2章-50話 分断と番人

 短剣の鍵は山頂の洞窟にある。その言葉通り草木の無い岩山に空いた穴があった。


 多種多様な魔物を撃退しながら、シンヤ達は三日ほどで目的地に辿り着く。本来であれば一日歩き続ければ到着する程度の距離なのだが、襲い来る魔物に日が落ちれば屍人が現れる為、数少ない夜営地を中継しなければならなかった。


「ここか……なんも見えないな……」


「この洞窟の奥に鍵がある。ただ……奥に進むためには障害があるんだよ」


 シンヤの視界に映る洞窟は、ぽっかりとその口を開け、地の底に続いていると思える程に漆黒に包まれ、中の様子は見通す事が出来ない。中を覗き込んでいるシンヤの呟きにステラが答えた。


「障害?」


「……頭のおかしい天才が造った魔法生物。この皇子様がいれば問題ないはずさ」


「……ならさっさと行ってサクッと帰ろう」


 魔法生物が何かはわからないが、番人のようなものなのだろう。危険な代物を世に出さないようにするための場所なのであれば、それ相応の実力が無ければならないという事。その点リュートにクロエがいればなんとかなると、シンヤは楽観しながら中へと入って行く。


「……なんも見えないんですけど」


「……当たり前でしょ。今明かりをつけるからちょっと待ってて」


 壁に手を着きながら中に入るが、外の光が届かなくなると先はすぐに見えなくなる。進めずに立ち止まっていると、追いついてきたクロエが両手をかざす。すぐに彼女の掌から白い光がシンヤの眼を衝いた。


 チカチカとする視界に慣れてくると、暗闇だった洞窟の形がわかってくる。そこはこれまでシンヤが眼にしてきた夜営の為の場所とは違う深い天然の洞窟。


 自然に削られてできた事がわかる歪な壁、数人が並んで歩き剣を振るう事も出来る程に大きな通路。洞窟内を光が満たすと、そこで暮らす虫達が波が引くように洞窟の奥へと姿を消していった。


「勝手に進むな。何かを守る場所には必ず罠もある。ステラの言っていた番人だけとは限らないんだぞ」


「いや、そうなんだけど……ちょっと気が流行っちゃって……」


 魔法で明かりを灯してくれたクロエの後ろからリュートが苦言を呈してくる。言われればその通りだが、番人がいるような場所であれば罠の一つも用意しているのだろう。


 シンヤは先を急いてしまった事に苦笑いをしながら頭をかく。


「この中で貴様が一番弱い。油断していると足を引っ張ることになるぞ」


「あんま弱いって言うなっ! 傷つくだろっ」


「事実を言っているだけだ。考えなしに動くなと、その足りない頭にねじ込んでおけ」


「ぐっ……!」


 あとからゆっくりと歩いてくるリュートの言葉に反省しながらも、シンヤはそのもの言いに反論の言葉が出ない。弱いのも事実だし、油断していたのも事実なのだから。


「たとえ自分の命が危険に陥ろうと周囲を巻き込むこ……」


 カチッ


「「「「あ……」」」」


 綺麗に全員の口から声が漏れる。


 シンヤの目の前に歩いて来たリュートの足元から何かを踏み込む音が聞こえ、次の瞬間には彼の足元が割れたのだ。


「リュっ!」


「兄さんっ!?」


「……」


 手を伸ばすシンヤとクロエ、二人の視線をどこか気まずそうな表情で逸らすリュートは、口元を引き結んだまま無言で割れた地面に落ちていく。


 一瞬の間に見えたリュートの眼には気恥ずかしさが滲んでいた。今しがたシンヤに対して小言を言っている最中だったのだから、余程恥ずかしかったのだろう。


 だが、焦る様子の無かい姿は余裕を感じることができ、きっと落とし穴に落ちたとしても大丈夫なのだとシンヤにはそう思えた。


 穴の中に手を差し入れる寸前に割れた地面閉じ、穴など無かったかのように元の姿に戻っている。リュートの踏んだと思われるスイッチも見当たらず、三人に微妙な空気が流れた。


