2章-40話 説得

 洞窟に到着したのは日暮れ前だった。


 最後まで反対していたスレインを、ステラが無視して移動する事になったのだが、結局しぶしぶといった様子で後ろをついてきていた。


 洞窟内はシンヤが想像していたよりも広く生活感があり、頻繁に出入りしている事がわかる。鳥人達は入口の扉を閉め、鍵をかけ、重し代わりに土嚢を積みあげた。


 もう日没、屍人が入り込めないようにしているのだろう。


「それで。あたしらにどんな話があるんだい?」


 奥に案内されたシンヤ達は据えてある椅子に座るよう促される。


 全員が席に着くと、最後に勢いよく座ったステラがその深緑の瞳を細め、開口一番に問いかけてきた。


「聖都……はわかるな?」


「ああ。わかるも何も、あそこは元々あたしらの住処だ」


 リュートの発言に場の空気が変わった。


 それは眼前のステラだけではなく、この部屋にいる鳥人達全員から殺気ともとれる感情が漏れ出たからだ。


「やはりあの街の者どもかっ!」


「落ち着けスレイン。話が出来ないなら部屋から出てていいんだぞ」


「ぐっ……」


 声を荒げたのは双子の弟。


 今にも飛び掛かってきそうな程身体を前に出すのをステラが手で止める。


「すまない、不用意な発言だった……確かに俺達は人間だが、聖都の者ではない。むしろ敵対している……」


「……続けて」


 先ほどまでの気さくな表情を変えたステラは、リュートの言葉を吟味するように聞き入っている。それは、敵とみなすかどうかを考えているようにも見えた。


「率直に言おう……あの街を、教主マグルスを潰すのを手伝ってほしい」


「へぇ……」

 

 殺気のような圧力を発したままステラは口元に笑みを作る。


「興味はある……だがあたしらも馬鹿じゃあない。あそこを潰すのがそう簡単じゃないのはわかってる……あの場所を追い出された時に身を持ってね」


 彼等鳥人達が住んでいた土地。そこをマグルスは武力で制圧した。


 その際に出た犠牲者は当時のおよそ半数。


 飛行能力のある鳥人達を一方的に殺戮せしめたのは、人間の中で最高と謳われた男グライスト。


 ほぼ単独であの洞穴を制圧したのだ。


 戦意を挫かれた彼等が逃げ延び、この屍人の溢れる世界で、生活できるようになるまでに、さらに半数が命を落としている。


 現在の鳥人達はもう百人に満たないほどしか生き残っていない。


「あたしらに協力を頼むのは無理だ。生きていくので精一杯さ」


「欲しいのは戦力じゃない……宝具だ」


「……っ!?」


 短く息を呑むステラの顔が一瞬強張る。それは単純な驚きというよりも困惑の方が強いのかもしれない。


「破魔の短剣……鍵さえあればどんな魔具も破壊する事が出来るといわれるそれを借り受けたい。無理な話だとは重々理解しているが、あれさえあれば聖都を切り崩せる」

 

 言葉を無くしているステラを待たずにリュートは話を続ける。真っすぐに彼女を見つめ、誠意でもって活路を切り開く、大襲来以降では駆け引きよりも真摯な想いこそ人を動かす。


