2章-49話 戦闘と目のやり場
アビリスという名のこの世界で、人族は魔物という狂暴化した生物を駆除しながら繁栄してきた。自身の生活圏を拡大、そして守る為、襲い来る脅威を常に意識し、戦ってきたのだ。
魔物にとっての天敵は人間であり、また逆も然り。
その為人族が広げた生活圏では魔物の数が減り、当然その脅威も少なかった。
だが、大襲来以降の五年で人族の総人口は下降の一途を辿り、逆に魔物は数を増やしている。元々人の手の届きづらい霧の谷ではその増加は顕著に現れ、シンヤ達の行く手を阻んでいた。
「だぁぁぁぁっ!!」
剣を握り締める手が痺れている。里を出て二日目、この日は早朝に出発してからすぐに魔物達の襲来で戦い漬けになっていた。
すれ違いざまに振り切った剣の後から魔物の体液がシンヤへと降り注ぐ、ドロッとした液体を頭から被り言葉にならないほど不快だが、そんなものに構っていられるほどの余裕はない。
すぐ前方にはまだ数十体、小型の熊のような魔物が臨戦態勢でいるからだ。
赤黒い体毛で覆われた身体は子供程の背丈しかなないが、二本の腕の先には鋭い爪が生え、口元から見える牙は簡単に肉を食いちぎってくるだろう。個々の力はシンヤが対処できる程度なのだが数が多い。
警戒しているのか一斉に襲い掛かってこないのが救いだった。
眼前の敵に注視するシンヤは眼の端で少し離れた戦場を見やる。そこにはキチキチと嫌な音を口元から発する大型の魔物が一匹。例えるなら翼のあるヒルだろうか、六足歩行で目は無く、胴体から伸びる長い首の先に口だけがついていた。
大きさも前に出会った血蜘蛛程に大きい。巨躯を相手にしているのはリュートとステラの二人。大型の魔物は総じて体が硬くシンヤでは剣の刃を通す事が出来ないのだ。
クロエは蟷螂のような魔物を魔法で撃退しているが、あちらは熊よりも数倍数が多く、すぐにシンヤへと救援をしてくれるほどの余裕はない。
まだ夜営地の洞窟を出たばかり、魔力も体力も温存しなければ、次の夜営地まで辿り着けなくなってしまう。そう判断してたリュートが、上手く戦場を誘導して分けた結果だった。
よそ見をしているシンヤに熊の魔物が数体襲い掛かってくる。即座に思考を眼前の敵に集中させ、持っている剣を振り上げた。
シンヤの握る剣も質の良い物ではなく、魔物を両断しようとすれば、その肉で刃が止まってしまう。その為、滑らすように熊の胴を薙ぐ。相手にしているのは獣型の生物、首や胸を的確に攻撃すれば、その動きを止める事は出来る。
「ふぅ。ふぅ……次っ!」
息を短く吐き、次々と飛び掛かってくる魔物に剣を走らせる。戦闘が始まって少しすると数日前の高揚感を再び感じ、普段の力以上の実力を出す事の出来たシンヤは危なげなく対処する事ができていた。
「見た目よりやるじゃないか」
「終わったなら助けてくれても良かったのに……」
襲い掛かってくる敵を全て倒し、荒く息を吐いているとステラが声をかけてくる。巨大なヒルのような魔物を倒したあと観戦していたのだろう。余裕があったにせよ命がけの戦闘なのだから手を貸してほしかったとシンヤは半眼で彼女を見据えた。
「あははっ! 危なくなったら手を出したさ。でもその必要はなかったね」
「体力の温存とかあるでしょう?」
「あんた疲れないんだろ? クロエから聞いてるよ」
ステラの言うように疲労で動けなくなることは無い。それはこの世界に来て起こった身体の変化だ。その理由はわからなくとも、今のシンヤには数少ない利点の一つだった。
「精神的に疲れはするんですよっ!」
「まあまあ、あんたの実力も見たかったし、ちょうど良かったよ」
素人に毛が生えた程度の動きしか出来ないと思っていたシンヤが、想定以上の力を発揮した事に、ステラは内心でも舌を巻いていた。これまでの行動を見て足手まといにしかならないと思っていたからだ。
「ねえシンヤ。動きが良くなってるけどアウラが起きたの?」
「いや、まだアウラは答えてくれないよ。けど集中すると動きが良くなるんだ。身体もなんともないし、なんなのかな……」
