2章-11話 不信
鍾光石の明かりのおかげで、夜になっても洞穴の中は明るく、薄青色の淡い光は優しく辺りを包み込んでいる。シンヤは駆け足で街の中を抜け、海の見える堤防の上に来ていた。
洞穴に海水の入らないよう作られた堤防の上で、シンヤは沖合を見つめている。
家に居ようと外に居ようと、感じている不安が無くなるわけではなかったのだが、じっとしているよりはましと、ここまで走ってきたのだ。
「なんなんだよっ」
自身の渦巻く不安に悪態をつき、シンヤは地面を殴る。拳からは血が流れ痛みが走るが、それでも胸の不安感が止まることはなかった。
「おいっ!」
突然背後から男の声がかかる。振り向くとそこには、整った顔の見知らぬ男が立っていた。
「……あんた、誰だ?」
「なぜ一人でここにいる? クロエはどうした?」
見覚えがある気がする記憶に無い男は、質問に答えず問い詰めるようにシンヤの肩を揺さぶってきた。
「クロエはどこにいるのか聞いているっ」
「……クロエって誰だよっ! 何言ってんのかわかんねえよっ」
「……っ!? お前っ!」
「いっっ!」
言葉を無くしていると、肩を強く掴み詰問してくる。シンヤがその問いに怒鳴るように答えると、目を見開いた男は、掴んでいた手に力を込めた。
「リュート落ち着け。どうやら他の住人と同じように記憶を改竄されているようだ」
シンヤを掴んでいる男の腕に別の男が手を添えると、肩に食い込む力は弱まっていく。新たに現れた男は、興奮する目の前の男よりも一回り近く年上に見え、諭すように言葉を並べる。
「わかっているっ! だが、どうしてクロエがいないっ!」
「どこにいるかはわからないが、少なくとも死んでいるわけではないだろう」
「なぜ言い切れるっ!」
「上野木がここにいるからだ。推測になるが、この街の支配者は余程無駄が嫌いなようだ」
この二人は何を言っているのだろうか?
カミノギと言う言葉、記憶に無いはずなのに知っている気がする男達、クロエという名前。その全てがシンヤの違和感を増やしていき、頭の整理が追い付かない。
放心するシンヤを余所に二人の男は話を続ける。
「天使殿。はっきり言ってくれ」
「わざわざ侵入者の記憶をいじって、街の中に住まわせる理由はなぜだと思う?」
「……っ!! 結界かっ?!」
問いかけに何かに気づいたようにリュートと呼ばれた男が声を上げる。それはシンヤにはわからない話だが、この聖都に張られた結界の構造、その核心だった。
「この規模の結界を張るのに、どれだけ大きい魔石が必要なのかは知らないが、そうそう見つかる物ではないのだろう?」
「これだけの規模だと俺達のいた村と同程度の魔石が必要だろう」
「……魔力を供給するのに、魔石でなければならない。と、いうわけではないのではないか?」
「魔力を供給し続ける事が出来るのであれば魔石である必要はない……」
「住人から魔力を抜いているのであれば説明がつく……まだ確証はないがね」
魔石が必要と言われている結界の抜け道、特殊な儀式によって生物から魔力を抜く。そんな方法がここでは行われている。話の流れからシンヤは明日行われる自身の儀式を思い出し戦慄した。
もしこの二人の話す内容が事実であれば、自分も明日には魔力を抜かれるだけの家畜になるというのだ。
「だが、そんなことをすれば住人は数年で死ぬぞ」
「使い捨てなのだろう。代わりは外から連れてくればいいと考えてな。人間のやりそうな事だ。……だからこそ、クロエがまだ生きている可能性がある」
「そ、そうかっ。……だが、これでクロエが捉えられている事がほぼ間違いなくなった」
「そこで上野木。なにか知っていることは無いか?」
「……っ!」
不意に話を振られ、青ざめたままのシンヤは言葉が出てこない。
「……あ、あんたら、いったい?」
「俺はリュート、この方はノエル殿だ。すまないが詳しく説明している時間は無い。この街の指導者の居場所を知らないか?」
ようやく擦れるような声で言葉を吐き出すシンヤに、リュートは改めて名前を告げ、質問を投げかけた。
「……知らないっ! あんたらの事なんて知らないっ。言ってる事もわけわかんないしっ。……もうほっといてくれっ」
弾けたように叫ぶとシンヤは走り出す。
二人の言葉で混乱が頂点に達したシンヤは逃げだしたのだ。
後ろから呼び止める声が聞こえるが振り返らない。止まってしまえば感じている不快感がさらに増す気がしたのだ。
気持ち悪い。気持ち悪い。
「うぉえぇっ……。げほっつ、けほっ、けほっ……」
自宅に着く前にシンヤは耐えきれず嘔吐する。先ほどの二人の話と実感の無い記憶、それが頭の中をかき回しているのだ。
「違うっ。あいつらの事は知らない。言っていたことも嘘だ」
魔力を抜く為の住人。
記憶の改竄。
だが本当だったら?
もし事実だとしたら、明日行われる儀式はシンヤに何をもたらすのか。ぐしゃぐしゃになる思考を止め、自宅へと足を向ける。シーナはきっと起きているだろう。
なんて言い訳しようか。
家を出る時よりも暗い顔で戻るシンヤは、そんなことを思い、家の扉を開けたのだった。
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