「自分が罠にかかってどうすんだ兄様よぉ……」


「……おそらく無事だろう」


 つい先ほどまでシンヤの油断を指摘していたリュートが、罠にかかった事に嘆息していると、ステラが声をかけてくる。


「この洞窟に即死するような罠は無いはず……分断を狙う為の罠だろう。先を進めば合流出来る」


「う、ん。そうね。兄さんなら一人でもなんとかできちゃうだろうから、わたし達は先を進みましょう」


 この洞窟はいうなれば保管庫だ。中の物が必要になれば、外に持ち出す可能性も考えている。問答無用で殺しにかかるような場所ではない。ステラの言葉に、兄を心配し穴の開いた地面を見つめていたクロエも、自分に言い聞かせるように呟いて立ち上がった。


 ステラの話では前に来た時に罠は作動しなかったという。運が悪かったのか何か条件があったのか……どちらにせよリュートは今シンヤ達が居る場所から下層へと落とされたのだ。


 じっとしていても仕方が無く、三人は奥へと進む。


 ここは天然の洞窟を加工した場所。歩く場所はほとんど人の手が加えられておらず自然のままだ。当然のように住み着いている魔物がおり、奥へと進むほどにシンヤ達を外敵とみなして襲い掛かってきていた。


「これ結構きつくないかっ!?」


 シンヤが剣を振るうと大きな蟻のような魔物の首が飛ぶ。大型犬程の昆虫は見ているだけで怖気が走るが、そんな自身の気持ちに構っていられるほどの余裕はない。


 洞窟に着くまでに何十匹もの魔物を屠ることの出来ていたシンヤだったが、広い岩山地帯とは違い洞窟の中では動きそのものに制限がかかっていしまい戦いづらい。その上リュートが離脱してしまった為に精神的な疲労は大きかった。


「泣き言言ってないで剣を振りなっ! 魔物は待っちゃくれないよっ!」


「わかってるってっ!」


 シンヤの愚痴に真面目に反応するステラは、両手に一本ずつ持った短槍を狭い洞窟の中でも自由に振り回している。湧き出すように洞窟の奥から現れる魔物を切り伏せながら先へと進んだ。


 少しづつ攻略する等という手段は取れない。


 夜になれば屍人が現れる。いくら屋内では発生しないとはいえ、この洞窟は入口が広い。外に現れた屍人が中に侵入してきてしまう可能性も高いのだ。


 もしこの洞窟の中に大量の屍人が流れ込んでくればそれこそ袋の鼠。リュートとも合流出来ていない状態で引き返すという選択肢はなく、夜になる前に鍵を手に入れて戻るか、安全な場所を見つけなくてはならなかった。


「シャーマっ! ……ふぅ。とりあえずもういないかな?」


「だといいんだけど……」


 眼に見える最後の魔物をクロエが燃やすと、周囲から魔物の気配が消える。全て倒す事が出来ていれば後は楽なのだが、楽観している時程そう上手く行かない。そう感じるシンヤの声は明るいものではなかった。


 だが、暗い洞窟の中を進んでも新たに魔物が現れる事は無く、シンヤの不安は杞憂に終わる。


「着いたぞ……」


 一時間程歩いただろうか、罠も魔物も無い洞窟を進んでいると視界が開ける。ステラの言葉で最奥へと着いたのだとわかった。


 広場は天上も高く幅も広い、空気が湿り気を帯び、魔法の光に照らされた広場は一面苔に覆われている。通ってきた道とは違う重い雰囲気に、シンヤでさえも周囲を警戒していた。


 広い空間の先には大きな扉、その前にはとぐろを巻いている蛇のような生物。ステラが話していた魔法生物なのだろう。


「あれが、番人……」


「……もしかして……竜種なの?」


「ああ、竜種を研究して造られた魔法生物……水蛇竜だ」


 二人の言葉に憎々し気に巨大な魔物を睨みつけながらステラが答える。シンヤは彼女の暗い感情を伺い見る事は無く、奥に鎮座する水蛇竜を見据えていた。


 通路から広場に一歩踏み込むと眠っていたように見える蛇のような生物は顔を擡げた。


 起こした姿を見ればそれが蛇でない事は一目でわかる。


 全身は濃い紺碧色をしており、数十mはありそうな身体に、頭髪のように伸びる鬣。鋭い牙の見える口は遠目でわかるほどに巨大だ。長い胴体には何本もの足。顔の四対の瞳がシンヤ達を睨みつけていた。


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