2章-60話 逃げ場の無い戦い

 扉を開けると広間の中には数百もの屍人がいた。


「これは……想像以上に多いな……」


 天井から落ちた岩の山。その上でステラが槍を振るっているのが視界に入る。扉を閉めるとその音に反応したのか、屍人達の視線がシンヤに集まった。


「なんで来たっ! 死にたいのかっ?!」


「それはこっちの台詞だっ。こっちには……来れないか……待っててそっちに行くから」


 気づいたステラが声を張り上げ怒鳴りつけてくるが、シンヤに戻るつもりは無い。即座に魔力を全身に巡らせ、剣を水平に構えて屍人の群れの中へと突入する。


「しっ!」


 屍人の動きは生前に比べれば緩慢。それでも個体によっては速く動く者がいる。それを出来るだけ早く見極め、危険度の高い個体から首を刎ねながら進む。


 一体。


 二体。


 三体。


 息を短く吐き、自分の身体の動きを把握する。


 リュートのように一薙ぎで何体も殺す事は出来ないが、それでも確実に首を切り落とす。少しでもタイミングを間違えば周囲に群がる屍人が邪魔になり、剣を振るう事すらできなくなってしまう。


 四、五、六。


「すぐに戻れっ! あたしは大丈夫だっ!」


「……大丈夫じゃないだろっ! 傷だらけじゃないかっ! それに、一人で、戦うよりは二人の方が生き残れそうだ、ろっ?」


 剣を振るいながら彼女を見ると、その身体は噛み傷やひっかき傷で血濡れている。とても大丈夫なようには見えない。


 七、八……九。


 手にした剣は今まで扱った物に比べて格段に切れ味が良い。屍人の血に濡れながらもスムーズに首を落とす事が出来た。


「がっっ!?」


 シンヤの左肩に激痛が走る。背後から噛みつかれてしまう。


 このまま抑えつけられれば、そのまま群がられて終わりだ。必死で振り払おうとするシンヤを屍人が両腕で掴みにかかった。


「くっそっっ!!」


 群がる屍人よりも前に、跳躍して来たステラがシンヤを掴んでいた屍人の頭を落とす。


「ごめん、助かった……」


「あたしを助けに来たんだろう? なら、朝までしっかり働いてもらわなきゃな」


 二人揃って扉の先に戻る事は難しい。際限なく現れる屍人は、扉を開けて閉めるまでの間待ってくれるわけはないのだから。


 天井の開いた穴からは屍人がぽろぽろと落ちてくる。地面から湧いてくる屍人も合わせれば、二人が切り倒している数とさして変わらないだろう。


 今の時間もわからない状況で、減らない屍人を日が出る迄倒し続けなければならない。


 それでも森で逃げてた時と比べシンヤに不安は無い。なぜか平気だと思える。


 背後はステラに任せればいい。湧き上がる魔力を制御しながら、シンヤは剣を振るい続けた。



  ◆    ◆    ◆



 朝日だ。


 洞窟に空いた穴から差し込む日の光で屍人は消滅していく。


 屍人は死骸が残らない為、どれほどの数を倒したのかはもうわからないが、数百はかるく超えているだろう。


 体力が尽きないシンヤが剣を振るえなくなることは無い。むしろ長く戦えば戦う程に、効率的に動けるようになっている気さえした。


 時折ミスをして危機に陥ったが、それをステラが上手く助けてくれた。彼女もまた短時間であれば飛べるようになり、シンヤに任せ息つく暇を取りながら戦い続けたのだ。


「はぁ。はぁ。はぁ。やれば、できる、もんだな」


「……あんたは馬鹿かいっ!」


「あだっ?!」


 息を切らし座り込んだシンヤの頭を鈍痛が襲う。おもむろに近づいてきたステラが頭を殴打したからだ。


「あたし一人で何とかできたんだよっ! 最悪飛べるからねっ! だけどあんたが来たから逃げられなくなっただろうっ!」


「えー……」


 殴られた箇所を両手で抑えながら、シンヤは腑に落ちない顔でステラを見上げる。腰に手を当て、睨みつけるように見下ろす彼女は怒り心頭といった様子だ。


 とはいえ助けに来たはずなのに、フォローしてもらっていた数が多いのだから文句も言えない。


「……だけど。あんたがいなかったら飛べるようになるまで持たなかったかもしれない。だから……助かったよ。ありがとう」


 怒りの表情から一転、歯を見せて笑顔になるステラが礼を言う。

 

 翼の水分が渇き、まともに飛べるようになるまではかなり時間がかかった。自分の判断で残った事に後悔はなかったし、シンヤ達を巻き込むつもりも無かった。


 それでも彼が来なければ生きていられなかったかもしれないのだ。


「じゃあ殴るなよ……」


「いいんだよ。けじめだからね」


 そう言ったステラは良い笑顔を浮かべる。あの鳥人の屍人が誰なのかはわからないが、きっと区切りをつける事が出来たのだろう。


「さて皇女様を迎えに行こうか」


「そうだね。いててて……クロエが回復してたら治してもらおう」


 立ち上がるシンヤの身体は傷だらけだ。ステラもそうだが水蛇竜との戦闘で負った擦り傷や切り傷に加え、少なくない箇所に屍人の噛み傷やひっかき傷で二人はぼろぼろだった。


 足を引きづるようにして歩き扉を開ける。


 ぱちぱちぱち。


「いやあ。お疲れ様。僕の読みではそっちの子は死ぬと思ったんだけど、上手く助け出せたようでなにより」


「「っ?!」」


 室内に入ってすぐ聞こえてきたのは乾いた拍手の音。ついで男の声が届き二人は視線を移す。


 そこにはフードを被った男が一人。


 顔は見えないがシンヤにはその男の声に聞き覚えがあった。


 聖都で儀式の間を教えてくれたファルと名乗る男だ。


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