2章-61話 火急の知らせ

「……クロエに、何もしていないんだろうな……」


 訝し気な視線を男にぶつけながらシンヤは室内の様子を窺う。さほど広くない部屋の隅にはクロエが壁に背を預けている。まだ意識は戻っていないのかシンヤ達の声にも反応が無いようだ。


「当然だろ。僕は紳士なんだ。寝ている女性にいたずらをするような奴らと一緒にしてもらいたくはないね」


 知り合いにそういう人物がいるのか、ファルは心外だと声を低くする。いつからここにいるのかはわからないが、室内は荒らされた形跡は無く、クロエもシンヤが外に出た時と同じ状態に思えた。


「それで……どこから入ったんだよ」


「どこからなんて、どこでもいいじゃあないか。それよりもシンヤ君。シンヤ君って呼んでいいよね?」


「……」


 前回会った時よりも慣れ慣れしいファルに、シンヤは警戒を解かないように意識をする。


 フードを被っている為その表情は見えず、何を考えているかわからない。入り口は一つしかなく、その扉もシンヤ達が開けるまでは開いていなかったはずだ。

 

「ん~。返答がないから勝手にシンヤ君って呼ぶよ……でも質問には気さくに答えてくれてもいいんだよ。僕は君と仲良くなりたいんだから」


「得体のしれない奴と仲良くなんて出来ないだろ。仲良くなりたいならまずは顔を見せろよ」


「……確かに、まあ、顔くらいはいいか」


 声色だけを聞けば敵意は無いように思える。それでもフードを目深に被った状態で一方的に話をされては信用しようがない。


 そのシンヤの言葉にファルは顎に手を当て一瞬考えたように見えたが、次の瞬間には戸惑うことなくフードを外した。


 漆黒を思わせるどこまでも黒い髪。前髪のひと房だけは黒の中にあって存在を主張している金色。左右で違う金と黒の瞳がシンヤを見据えている。


「ふふ。イケメンだろう? シンヤ君のように平凡な顔だちでは羨ましく思うのも無理はないけど、仕方ないんだよ。これは神が与えたもうた奇跡だからね」


 金のひと房をかき上げ片目をつぶって腕を差し出す。演劇のように大仰な振る舞いが絵になる。


 煽るつもりなのか、本心で言っているのかファルの言葉の真意がわからない。ただ本人の言う通りリュート以上に整った顔はあり得ない程の美形だった。

 

「お前、仲良くする気ないだろう?」


「そんなことはないよ。まあ。真実を言うとたいていの奴は怒るからね。特に僕の身内はひどかった。兄が嫉妬深くてね。父に可愛がられてた僕が気に入らなかったからか、ある事無い事父に告げ口をして……っと、話が脱線したね」


「それで……なんの用なんだよ。用があるからきたんだろ?」


 視線を外さないようにしながら、飄々としたファルの話を聞き流して呆れた声を零す。前回と同様敵意は無いとしても味方とは限らないのだ。


「そうだったそうだった。シンヤ君と会話ができるのが嬉しくて、重要な話をしにきたのを忘れていたよ」


「重要な話?」


「そう。君達にとってはとても大事な事……」


 金の瞳がシンヤの眼を覗き込んでくる。まるで全てを吸い込んでしまいそうな瞳。その眼を見返しながら言葉を復唱すると、ファルは半歩後ろに下がって言葉を切った。


「シンヤ、知ってる奴なのか?」


「あ、ああ。前に一度だけ……前回会った時も俺達に情報をくれたんだ。だけどそれだけで、怪しい奴に変わりないけどな」


「そうか……信用できる奴なのか?」


「わからない。だけど聞くだけ聞いても良いとは思う……」


 事の成り行きを見守っていたステラが横から声をかけてくる。即座に戦闘になる事はないだろうと判断したのだろう。それでも彼女は短槍を握り警戒は解かない。


「ひどいなぁ。あの時も嘘は教えてないでしょ?」


「たしか、ファル、とか言ったよな……」


「嬉しいね。覚えててくれたんだ」


 名前を呼ばれた事にファルは両手を胸の前で合わせて喜んで見せるが、その一つ一つがどうにも芝居がかっているように見える。


 聖都では儀式の間を教えてくれ、今も敵対するそぶりはない。シンヤの言葉通り素顔も見せてくれた。信用されるようにファルはしているつもりなのだろうが、どうしても怪しく感じてしまう。


「お前自分が怪しいって自覚はあるのか?」


「どこが怪しいの?」


「全部だよっ!」


「ん~。敵対するような接し方はしていないはずだけど、人間ってのはよくわからないなぁ」


「人、じゃないっ、てのか……」


 見た目は人だ。シンヤよりも背は高く、細身だがどこか力強さを感じさせる四肢だが、角も無ければ牙も翼も無い。


 人に見える。だが、 

 

「御名答。人じゃない。ちなみに魔族でもないからね」


「じゃあ何なんだよ」


「それは……秘密です」


「ぐっ……」


 シンヤの問いにファルは指先を口元に当てて片目をつぶる。


 何でも教えてくれるわけでは無いという事なのだろう。人でも魔族でもないというのであれば神か天使か悪魔か……とはいえ、現状敵だと決めつける要素にはなり得ず、シンヤに話を聞かないという選択肢はなかった。


