第3話 末っ子に甘い家族
「交渉成功よ」
エミリアは、戻ってきて言った。
エミリアの交渉だけでは不安だったが、櫛と桜は易々とラベンダー邸の養育係として雇われることになった。この家の人はエミリアに甘いのだろうか。
入り口に使用人の一人と思しき男がやってきた。
「どうぞ、お二人とも」
二人は扉の中を通された。扉の中は中庭に続いていて、中央に、さっきの牛人間の像が置いてある。石像モードでも、迫力は十分だ。
「あれは、動くんだね」
移動中、桜はエミリアに聞いた。
「そうよ、セコムスは動くわ」
「セコムスって名前なの?」
「ええ、私がつけたの」
エミリアは桜をにらんだ。
「何か、問題?」
「いや、とてもいい名前だ、ある意味安全のことなら何でも任せられる気がするよ」
「そうでしょ」
エミリアは微笑んだ。
「何の話?」
櫛は怪訝そうに訊いた。桜は首を振った。
「何でもない」
二人は家の中へ入っていく。廊下に足を踏み入れると、壁にかかった蝋燭の火が一気に点ってびっくりした。
「私の部屋はこの奥よ」
エミリアは使用人と並んで先に行こうとする。二人は遅れをとらないように彼女についていく。家の中は複雑な間取りをしているようだった。こうなるくらいなら、1Kの部屋でも十分だ、と桜は思った。
二人はかわいらしい花柄の表札のかかった部屋に行き当たった。エミリアと綴られているのだろうが、この世界の文字で、当然読めない。
「ここが私の部屋。あとで、お母様か、大叔母様に挨拶に呼ばれるから、それまで部屋で休んでいて。私、トイレ行ってくるから!」
エミリアはそう言って、二人を部屋に置いて出て行った。使用人もお辞儀をして出て行こうとした。
「あの」
桜はそれを呼び止めた。
「あ、トイレの場所教えてもらってもいいですか?」
使用人はうなずいて、こちらへ、と手招きした。櫛に、ちょっとこれ持っといて、と球体を預けて、立ち上がった。
部屋の中は女の子らしい部屋だった。丸っこい形のお洒落なベッドがあって、蒲鉾型の窓を覆うカーテンは花柄で、唇みたいな形の花が咲いている植木鉢が窓際に置いてあった。今にも動き出しそうな変な生き物を象ったぬいぐるみ。本当に動き出さないとも限らないので、変に構わないようにした。
「桜は、トイレに行きたかったのかな」
櫛はつぶやいた。ヒクイドリが答えた。
「部屋のつくりを見たかったんじゃない」
「何で?」
「捜し物があるからよ」
櫛は首を傾げた。
「・・・・・・そうね、あなたにも話すことがあるわ」
ヒクイドリは面倒くさそうに言った。
「実はー」
「ねえ、その前に。何で、そんな姿になったの?」
櫛は赤色の球体をなでながら言った。
「あなたヒクイドリさんでしょ?」
「ええ」
球体は出鼻をくじかれて、不愉快そうだった。
「私たちは存在世界ではこういう存在なの。他の妖精たちもよ、マージンルームという特殊な液の中では、姿を好きにいじれるけれど」
「ふうん」
櫛は、なんかかわいいね、と言った。
「ふん!」
ヒクイドリは、憎らしげに言い返す。
「女が他人のことをかわいいって言うのは、本当は自分のことをかわいいって言ってるらしいわよ」
それを聞いて櫛は困惑したように首を傾げた。
「え・・・・・・ちょっと待ってどういうこと?」
「は?」
櫛は天を仰いだ。
「ちょっと待ってね。・・・あなたをかわいいというのは、自分がかわいい・・・。つまり、あなたとあたしは同一人物で?」
「そこ掘り下げないでいいから」
「万物すべてはもともと一つだから・・・」
「ちょっと?」
「すなわち宇宙、あたしはコスモの一部!」
「ねえ!」
ヒクイドリはため息をついた。
「話が進まないんだけど」
「・・・すいません。どうぞ」
「・・・はい。さっきの話の続きね。ー実は、桜にはもう伝えたけど、あなたたちには、妖精会議からある指令が下っています」
ヒクイドリは堅い口調で言った。
「魔法世界の始まりの地、ランカスタータウンで聖なる体を成すパンを発見し、妖精会議に献上しなさい」
「パン?」
櫛は目を細めた。
「それがカラスってやつを倒すのに使えるの?」
「そうね。パンを5つ集めることで世界を救う。カラスにも対抗できるかもしれないというわけ」
「斬新なストーリー展開だなあ」
櫛は感心したように言った。
「斬新っていうか、旧約聖書なんだけどね」
ヒクイドリはあきれて言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます