第2話 セコムのある家



「いくら探しても見つかりませんね」

 桜と球体になったヒクイドリは草原から村まで移動していた。村の広さはそんなに大きくはない。村の家は全部で9つあるようで、その中の一つは一際高い丘の上にそびえる豪邸だった。残りの8つは、煉瓦づくりの古そうな一軒家で、ぽつんぽつんと適度な距離を保ってまばらに点在していた。

「いやあ、どこにあるのやら」

「ねえ」

 ヒクイドリは怪訝な声を上げた。

「あなたはさっきから、何を探しているの?」

「パン屋です」

「は?」

「いや、考えたんですけどー」

「もうちょっと考えろよ」

 ヒクイドリはぴしゃりと言った。

「ふつうのパンじゃないって言ってるでしょ」

「そうですか」

「そうよ。一応、出典元のキリスト教では聖遺物扱いなんだから、こんなしょぼくれた村の家にあるはずないわ」

「聖遺物?」

「そうよ。キリストが復活するための体を5つのパンの形にして保管したの」

「へえ。何でパンなんですかね。ピザでもいいんですか」

「いいんじゃない」

 ヒクイドリはぶっきらぼうに言った。

「とにかく、とても希少なものだから、もっと大事に保管されているはずなの」

「巨大食品倉庫とかに?」

「違うわよ!」

 ヒクイドリは大きな声を立てた。

「なんか違う!ねえ、まじめにやってよ。緊張感もってよ!」

「すいません気が抜けて。分かりました。緊張感持ってパン探すんですね」

「そうよ!」

「あ、じゃあ、あそことか?」

 桜は、丘の上の豪邸を指さした。

「あそこなら、裕福そうだし、そういうものもあるじゃ」

「そうよ、今頃気づいたの?」

 ああいうのをおあつらえ向きというのよ、とヒクイドリは言った。

「でも、どうやって中を探せばいいかしら」 

「どうしましょうかね」

 桜は少し考えた。

「・・・・・・三つ方法を考えましたけど」

「言ってみて。あ、ふざけないでね?」

「一つ、聖体というパンをお持ちでないですかと聞く」

「それで、持ってますって言われたらどうするの?」

「それを頂きます」

「希少なものだって言ったでしょ」

 ヒクイドリはげんなりした声で言った。

「お金を相当積まないと、譲ってくれないわよ」

「そうですか。じゃあ、次」

 桜は指折りした。

「二つ、中にこっそり入って探し回る。あ、でも、この場合、見つからないように気を遣うから、しらみつぶしに回る余裕がないので、探し終わったあともあの家の中にパンがなかったかどうか証明できませんね」

「となると」

「三つ目ですね」

 桜は断言した。

「お手伝いとして雇ってもらって、中に入れてもらいます」

「なるほど。しかし、あなたにそんなコミュ力があるかしら」

「・・・」

 桜は目を細めた。

「・・・思ったより安全そうだから、櫛と一緒に来てもよかったかな」

「・・・まあ、仕方ないわね。社会性を身につけるチャンスだと思って」

 二人は、村を抜けて、丘の上まで歩いた。丘は、それほど急ではなかったが、運動不足気味の桜にとってはきつかった。

 建物の下まで来ると、その豪邸の大きさが計りしれた。ヨーロッパのドイツあたりのロマネスク建築というやつに似ている気がする。円柱の柱、厚い石壁、小さな楕円形の窓がちらほらある。