 人間を憎んでいるであろう鳥人の中で、対話をすることが出来る人物。彼女の了承が得られれば、その先の話合いも優位に進める事ができると踏んでの事だ。


「……どこで知ったのかは知らないけど。いきなりやってきた奴に、はいそうですかとやれるような物じゃないね」


「わかっている。だからこそ長と話がしたい」


「仮に爺が了承したとして、あたしらに害はないのかい?」


 ステラは腕を組みリュートの瞳を見据え、動作の一つ一つに目を光らせる。


 この世界で生き続ける為には出来うる限りリスクを回避しなくてはならない。


 魔物に屍人に魔族、その上人間に狙われるような事になれば、鳥人達に逃げる場所などもう残っていないのだ。


「そうだ……とは言えない。失敗するつもりも貴殿達の事を話すつもりもないが、俺達の行動で鳥人達に被害が及ばない、とは言い切れないだろう」


 リュート達が失敗すれば被害が出る可能性は高い。


 たとえ鳥人の事を答えなくとも、破魔の短剣を見られた時点で関与は疑いようがなくなり、マグルスの矛先は彼等に向く。


 そうなれば、どんな手を使ってでも鳥人を滅ぼす為に動くだろう。マグルスという男はそういう人間なのだ。


「正直じゃないか。平気な顔で害が無いなんてほざいたら、その綺麗な顔に一発ぶち込んでやるところだったよ」


「それは怖いな……とは言っても必ずマグルスは潰す。となれば先程の心配も杞憂だがな」


「……潰す算段がある。ってことかい?」


 瞼を閉じたステラは、間を開けて口を開く。


 おそらくこれが最後の問いだろう。彼女にとっては今までの話の全てがリュートを信じるに値するかどうか、それだけを見る為のものだったのだから。


「そう思ってくれていい」


「……わかった。あたしはあんたを信じる事にするよ」


「姉さんっ! こいつらがあの人間達と敵対してるとしても、我らには関わりの無い事。下手に手を貸してあいつらに目を付けられたら今度こそ滅ぶっ!」


 ステラが了承の意思を示すと、両手を机に叩きつけ勢いよく立ち上がったスレインが声を上げる。彼にとっては信じる信じない以前の問題、一族に対する不安要素をこれ以上増やしたくないのだ。


「スレイン、あの連中に一泡吹かせてやるのもおもしろそうじゃないか……」


「俺だって出来るのであればそうしたいっ! でも姉さんも見ただろう? あの人間の非常識な力を……こいつらに巻き込まれるのはごめんだっ!」


 人外の力を目にしたのであれば、人の取れる選択肢は少ない。スレインは自他の力量を見極めた上で関わるべきではないと、そう主張している。


 少なくともこの場にいる鳥人達の多くは、スレインの意見に賛同を示していた。


「スレインさん……おれも、おれ達も知ってるよ。グライストの力を、マグルスの狂気を……でも仲間がまだ捕まってるんだ」


 今まで黙って話を聞いていたシンヤが口を開く。


 人外の存在に恐怖している彼等と共感したから、同じ思いだからこそ言葉が漏れ出ただけ。


 自然と周囲の視線がシンヤに集まる。


「あの場所の在り方は駄目だ……駄目なんだよ。あんな場所があったらおれ達みたいな、貴方達のような人がもっと増える。それにこのまま放っておいたら、いずれあいつら以外の人族全てが犠牲になるかもしれない」


「シンヤ……」


 他の人を心配している。


 そう聞こえる言葉だが、看破の魔眼を持つクロエの瞳にはシンヤの嘘が映っていた。


 マグルスを殺す。


 その為には他の誰を巻き込んでも構わないと、鳥人達がいくら犠牲になろうとかまわない。


 それを隠す為の嘘。クロエ以外には胸を打つであろう言葉。


「……グライストは無理に倒さなくてもいいんだ。マグルスと聖都の結界さえ破壊出来れば、それで聖都は潰せる」


「へえ……シンヤ、だっけ? あんたも言うじゃないか……で、スレイン。あんたはこの弱そうな子よりもヘタレなのかい?」


 真剣な表情で話すシンヤに感心しステラは弟を煽る。


「くっ……勝手にすればいいっ! どちらにせよ長が是としなければ、なんの意味も無いのだからなっ!」


 リュートのようなカリスマはシンヤには無い。


 それでも渾身の言葉は届いたようで、苦い顔をしたスレインは背を向けて部屋を出て行く。


「ほんと素直じゃないねえ……。明日朝一番にここを出る。他の奴らもそれでいいねっ!」


 ステラの一言で話は終わり、シンヤ達は簡単な食事を振る舞われ、床に就くことになる。


 翌朝シンヤ達は霧の谷、そこにある鳥人達の里へと向かうのだった。


 


 



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