2章66話 できない約束

「問題は崖を上る方法なんだけど……」


 シンヤとクロエはパサルを出て最初の野営地で休息をとった。鍵の洞窟を出て休みなく走り続けたシンヤは、そのままの勢いで戦場に飛び込もうとしていのだが、クロエに止められた。


「変に迂回して迷うよりは全然まし……シンヤ? 血が……」


「……ん?」


 干し肉に齧り付いているとクロエが驚いたように声を掛けてくる。自身の鼻を拭うと言葉どおりシンヤの指には血が付着していた。


 どこかにぶつけたわけでも、興奮しているわけでも無い。


「大丈夫なの?」


「……ただの鼻血だよ……よっ。ほら」


 痛みはなく、疲れてもいない。全身に意識を回してみるが不調はないように思える。シンヤは試しに立ち上がって飛び跳ねてみるがやはり違和感は無い。


「ねえ。洞窟で見た魔力って。アウラの?」


「……ああ。アウラの力だよ」


「でも……」


 クロエの言いたい事はすぐに理解できた。今までアウラの力を使えば身体が崩壊していたのだ。だがここに至るまでのシンヤに力を使った副作用は出ていない。


「身体には魔力を通す見えない管みたいなものがあるって、前に話したでしょ?」


「血管みたいなものだって、言ってたよね」


「抽出、循環、放出。この三つが魔法を行使するのに必要な手順なんだけど……」


 シンヤは魔法を使えない。だが、森の村で訓練を積んだ際に魔法の使い方や原理などを聞いてはいた。


 上手く発動しない魔法に気を落としてから、まだ一月程度しかたっていない。


 魔法とは身体の中心、魂から生成される魔力を引き出し、全身に流したそれを手の先から外へと出して様々な現象を引き起こす。


 その放出をシンヤは行うことができない。


 身体強化の魔法を使えるのではと訓練もしたのだが、自身の魔力での強化をすることはできなかった。アウラの力で強化できたことを考えれば、問題があるのはシンヤ自身の魔力なのだろう。


「アウラの力はあまり多様しないほうがいいかもしれないわ……」


「……どうして?」


「魔力を通せる管の強度は人によって違うの。魔法を生業にしている人は、ゆっくりと何年もかけて、管の強度を上げ魔力を多く流せるように訓練をしているわ。……だけどシンヤは違う。自分の限界よりもずっと大きな魔力を無理に流している。だから身体がついてきてない」


 瞳をまっすぐに見据えるクロエの言葉にシンヤは思わず息をのむ。詰まった血管が一気に破裂する様を想像して、今までの身体への負担にようやく合点がいった。


「……それは、なんとなくわかるけど、今は不調も感じないよ?」


「それが問題なのよ……魔力を流し裂けた管の影響で今まで身体も裂けていたから一緒に治癒魔法で癒すことができていた。今は動くことができる。だけど魔力の管が元に戻ったわけじゃない」


「……死ぬわけじゃあないんだろ?」


「わからない……でもきっと取り返しのつかないことになると思う」


 心のどこかでアウラの力を使い続けても、治癒魔法さえあればすぐに元通りになることをシンヤは当たり前と思っていたのかもしれない。


 クロエが言葉を選んでいることにはすぐに気が付いた。連続で強化を使い続ければ死ぬのだとそう言っているのだ


「できればもう使わないでほしい……」


「無理だよ。アウラの力に頼らなきゃ足手まといにしかならない」


「……ならせめて、あまり長く使わない事と、使った後は身体に影響がなくても治癒魔法を受けること。そして限界以上の魔力を流さない事。この三つを絶対に守って」


 答えをすでに分かっていたのか、クロエは少し悲しそうな顔で微笑むと唇を引き締めて条件を付ける。うす暗い洞窟の中で彼女は両手でシンヤの右手を包み目を閉じた。


「……おれも死にたいわけじゃないから大丈夫だよ」


「約束……だよ」


 瞼を上げ泣き笑いのような笑顔を浮かべるクロエに、シンヤは約束するとは言えなかった。


 嘘になることがわかっていたから。


  ◆    ◆    ◆



 空に浮かぶ魔族の動きを注視しながら、シンヤはクロエとの話を思い出す。


 魔物相手に使用した強化は数十秒。身体に変調はなく問題ないように思える。しかし、いつ限界が来るかわからない状況はシンヤを逡巡させるには十分な状況だった。


「天使に人間に鳥人。全部俺の獲物だ」


 口角を引き上げて笑みを浮かべるバリアスは、シンヤが今までに見た魔族のそれより、一回りは大きな翼を広げ突き進んでくる。およそ人が振り回せるものではない大きさの槌を軽々と振り上げ、迫る巨躯の圧力でシンヤの脳にはミンチとなった自分の姿がありありと浮かび上がった。


「上野木っ!!」


「っ?!」


 ノエルの言葉でなんとか身体を動かすとシンヤは全神経を足元へと向け、後方へと跳躍する。鼻先を巨大な槌が通り抜け風圧で意思とは無関係にさらに後ろへと身体が吹き飛ぶ。


「ほう。ただの人間ではないようだな」


「でけえ……」


 降りぬいた槌を担ぎなおしたバイアスの威圧感は、今まで対峙した魔族のそれと変わりないように感じられる。シンヤは地面に手をつき、数m先にいる巨体を見て全身に怖気が走った。


「よしよし、簡単に死なれたら面白くないからな。天使と合わせてしっかり俺を楽しませてくれよ」



「楽しむ余裕なんてすぐになくしてやるっ!」


 地を揺らしながら迫るバイアス、その背後にいるノエルへと視線を送ると、シンヤは一直線に走り出した。


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死んだ異世界の救い方~屍人の溢れる世界に来ましたが、弱いままのおれは死ぬ気で生き抜く~ 常畑 優次郎 @yu-jiro

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