 二人は、巨大な木の扉の前に立った。扉には、雲の文様と竜の絵が書かれている。

 戸を叩こうとしたとき、桜は気づいた。

「あの、ヒクイドリさん。ここって一応、魔法の世界なんですよね」

「そうね」

「こういう屋敷の前には、銅像が立ってて、侵入者を感知すると働くっていうのがテンプレじゃないですか」

「だから?」

 ぎぎぎ、と扉が独りでに開いた。そこには、牛の頭をして、体は人の姿をした化け物の像が立っていた。その化け物は目に埋め込まれた宝石を赤く光らせた。

ー侵入者発見。侵入者発見。

 その像は、台座から足を浮かせると、どしん、と大地に足を踏み出した。その地響きで、呆気にとられていた桜は我を取り戻した。

 ヒクイドリが叫んだ。

「あんたが変なことを言うから!」

「とりあえず、逃げましょう!ていうかこのセリフも多分テンプレだ!」

 桜は、慌てて丘を降りた。桜が丘の下まで着くと、その像は、こちらに向かう動きを止め、屋敷に引き返した。それを見て、ふたりは息をついた。

「参ったわね、これじゃ屋敷に入れないわ」

「小説とかではよくありますけど、これ不便ですよね。門の前に立った人を追い返すって家に友達とか呼べないじゃないですか」

「あんたそれで友達いんの?」

 ヒクイドリははあ、とため息をついた。

「今はそういう場合じゃないって。何とかして、牛人間を排除しないと」

「・・・誰か、家から出てくるのを待ちますか」

 桜は肩をすくめた。

「あれ?」

 そのとき、後ろから女の声がした。

「何してんの、桜」

 櫛が立っていた。横に箒を持った小学生くらいの女の子を連れている。目は丸く大きく、くるくるした金髪の少女だ。

 桜は、目を見開いた。

「・・・何でいるんだよ」

「いやあ」

 櫛は、気まずそうに、首に手をやった。

「それが斯く斯く然々ー」

 櫛は事情を話し始めた。


「さようなら、先生!」 

 終礼が終わり、エミリアは小さなリュックを背負って櫛のもとへ寄ってきた。

「帰りましょうか、お姉ちゃん」

 櫛は首を傾げた。その芝居、いつまで続くのだろう。

 彼女に連れられて、学校の外に出た。櫛はお辞儀をした。

「ありがとう」

「別にいいわ。それよりあなた、何であんなところから出て来たの?」

「いやあ、ちょっと手違いがあって」

「ふうん。まあ、助けてあげたんだから、ちょっとつき合いなさいよ」

「へ?」

 彼女はリュックから、小さなほうきを取り出した。

「ほうきよ、大きくなあれ」

 そう唱えると、小さなリュックに収まるほど短かったほうきは、ぐんぐんと伸び、2メートルくらいになった。

「すごーい」

 櫛は目を丸くした。

「魔法少女だ」

「バカにしてるの?」

 エミリアは冷めた目で櫛を見た。

「周りを見てみなさい」

 言われて、櫛はあたりを見渡した。昇降口から出て来た子供たちが、皆自分のほうきにまたがって、さっと跳び上がり、空に向かって飛んでいく。

「みんなこれくらいできるのよ。ここは魔法学校だから。ー私は、補助輪なしじゃ飛べないもの」

 エミリアはほうきの先についている、リボンを指さした。櫛は、ふうん、と言った。

「でもすごいよ、あたし魔法使えないし」

「壁ぬけなんてやってみせたくせに」

「あれは」

「まあ、いいわ」

 エミリアはむすっとして言った。

「せっかくだから、一緒に乗ってもいいわよ」

「はあ」

 エミリアはほうきの柄の方にまたがる。それに倣って、櫛もほうきの後ろにまたがった。

「あたしの家に連れて行ってあげる」

「え?」

「じゃあ、行くわよ!」

 櫛はそのとき、自分が桜を探しに来たのを思い出した。この子に、つき合っている時間はない。しかし、それをエミリアに告げる前に、ほうきは飛び上がっていた。

「・・・!」

 さきほどまでいた地面がどんどん遠くなり、上から街を見下ろせた。高い建物があまりない。石づくりの建物が多く、自然豊かな街だ。ヨーロッパの国に来たみたいだ。いや、ヨーロッパでもほうきにまたがったって、空は飛べないだろう。ここは、まぎれもなく魔法の世界なのだ。

