2章-45話 鳥人族①

 悲鳴が洞穴内に木霊する。


 鳥人の住処であるこの洞穴には、数年前から人間が手を入れている。何百人もの人間が地面を掘り返し、地下施設を建設しているのだ。


 洞穴内の壁に家を造っていた鳥人にとって、地面をどういじろうが影響は無い。元々交易の中継地になっていた地なのだから、人の住める場所を増やすという提案は、否定する程のものでは無かった。


 だが、外の状況に鳥人の長は、安易に人間を信じるべきでは無かったと後悔をしていた。


「こうなることも知っておられたのでしょうか……」


 大襲来。死した人が屍人となるよう世界の理が書き換えられた。その少し前から神の気配を感じられなくなり、呟く長は瞼を閉じる。


「長っ! ここにおられたのですか。早くお逃げにならないと……」


「わかっておる。他の者達は?」


「若が時間を稼いでいる内に脱出し始めております」


「そうか……」


 腰かけていた椅子から立ち上がると長は窓の外を見る。そこではすでに侵入していた多数の人間達が大量の矢を放っていた。降り注ぐ刃の雨は何人もの同胞を貫き、その命を奪う。


「儂も残るべきなのかもしれんが……」


 息子に全てを託すべきだったのだが、強襲する人間はその時間すら残してはくれなかった。すでに先陣で剣を振るっている息子と合流する術はもう無いのだ。


「長っ! お早くっ!」


 懐にある短剣に手を触れる。これを邪な心を持つ人間に奪われるわけには行かない。


「すまない……」


 窓の外で戦う仲間へと言葉を残した長は部屋を後にする。老い先短い自分でも同胞に生き残る場所を造らねばならないのだと。


「爺っ! 何やってんだっ! 早く逃げるぞっ!」


「姉さん。長にそんな言い方は……」


「んな事言ってる場合じゃねえっ! もう時間が無いっ!」


 室外に出る直前に双子の姉弟が翼を翻して飛んでくる。余程急いでいたのか息を切らせた二人は大声を出して言い合う。まだ年若く恵まれた才能のある姉は、すでに一戦交えてきたのだろう。その身体には幾重もの傷が残っていた。


「外にバケモンがいるっ! もう戦線が崩壊したんだっ!」


 先ほど目にしてきた男を思い出しステラは身震いする。それは常軌を逸した光景だったからだ。


 太陽の騎士。そう呼ばれる存在がいる事を彼女も話には聞いていた。海を割ったなどという眉唾の話をステラは信じていなかったのだが。


 上空から攻撃する手練れの仲間を一振りで幾人も殺し、正面からゆっくりと歩いてきた太陽の騎士は、塞いでいた岩をまるでバターでも切るかのように両断し、悠々と侵入してきたのだ。


「とにかく早く逃げねえと……」


「姉さん落ち着いて。父さん達が先に皆を連れてってるから後は僕らだけだよ」


 親指の爪を噛みながらステラは地面を見つめる。同じものを見た弟よりも追い詰められているように見えるのは、なまじ実力があるからだろう。化物のような力を持つ男との実力差を肌で感じているのだ。


「ほら爺。自分で飛べるだろっ?」


 焦るステラは長の手を掴んで空へと飛び出す。


 翼をはばたかせ、空中で街の入り口に目を向ける。空を見上げていた化物のような騎士と目が合う。鳥人の長を視界に入れた彼が剣を振るうと眼に見えぬ剣閃がステラの真横を通り抜けて行く。


 それは一瞬だった。


 数百m以上離れた場所からの剣閃は彼女達を通り越し、先の壁に大きな傷を刻んだのだ。


「なんなんだよ……あれ……人間なのか?」


 弟の呟きにステラはさらに顔を青くする。剣圧だけで岩壁を破壊出来る人間を、本当に人間と呼んでいいのだろうか? そんな超常の力を眼にして彼女の身体が強張ってしまう。


「急げっ!! 外に出るんだっ!」


 仲間の叫ぶような声でステラは我に返ると海の方を向く。


 狙われた長達を庇うように、その進路上に鳥人の戦士達が人の壁を作る。そのわずかな時間でステラ達は必死に洞穴の外へと飛び出す。


 唇を噛みしめて翼を動かすステラの背後からは同胞の断末魔が彼女の耳に届いていたのだった。



 生き残った人で新しい住処を造るには、新しい世界に無知過ぎた。


 最初の夜営で屍人の恐怖を知る。眠りにつく前に地面から現れた屍人にまた同胞が死んだ。空へと逃げる事の出来る鳥人だったが、精神的にも肉体的にも疲弊している状態では日が昇るまで空を飛び続ける事が出来なかった。


 何人、何十人という仲間が屍人に食われ、それを助けようとしてさらに何十人もが犠牲になる。手練れの戦士は洞穴で半数以上が死んでおり、ステラを含めた若者達だけで助け切る事は出来なかったのだ。


 ようやく屋内で屍人が現れないと理解したころには生き残りは半数以下になってしまっていた。


 短剣の鍵がある霧の谷に当たりをつけ居住地に決めたが、日中も襲い来る魔物を倒しながら家を造ることは簡単では無かった。安心して眠りにつけるようになるまでに、さらに半分が犠牲になってしまったのだ。


 息をつく間もない生活から二年。


 幼い頃より才能が有り、突出した力を持っていたステラは何度も元の洞穴へと様子を見に行くようになる。


 彼女の生まれ育った場所は巨大な結界に包まれ、屍人や魔族などから逃れ安全に暮らしている人間の姿があった。


 不条理だ。理不尽極まりない。なぜ追い出された鳥人がその命をすり減らしながら暮らし。住み着いた人間が平和に暮らしているのだ。こんな馬鹿げた話は無いだろう。


 どうしようもないほどの怒りと自身の力を過信したステラは、唯一相談していた弟のスレインと二人で霧の谷の山を登る。結界を切り裂く魔具さえあれば聖都の人間を追い出す事が出来る。そんな浅はかな考えに突き動かされたのだ。


 その結果がどうなるかは考えもせずに……。

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