」
マリナは目を細めた。
「それで、早速指令のことですけど」
「・・・ああ」
「どんな依頼ですか。まさか、いきなり他の世界でカラスの相棒と戦う気ですか」
「まさか」
陣聖は首を振った。
「初仕事はこの世界でだ。簡単なことだよ。中央政府の場所は分かるよな」
「ええ。この世界に入港してから、2年目ですから」
マリナはうなずいた。
「この世界はドーナツ状の大陸があって、そこに属するすべての国を統合し管理する平和維持のための政府が、その中心にある。ージャシャ、ドーナツよ。分かる?」
ジャシャはうなずいた。
「ドーナツ!」
「そうそう。中央政府はドーナツの輪の中にある島に隔離されている」
「そうだ」
陣聖はうなずいた。
「その中央政府に乗り込む。そして、その地下に潜り込んで、宝箱を回収する」
「宝箱?」
「妖精カラスにとって、武器となるようなものが入っているらしい。詳しくは俺も知らない」
「・・・」
マリナは不安そうに眉を潜めた。
陣聖はうなずいた。
「大丈夫。これから、侵入ルートを考える。決行は早速で悪いが、今日の夜。日没までに宝箱を回収して、妖精会議に献上する」
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