 やがて、ほうきが進む速度があがり、風を切る音が激しくなる。

「ねえ!」

 エミリアは聞いた。

「そういえば!あなたの名前聞いてなかった!」

「櫛よ、村崎櫛!」

 櫛は風の音に負けないように大きな声で言った。

「ねえ!あたし、この街で人を探さないといけないの!」

「人を?」

 エミリアは聞き返した。

「そうなの!」

「うん分かった!しょうがないわね、あとで一緒に探してあげるわ!」

「あ、ありがとう!」

 櫛は、とりあえず安心した。

 二人の乗ったほうきは街を越えて、山を2、3越え、川も滝も、小さな海すらも越えた。海の中に、何か不思議な人影が見えたのが分かった。

「あれは何?」

「メロウよ!」

 エミリアは言った。

「きれいな水ほど、心の優しいメロウが住んでるのよ!本当に何も知らないのね!」

 メロウ、とは何のことか櫛には分からなかったが、とにかく不思議な生き物のようだった。

「ここに優しいメロウが住めるのは、私の、ひいひいひいひいひいひいひいひいひいおじいさまの

おかげなんですって!」

「すごい人ね!」

「そうなの!私の亡くなったおじいちゃんもね!すごく優しくて、すごくかっこよかったの!」

「そうなの?」

「うん!」

 櫛は楽しそうに話すエミリアを見て、微笑み、自分に妹がいたとしたらこんな感じかしら、とふと思った。


「ーというわけで、私はここにいると」 

 それを聞いて、桜は眉を潜めた。

「迷彩服は?」

 櫛の姿は、白いカットシャツに、白いプリッツスカートで、普段の櫛の私服と同じだった。

「何それ?自衛隊?」

 櫛はきょとんとした。ヒクイドリはため息をついた。

「私にも分からないけど、何か大丈夫みたいね」

「いいんですか、そんな「何か大丈夫」みたいなので」

「大丈夫よ。櫛、何ともないでしょ?」

「え、何が?」

 櫛は依然としてぽかん、としている。桜は額に手を当てた。

「ていうか、ついてくるなって言っただろ」

「でも、心配だったしねー」

 櫛は微笑んだ。

「来ちゃったものは仕方ないでしょ」

「・・・・・・」

「いいでしょ、あのまま部屋にいても息がつまるしさ!」

「・・・それもそうだね」

 桜はため息をついた。

「・・・この世界意外と平和そうだし、危険な仕事じゃないからいいか」

「やった!」

 桜は、喜ぶ彼女の隣で、首を傾げる少女に視線を移した。

「で、その子は誰なの」

 女の子は、ほほえんだ。

「やっと私に話が回ってきたわね」

「君、ここの家の子なの?」

「ええ。私はエミリア・ラベンダーです。あなたはクシの友達?なんか女みたいな顔の人ね」

「あ、はい」

 桜は、何だか口達者な子だな、と思った。性格に限らず、桜は子供は苦手だったけれど。

「この子すごいのよ」

 櫛は興奮して言った。

「ほうき乗れるの。魔法少女なの」

「へえ」

本当にここは魔法の世界らしい。

「何よ、本当だよ、あたし乗せてもらったし。ねえ、エミリアちゃん」

 エミリアはバカにするように目を細めた。

「この程度のことで喜ぶなんて、櫛は本当に無能ね」

 櫛は、エミリアの頭をぼかっと叩いた。うえ、とエミリアはうめいた。

「この通り、口は悪いんだけどね」

「・・・」

 仲が良さそうで何より、と桜は思った。計算外だが、櫛が来てくれてこの状況は助かったといえる。

「エミリア」

 桜はエミリアに声をかけた。

「何よ、女みたいな顔の男」

「・・・」

 桜は顔をひきつらせた。

「ねえ、櫛が探してたのってこの女みたいな男のこと?」

「ええ、そうなの」

 櫛は笑いをこらえながらうなずいた。

「・・・」

 子供の生意気に怒っている場合じゃない。桜は、怒りを押し殺して言った。

「・・・君は、この櫛ちゃんを、雇う気はない?」

「雇う?」

 エミリアはきょとんとして、それからうん、とうなずいた。

「そのつもりだったよ」

「え?」

 エミリアはほほえんだ。

「前の養育係は半年もかからずやめさせたの。だから今、空きがあるから。そう思って、櫛を学校からここに連れてきたのよ」

「え?」

 櫛は状況が分からないようだった。だから、桜は教えてあげた。

「これから、櫛ちゃんはこの家で働きます、ついでに僕も」

「え、そうなの?」

「何であんたも来るの」

 エミリアは怪訝な顔をして、桜を見た。

「だめかな?」

「・・・」

 エミリアは櫛を横目に見た。

「・・・・・・そうしないと、櫛が来ないというなら、あなたも次いでに雇いましょ」

 そう言って腰に手を当てた。

「私は太っ腹なので。ちょっと交渉してくるから、待ってて」

 

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