2章-43話 条件

「お前は黙っていろ。儂らに奴らと戦う力は無いのだ。となれば儂ら鳥人族の運命を委ねる事になる。簡単に決められることではない」


「だから耄碌したって言ってんだっ! 見りゃわかるだろうが、リュートはあたしらより強い。時間もないんだ。賭けるんだったら他にいないだろっ! 眼えついてんのか爺。ここ一年で何人死んだと思ってんだっ!」


 顔を真っ赤にしたステラは二人の鳥人に抑えられながらもその怒りを抑えずに叫ぶ。谷の周囲の監視に食料の調達、その上、周囲の魔物の討伐。里に戦える者は少なく、全てを賄う事は出来ない、戦えない者から命を落としているのが現状なのだ。


 このまま同じ状況が続けばいずれ鳥人族は滅んでしまうだろう。


「ここにいる男だけで、かの騎士を倒せるのか? その男は一度負けているのだろう。さらには何百人も敵がいる。儂らはいざとなれば他の土地を探しても良い。選択肢を絞るまでにはまだ時間がある」


 戦力差は歴然としている。ほんの数人で一つの都市を攻め落とす事など出来ない。刺激せず、時間がある内に別の土地に逃げるという手段もあるのだと、長は言うのだ。


「選択肢はもうないんだよっ。あたしらが安全に生きる土地はもうないんだ。あったとしても移動する体力が無いやつばかり、爺はそいつらを捨ててくって言うのか? それに……あたしも協力するさ。聖都の連中には借りがあるからね。やられっぱなしは趣味じゃないんだよ」


「……っ!! そうか……お前まだ……」


 ステラの言葉に一瞬息を呑む長は方眉を上げて彼女を見た。そこには悲哀ともとれる悲しみの色が見て取れた。


「ならんっ! 勝手は許さんぞっ! お前に何かあればそれだけでこの里は窮地に立つ」


 ステラは鳥人達の中では身体が大きく身体能力に優れている。武芸に秀で、里の中でも最大戦力。彼女が率先して魔物を狩り、仲間を守っているから被害も抑えられているのだ。


 ただでさえ戦力の少ない里の中で、ステラという力が無くなれば、鳥人達は一気に滅びへと突き進む。


「この里はもう十分限界。本当はわかってんだろ爺。若い連中の中には聖都の襲撃を考える奴もいる……今こいつらが来たのは神がよこした最後の機会なんだよっ!」


「……そこまで言うのであれば、そやつらを試す」


 長は折れる気配のないステラから背後にいるリュート達に視線を移す。彼女の言うように周辺に安全な土地は無い。ずっと探してきたのだからそれはわかっている。それでも移住を考えるのであれば、もっと遠くを探さなければならないのだ。


 元々どこかで賭けをしなければならない。あとはどこでその決断をするかだけだった。


「リュートとか言ったな……ステラが言うように儂らに猶予はない。だが負けるとわかっている賭けに乗るわけにもいかない……」


「当然だ……一族の未来に関わる問題なのだからな……」


 長の決断をリュートは理解できる。国を統治する術を学び、皇帝である父を見て、実際に村を治めてきた彼にはそれがいかに重い物か身をもって知っているのだ。


「力を示してくれ……かの騎士に勝てぬとも、儂らの未来を賭けられると思わせるだけの力を……」


「何をすればいい?」


 口を引きむすんで長の言葉に耳を傾けたリュートは、重い口調で問いかける。


 力を示せ。そう言葉にするだけならば容易いが、実際に証明するとなると容易ではない。長の提示する内容も楽なものでは無いだろう。


「破魔の短剣。それは儂が持っておる。だが力を解放する為の鍵が無い……」


「……」


 セラの手紙にも書いてあった短剣の力を引き出す鍵。二つ揃って初めて結界を切り裂くことが出来る。リュートは黙って頷き長の話の続きを促す。


「この霧の谷を抜けさらに山を登る。鍵はその先の洞窟内に納められておる。それを取ってこれればお主らの力を認めよう。場所はステラが知っておる……ステラ案内してやれ」


「……爺」


 視線だけをステラに向け長は言葉を発する。その感情がどういったものか読み取ることは出来なかないが、彼女の意をくみ取ってのことなのだろう。


「ただ特殊な場所でな。月の力が満ちる夜でなければ道が開けぬ」


「それって……」


 山間にある洞窟。そこに入る事が出来るのは夜の間だけとなれば、嫌な想像ができシンヤが声を漏らす。それは死者の刻限、つまりは屍人の溢れる時間だ。


「襲い来る死者を避けて中に入り、番人を倒せば手に入るだろう」


「やっぱりっ! 屍人がいる中でさらに番人を倒すのか!?」


 ただでさえ魔物の多い土地で、屍人に追われながら洞窟の中へと辿り着かなくてはならない。その上番人を倒さなければ目的の物が手に入らないのだと言う。つい先日夜の森を駆け抜けたシンヤはそれがいかに無理難題なのか想像ができた。


「それくらい出来なくてはかの騎士を出し抜くことなど出来ないだろう? それに鍵が無ければ短剣はなんの役にも立たん。ステラ……案内を頼んだが、もし手に負えない状況になったら、お前だけでも飛んで帰ってこい。わかるな、それが……条件だ」


「わかってるよ」


 難しいからこそ力の証明になる。もしそこで死ぬような事があれば、ステラだけでも逃げ帰るように指示するが、彼女だけ逃げ帰ることは無いのかもしれないと長は感じていた。


「数日休んでから出立するといい。必要な物は出来るだけ用意させよう」


「ありがとうございます」


「……お主」


 話は終わりリュートは頭を下げると、控えていた鳥人に案内され長の家を後にする。全員が外に出て最後に部屋を出ようとしたシンヤに長が声をかけてきた。


「え? おれ?」


「名は?」


「……シンヤです」


「どこの生まれだ?」


 なぜ引き留められたのか分からず戸惑うシンヤだったが、その様子にも気にせず長は名を聞いてくる。短く答えるとさらに質問が飛んで来た。


「おれは稀人です。別の、世界から来ました」


 稀人、自分からそう答えるのに違和感を感じる。質問の意図がわからないが眉から覗き見える長の瞳には、シンヤを射抜くような力が籠っているように感じられた。


「……過ぎた力は身を滅ぼし、憎しみは心を壊す。仲間の身を危険に晒したくなければ、常に冷静でいる事だ……」


「っ?! 大丈夫ですよ。おれ弱くて余分な力とかないですから。ある物だけ使ってきます。じゃあもう行きますね」


 なぜそんな言葉をシンヤに言うのかわからないが、心の内を見透かされているような気がして、狼狽えながらも答え、逃げ出すように扉を潜った。


「そうか……」


 人の居なくなった部屋の中で年老いた長は何かに納得するように呟く。それは長年の疑問が解けたかのようなものだった。


「その時が来ても誤らなければよいがな……」


 天井を仰ぎ見えない誰かに語りかけるような声は部屋の中で反響して消えた。





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