戦闘を終えたクロエも動きの変化に気づいたのか、疑問を投げかけてくる。長時間の戦いで気づいたことだが、シンヤの身体能力の向上はアウラの強化ほど強くはない。肉体の限界を超えて強化されることは無く、今のところではあるがリスクはない。
自身の指に嵌る指輪を見つめ、再度シンヤはアウラに心の中で話かけているがこれまでと同様に返答は無かった。
「身体強化の魔法で間違いはないと思うけど、いつの間に使えるようになったの?」
「……自分でもわからないんだ」
「そう……気を付けてね。自分で理解できない力って危険な場合があるから……」
自身で制御できない力を使っている。今まではアウラがそれをギリギリのところで制御してくれていたが、もし今の力が暴走すれば危険だと、そうクロエは言っているのだろう。
「って言っても意識してやってるわけじゃないから、気を付けようもないんだけ……」
「避けろっ!」
「っ!」
離れた位置からリュートが声を上げる。誰に言ったものかシンヤが理解する前にステラが動く。
岩陰から液体が飛び、シンヤ達を庇うように立った彼女の身体に付着した。
「ぐぅぅっ」
「ステラっ!? ……こいつっ!」
喉の奥から絞り出すような声がステラから発せられ、苦悶の表情で蹲る彼女の身体からは煙が立ち上っている。次いで襲い掛かってきた蛇のような魔物を、すぐに反応する事の出来たシンヤが両断した。
「大丈夫っ!?」
駆け寄ったクロエが水筒を取り出しステラの身体にかけ、即座に治癒魔法を発動させる。皮膚の焼ける匂いが感じられるので、おそらく酸のような体液をかけられたのだろう。
「平気だ……すまない」
「ううん。庇ってくれてありがとうステラ」
「思った以上に魔物が多い。早めに移動した方がいいようだな」
すぐに処置をしたためか、ステラの身体に外傷はない。だが、何事も無かったかのように立ち上がる彼女の服がひらりと落ちた。
元々胸を覆うだけのわずかな布が酸で溶けてしまったのだ。
「ステラっ!?」
「どうしたっ?!」
驚くシンヤの声に警戒するように答えるステラは、また魔物の襲撃があると勘違いしたのだが。
そうではない。
水滴をその身体から滴らせながら周囲を窺う彼女の身体は今、半裸なのだ。
「ちがっ。ふ、服っ!」
「なんだこれか、溶かされてしまったか……」
たわわに実った果実が二つシンヤの目の前にあるのだが、ステラは隠すでもなく溶けて着れなくなってしまった服を拾う。
彼女が動くたびに乳房が揺れる。
「ステラっ! 胸を隠してっ!」
「ん? ああ、問題ない」
「シンヤも見てちゃダメっ!」
「は、はいっ!」
隠す気の無いステラに声を荒げて注意するが効果は無い。あまりにも暴力的な双丘にシンヤは眼を釘付けにしていたが、飛んできたクロエの言葉でようやく回れ右をして背を向けた。
「恥じる様な身体はしていないから平気なんだが」
本人の言うように彼女の身体は美しく、薄く見える割れた腹筋、クロエのそれよりも一回り大きい乳房、整った身体は見る者を魅了するだろう。
「そういう問題じゃないのっ! 女の子なんだからもう少し恥じらいを持たないとダメなのっ!」
「ステラ、とりあえずこれ……」
注意の言葉が続く中、シンヤは自身の外装を外して後ろを向いたままステラの方へと投げる。
「すまない。後で着替えるよ」
「今着替えてれってっ!」
替えの服は持っているのだから今着替えてもらわないと目のやり場に困る。今の状態ではシンヤも目が行ってしまうので、クロエが怒りだすだろう。
「細かい事を気にするのだな」
「「細かくないっ!」わっ!」
いつまた魔物に襲われるともわからない岩山で、シンヤとクロエの声がステラにぶつけられていた。
「……そろそろいいか? 先に進みたいのだが」
やり取りを遠目で見ていたリュートが声をかけてきたのは、ステラが着替え終えて程なくしてからだ。彼はクロエに何か言われる前に物陰に隠れていたようだった。
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