「わかったからさっさと教えろよっ!」


「せっかちだなあ。女の子に嫌われるよ……簡潔に言えば鳥人の里を魔族が襲撃するって話さ」


「っ?! どういうことだ!?」


 ファルの話に割って入るようにステラが声を荒げた。当然だ、話の中身が身内の事なのだから。


「怖い顔しない。せっかくの美人さんが台無しだよ」


「いいから説明しろっ! なぜ魔族があたしらの里を襲ってくる?」


 茶化すようなファルに射抜くような視線で睨みつけたステラが、握った短槍を握り締めて問いをぶつける。問答を間違えれば切りかかってしまう程の勢いだ。


「確かに今の魔族が一々人族を探し回る事はしない。もう大勢が決まってるからね。人族は滅び、魔族だけの世界がじきに来る。それはほぼ決定している事」


 かつてはこの大陸にいくつもの国を作り、別の大陸から来る魔族に対して長く戦ってきた人族も今では身を隠し、結界を張って細々と生きているにすぎない。生き残っている人口は一割にも満たないだろう。


 現状魔族にとって脅威があるなり、必要な物がある以外で特定の場所を襲う必要性がないのだ。


「まあ見つけたら殺しにかかるだろうけど、今でも人族を探して回っているのは、本当に真面目な一握りの魔族だけ」


「ならっ!」


「何の価値も無いあの場所に逃げた鳥人をマグルスは放っておいたようだけど、どうやら気が変わったみたいだね」


「っっつ?! 何でマグルスが出てくるんだよっ! 襲ってくるのは魔族なんだろっ?」


 聖都の教主マグルスの名前が出、一瞬で頭に血が上ったシンヤはファルに掴みかかる。


 魔族は対話の出来ない種族だ。シンヤはそう聞かされ、自身の眼で見て話し合いが通じる相手には思えなかった。


 皇都で見た魔族も森の村に来た魔族も、問答無用で襲い掛かってきた。だというのにマグルスが魔族の仲間だというのだ。


「くくくっ。笑っちゃうよね。女神に仕えていた司祭が今は女神を封じた魔族のお仲間なんだから」


「くっっ!」


 魔族とは言葉が通じる。だが、あくまでも人族を嫌悪し殺したいという欲が強く、価値観が違いすぎる為話にならないのだ。


 話が出来るからこそクロエは利用された。


 人を憎み人を滅ぼそうとしている魔族と、マグルスの利害が一致しているのであれば、協力関係になる事も可能なのだ。


 それに気づいたシンヤは、掴んでいたファルの胸元を放した。


「マグルスの依頼で魔族が魔物を引き連れ、鳥人の里を襲おうとしている。これは嘘じゃない」


「それが本当だと証明できる……のか?」


「前回と同じ。信じる信じないは勝手にどうぞ……だけど急いだほうがいい。君達が一生懸命向かってようやく間に合うくらいの時間しか残っていないからね」


 ファルの話に証拠などない。どこから持ってきた情報かはわからないが、真実なのだとすれば里に残っている鳥人は皆殺しにされるだろう。


 魔族は慈悲をかけたりはしないのだから。


「っ……」


「ステラっ!!」


 呼び止めるシンヤの声に、振り向きもせずステラは扉を出ると、翼を広げて天井に空いた穴から外へと飛び出して行ってしまった。


「あらら。行っちゃった……シンヤ君はどうする?」


「行くよ。その前に一つだけ聞きたいことがある……お前、前にアウラの名前を呼んだけど知ってるのか?」


 飛び出したステラが気になるが、ファルという男にはまだ聞くべき事がある。それは今も声の聞こえないアウラの事。


「よ~く知ってるよ。どうやら今は表に出てこれないようだけど、ちゃんとそこに居る……」


「アウラ……」


 思い出した記憶の中にある雪のように白い髪の女の子。ずっと守ってくれた彼女に礼を言いたくとも、話をすることが出来ない。


 シンヤは胸に手を当てて再度声をかけてみるが反応はなかった。


「単純に彼女が疲弊しているだけ……彼女の魂を集めていればいずれ出てこれるようになるから安心するといい」


「なんでそんなこと知ってるんだよ。お前は何者なんだ?」


「さっきも言ったよね。今はまだ秘密さ……」


 先ほども問うた質問にやはりファルは答えるつもりはないようだ。だが、邪神の欠片をアウラに取り戻していれば、いずれ話が出来るようになるという事なのだろう。


「なんでいろいろ教えてくれるんだよ?」


「ん~。そっちの方が面白いから……って事で」


「……信用したわけじゃないからな」


「構わないよ。出来れば仲良くしたいけど、一緒に行動出来るわけじゃないし、追々理解できると思うから」


 口元を引きあげるファルをシンヤは見据え、眠るクロエに向き直る。彼女を起こしてステラを追いかけなければならないのだ。


「じゃあ僕はこの辺で……また生きていたら会おうね」


 そんな言葉が聞こえ、振り返るとそこにファルはいない。煙のように消えてしまった彼を探して室内を見回すが、すでに気配は無くなっていた。




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