2章-39話 鳥人の双子

 どういうわけか聖都からの追っては無い。その為、当初の予定通り湖畔の村に向かう途中で、ノエルとクシュナに子供達を任せて別行動する事になった。


 目的地は聖都から南西に数日歩いた先にある霧の谷。


 リュートの話では、常に霧が立ち込めている険しい渓谷。


 聖都から逃げ延びた鳥人達の新しい里がそこにあり、翼を持つ彼等は人の通るには難しい立地を利用して、屍人の侵入を防いで生活をしているのだという。


 教主マグルスの不死性は結界に依存している為、聖都の結界を無効化する事ができれば教主を倒す事も可能になる。セラの書いた手紙にはその為に必要な道具、鳥人達の持つ破魔の短剣とそれを起動させる為の鍵の事が書かれていた。


 その二つを手に入れる為にシンヤ達は霧の谷へと向う。 




 もうすでに何年も舗装などされていない、かつての街道を三人は歩く。人や鳥車の通ることのなくなった道は草木が侵食をしている。


 目的の場所が山間にあることもあり、進む先は徐々に歩きづらい山道へと変わっていた。


「なあリュート。場所はわかってるのか?」


 先を歩くリュートはどんどんと山道を進んでいく。


 獣道のような林の中を無言で歩いていたシンヤは何気なくリュートに話かけた。


「ああ、この辺りも帝国領だったからな……ただ、ここは魔物の数が多い。昼間も気を緩めるなよ」


「わかってる……」


 シーナは最後までシンヤを守る為に全力を尽くしてくれた。ならばそう簡単に死ぬわけにはいかない。


 少なくともマグルスを倒すまでは。


 シンヤに剣を振る忌避感はもう完全に無くなっている。


 それはここに至るまでの道中でも如実に現れており、低級と属される魔物であれば一対一で負ける事は無いと、シンヤ自身にもそう思えるほどに余裕を持って対処することが出来ていた。


「……無理しちゃダメだよ」


「ありがとうクロエ」


 戦闘時の動きを見ていても、クロエにはシンヤがとても危うい心境にあることを感じていた。それは彼女がこの五年間で何度も見てきた喪失と言う名の病。


 表面上は問題ないように見える。


 だが、死に急ぐような剣の振り方をするシンヤに、今どんな言葉を伝えても、心の奥底に根付く病を取り払う事は出来ないのだろう。


「……わたしには癒せないのね……」


 足を止めたクロエは、先を歩いていくシンヤの後ろ姿を目で追い一人呟く。


 森の村での人々の死からほんの数日、さらに聖都でも……。立て続けに近しい人の死。


 その心の傷を癒す為の時間も環境も無い。


 だからシンヤは怒りという劇薬で無理矢理立っているのだろう。


「止まれっ!」


 唐突に背後から怒声が響く。


 三人が振り返ると、上空から数人の男女が腰に生えている翼をはためかせて下りてくる。


 鳥人。


 その姿はクシュナと同じように小柄な体つきをしているが、彼女とは違い、全員が引き締まった身体をしていた。


「ここから先は我らの縄張り。人族がなんのようだ?」


 男女合わせて六人。


 槍や弓の武器を構えてシンヤ達を威圧し、その中の一人が前へと進み出てくる。金属の鎧等は付けておらず、革製の胸当てのみを付けた軽装の男。


 ペイズリー柄に似たバンダナを頭につけ、薄い緑色の髪を逆立たせたその男は短刀を両手で握り警戒した様子でこちらを睨みつけていた。


「俺は元帝国の皇子リュートだ。貴殿達の長に話がある。よければ案内してくれると助かるのだが……」


 敵対しに来たわけでは無い。魔族とは違い話が出来ない相手ではないのだ。リュートはシンヤとクロエを身振りで下がらせると前に進み出て名乗る。


「皇子……? 元皇子様が我らに用があると……ふざけるなっ! 貴様等のせいでこの世界は崩壊したと聞いているぞっ! その上人族は我らの土地を奪い取ったっ! そんな奴らの話など聞く気は無いっ」


「……っ!」


 大襲来から五年。さすがにまだ帝国という大国の皇子の名前は知れ渡っている。だが、男は訝し気な顔で、敵意も隠さずに怒鳴りつけてきた。


 彼等からすれば聖都の人間もリュート達も同じ人族という括りなのだろう。


「落ち着けスレイ。話くらい聞いてもいいだろ」


 話合いの余地は無いと言い捨てる男の背後から、女が進み出てくる。女性でありながら鳥人の中ではかなり身長が高く、シンヤと比べてもさして変わりは無いほど。


 スレインと呼ばれた男と似た顔をしているが、他の鳥人達とは服装も雰囲気も違う。


 集団の中で唯一防具らしいものを身につけておらず、短めの槍を二本両手で握っている。鍛え上げられた腹筋を隠しもせずに胸と下半身だけを布で覆っているだけの服装だ。


「口を挟まないでくれっ!」


「いいじゃないか。どうせ魔物を狩る以外毎日暇なんだ。どんな要件か聞くくらい爺どもも文句は言わないって」


 ウェーブのかかったエメラルドのように透き通った緑の髪を、乱暴にかき上げる女は、スレインの肩を掴み軽口を叩く。


「長はこんな奴らを引き入れたら文句しか言わないだろ」


「じゃああたしが勝手に話を聞いてたって言っといてくれよ。……それで皇子様だっけ?」


「姉さんっ!!」


 掴んでいて肩を離し、スレインの横をすり抜けた女は、背後で叫ぶ弟を無視してリュートへと歩み寄る。そして右手に握った短槍を背中にしまうと、その手を差し出してきた。


 朗らかに笑う彼女だが、その警戒を完全に解いたわけでは無く、リュート達が攻撃に転ずれば、即座に左手に握る槍が襲い掛かってくるだろう。


 身体運びだけで、リュートにその意思が伝わってきた。


 だからこそ自然な動きで差し出された手を握り返す。もし何かあればすぐに動けるように意識しながら。


「元だ。リュートでいい。それよりいいのか? 貴女の仲間は納得がいっていないようだが」


「いいっていいって。あとでちゃんと話しとくからさ。それよりリュートでいいか? 今更敬称なんてつけなくてもいいだろ?」


 先ほど帝国の皇子と名乗ったのは最低限の自己紹介。


 誰かもわからない相手よりも、名前だけでも知っている相手の方が警戒は解きやすいと踏んでの事。


 今現在存在しない国の皇子の名前にはその程度しか価値はないのだ。


「ああ、問題ない。そちらは?」


「あたしはステラだ。こっちも呼び捨てで構わないよ。後ろでカッカしてる男の双子の姉だよ」


「……似てると思ったら双子なんだ」


 当初の険悪な雰囲気もステラと名乗る女の話で多少は緩和され、リュートの後ろで様子を窺っていたシンヤも気を吐くように声を出した。


 シンヤは双子と言われて納得する。スレインとステラ、髪の色もそうだが、顔の造形が似通っているのだ。


「あんたは?」 


「おれはシンヤ、こっちはクロエ。彼女はリュートの妹だよ」


「ってことはそっちは元皇女様ね……仲良くしてくれよ」


 目を細め、値踏みするようにクロエを見据えるステラは、すぐに表情を切り替えて笑顔を造る。


「仲裁感謝するステラ。それで長には取り次いでいただけるのか?」


「ああ構わないけど、先にあたしに要件を教えてくれよ。内容次第になるからさ」

 

 さすがに話の中身も知らぬまま、村に引き入れる真似は出来ないようで、ステラは頭を掻きながら苦笑いする。


「当然だな……出来ればどこか落ち着ける場所があると助かるが……」


「なら着いてきな。あたしらが休憩所に使ってる洞窟があるんだ」


「すまない」


 日没には早いが、リュートが言っていたように魔物の多い土地の為、ゆっくり話をするとなれば、道端では危険が多い。


 提案を受け入れたステラは左手に持った短槍も背中にしまい、仲間の元へと歩いていく。


 話を聞くこと自体が問題のようで、しばらくの間ステラが仲間内で揉めた為、洞窟へと移動したのは少し時間がたった後の事だった。



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