2章-59話 後ろ姿
身体が重い。
シンヤに地面へと降ろされ、クロエは両手を着いて立ち上がろうとする。だが、上手く起き上がれない。大魔法の行使によって魔力切れを起こしているのだ。
ほどなく自身の意思とは関係なく眠りについてしまうだろう。
「シ、ンヤ……。ステラ、は?」
混濁しかける中顔を上げると、扉が閉まった事がわかる。ゆっくりと首を動かして周囲を窺うと、台の上に魔力の籠った品々が多数見え、目的の場所に着いたことを理解する事が出来た。
だが、そこにステラの姿は無くシンヤ一人しかいない。
「……ステラは……やる事が出来たって扉の外に残ったよ……」
「っ!? でも、外は屍人、が……」
急いだ様子で室内を物色していたシンヤが、動きを止めて答えてくれる。部屋に入る前にクロエが見た最後の光景は、屍人が現れる瞬間だった。
そこに残ったというのであれば、ステラが危険なのではと、全身から血の気が引いていく。
彼女を一人残した理由を聞こうと思ったが、クロエは碌に動くことの出来ない自分が、足枷になっていることに気づき言葉を失う。
クロエを抱えてステラと残る選択肢が、シンヤにはなかったのだろう。
「だから急い……って、クロエ。鍵ってどんなのかわかるかい?」
室内は十畳ほどの広さに武器や箱、中には絵画まで台の上に並べられている。そのどれもに魔力が込めてあり、クロエには一目で特殊な品である事が分かった。
シンヤは魔力の流れを感知出来ない。台の上に並べられた品々を物色していたが、再度動きを止めてクロエを見る。破魔の短剣を見たことがない為、鍵と言われてもどれなのかがわからないのだ。
「うん……長のおじいちゃんから、聞いてる、よ。魔力の波長が同じ、はずだから、見れば、わかるって」
「俺はその流れとかわかんないから」
「……あの箱。多分、あの中に入ってる……短剣と同じ魔力だから」
「……これか? ……ブローチ?」
しばし周囲を確認してたクロエが気づき指を指す。どうやっても身体を持ち上げることは出来ず、座り込んだ姿勢から指示する事しか出来なかったからだ。
言われた箱を手に取ったシンヤは蓋を開ける。そこには十字の形をしたブローチのような物が鎮座していた。短剣の柄に嵌めこむことのできるサイズ、その中心には十字型の宝石が嵌められている。
「それで、間違い、ないと、思う……」
「鍵は手に入れた、あとはここを出……何、だ?」
ブローチを袋に入れたシンヤが不意に部屋の片隅を見る。
何かに呼ばれるようにゆっくりと歩いていくと、そこには宝石が一つ、他の物とは違い台に乗せられ、ドーム状の透明な膜に覆われていた。
嵌めている指輪の宝石と同じ色をしたそれにシンヤは手を伸ばす。
透明な膜に触れると指先に電流が流れたような痛みが走るが、それを気にせずシンヤは宝石を手に取る。
「アウラ……」
未だ意思の疎通が出来ないアウラ、その欠片を手に取ったシンヤは、そうするのが自然だというように自身の嵌めている指輪に近づける。
宝石同士が接触すると、吸い込まれるようにして指輪の宝石と一つになった。
「あとは……武器を……よしっ!」
「……シン、ヤ? なに、する気なの?」
台に乗せられている武器の中から剣を持ち出したシンヤは、鞘から引き抜いて扉に向かう。その姿を見てクロエは襲い来る睡魔と戦いながら問いかけた。
「ごめんクロエ。ちょっと一人にしちゃうけど。ステラを助けてくるから待ってて……」
「じゃ、あ、わた、しも……あ、あれ?」
シンヤの答えを聞き、崩れそうになる足に力を込めて立ち上がろうとするが、上手くいう事を聞いてくれない。どうしても膝から崩れてしまう。
事情はわからないが外に残ったステラを見捨てるわけにはいかないと、そう思っても身体が動かない。
「無理しないでクロエ……でかい化物を倒した後なんだから、少し休んでて……」
「で、も……」
必死で身体を動かそうとするクロエに近づき、シンヤはしゃがみ込んでその肩に手を置いて口を開いた。
顔を上げてシンヤを見上げる。
傷だらけだ。
顔も腕も足にも、彼のいたるところに傷があった。その傷を癒すだけの魔力がクロエには残っていない。
きっとシンヤの胸の内にはさらに深い傷が残っているだろう。
ずっと彼は傷を負ってきた。生きるために、誰かを助けるために、逃げたいと言いながらクロエ達を助けてくれた。
こんな世界に来なければ、もっと平和に生きていける優しい人なのだ。彼の傷を癒すことのできない力の無さが悔やしかった。
それでも彼の声に落ち着く自分に驚く。
先の戦いもそうだったが、初めて会った時はこんなにも頼りになるような人ではなかった、庇護しなければ死んでしまうような存在だったはずなのに。
クロエは急速に成長するシンヤの存在に安心感を感じ始めていたのだ。
「大丈夫。おれに任せろ」
「……っ?!」
不意に浮遊感を感じた。
口元を引き締め、心配しないように言葉をかけてくれたシンヤは、放心していたクロエを抱きかかえ壁際に迄運んでくれる。
「……必ずステラを連れて戻ってくるよ」
「……わか……た。絶対、死んじゃ、だめ……だから、ね……」
心臓の音とは裏腹に、クロエの身体はすでに限界を超えている。閉じかける瞳でシンヤの背中を目に映す。
「……あんなに背中、大きかった、んだ……」
その背中を見て、きっと大丈夫だと、クロエは意識を手放すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます