2章-12話 蓋
青ざめた顔で戻ったシンヤに、シーナは優しく接してくれ、何があったかを深くは聞かないでいてくれる。そんな心遣いがシンヤには嬉しくもあり、後ろ暗くも感じられていた。
二人でゆっくりと食事をし、床に就く。翌日は儀式の日だ。
シーナの話では、儀式の後は気持ちが晴れやかになり、身体の不調も治るのだと言う。シンヤは、明日になればこの不快感も無くなるのだと信じることにしたのだ。
だが、堤防で会った二人の話が本当であれば、今も結界はシンヤ達の魔力を吸い上げている。隣で眠るシーナを見る限り、そんなことはないように思えた。
見ず知らずの男達の話が、なぜこんなにも心を乱すのかシンヤには理解できず。ほとんど寝る事も出来ないまま朝日を見ることになった。
先に起きていたシーナと共に食事をとり、笑顔で見送られ、迎えに来たローブ姿の人間と儀式の場へと向かう。
案内された場所は空き家だった。
扉を開けるとそこには、地下に降りる階段だけがあり、先を行くローブの人間に従いゆっくりと降りていく。
長い階段を降り切りまた扉がある。
開いた先は装飾された広い通路で、左右にいくつもの扉があった。
「……こちらです」
案内をしてくれたローブの人間は口数が少なく、ここに至るまで一言も発しなかった。今の声を聞く限りは男のように聞こえたが、目深に被ったローブにより、その性別も顔色も伺い知ることは出来ない。
しばらくついていくと、いくつもある扉の一つで止まる。
「……こちらでお待ちください。準備が出来ましたらお呼びします」
「ありがとうございました」
抑揚のあまりない中性的な声色で話すと、ローブの人間はどこかへ行ってしまう。
シンヤは扉を開き中に入ると、室内は通路と同じように豪華な飾りを施されており、まるでどこかの城に迷い込んだような気がした。
どれくらい待っただろうか、しばらくは室内に置いてある装飾品に興味を示していたシンヤだったが、次第にやることもなくなり、据えてある椅子に座り、ただ時間が過ぎるのを待つ。
「おいっ! 兄ちゃん。……おいって」
ふと、どこからか声が聞こえ、シンヤは椅子から立ち上がると辺りを見回す。声は吸気口からの聞こえたようだった。
普通の部屋では室内に穴など無いのだろうが、ここは地下、空気を取り入れる為に作った物なのだろう。
シンヤが吸気口に近づき、中を覗き込むと、そこには女の子が入っていた。
「君は……なにをしてるんだい?」
「二日ぶりだね兄ちゃん。って言っても覚えてないんでしょ? ノエル達から聞いたよ」
「君もおれを知っているって言うのか……」
「ぷわぁ~っ。狭かったぁぁっ!」
吸気口の中の女の子は目が合うと、白い歯を見せ可愛らしく笑って見せる。シンヤの問いに答えながら吸気口から出てきた彼女は、その腰から生えている綺麗な翼を大きく広げ、土埃を払うように羽ばたかせた。
「うん。綺麗になった! じゃあ改めて、僕はクシュナ。君とは仲間だよ」
「仲間って。おれは知らないんだが……」
「君が知らなくても僕は知ってるから大丈夫だよ」
「いや、なにも大丈夫じゃないだろ」
「いいんだよ。それよりも、ノエルに言われて来たけど、ここ思ったよりもやばいよ。ここに辿り着くまでに、他の部屋も見てきたんだけど、早めに逃げた方がいいかも……」
クシュナと名乗った少女は、シンヤの言葉を聞いていないかのように話を進める。彼女が出てきた吸気口は、他の部屋にも繋がっていて、そこで見てきたものが、よくないものだったのだと、真剣な表情で警告してきた。
「やばいって、なにがだよ。おれはこれから儀式を受けないといけないんだ。君と一緒には行かないよ」
「ありゃあ。これは思ったよりめんどいかも……。じゃあ、ちょっとだけ抜け出して一部屋だけ見てみてようよ。僕の言ってる事が本当だってわかるからさ」
「駄目だ。すぐに迎えが来るかもしれないのに、ここを離れたら怒られるだろ」
「いいから、見つかったら。ごめんなさいって言っとけば、許してくれるよ……たぶんだけど」
クシュナは腕を引っ張ろうとするが、首を縦に振らないシンヤはその手を振りほどいてしまう。仕方なく彼女は部屋の扉を開けようと手を伸ばす。
「……!? 何でも無い儀式をするために、わざわざ閉じ込めたりするかな?」
「えっ?!」
クシュナの言葉に驚き、シンヤは扉にを駆けよるが、飾り立てられた扉はビクともしない。扉には鍵穴がついていて、どうやら鍵をかけられているようだった。
「なんで……?」
「僕が来てよかったね。こんな簡単な鍵なら……」
困惑するシンヤを余所に、谷間の無い薄い胸から何かを取り出すと、鍵穴に差し込む。ほんの数秒で金属音がして、扉が開いた。
「ふふふふんっ。僕を誉めてくれてもいいんだよっ」
「……いやだ。行かないっ。おれはここにいるっ」
「あ~もうっ。めんどくさいなぁ」
開いた扉に気を良くしたのか、クシュナは向き直ると、胸を張って自慢するが、抑えつけていた疑念の波が襲い掛かり、シンヤはその場から動こうとしない。
痺れを切らせたクシュナはシンヤの腕を取り、通路へと引っ張り出す。否定的な言葉とは裏腹に抵抗する気が無いのか、すんなりと足を動かしついていく。
「……おっ、素直になってくれたんだ。まあでも、あの部屋は見といた方がいいと思うから案内するね」
「勘違いしないでくれ、まだお前達を信じたわけじゃない。だからもし、見つかったら無理矢理連れて行かれたと説明するつもりだぞ」
「別にいいよ。混乱する気持ちも、わからないではないからね」
クシュナについて走るが、通路には人がおらず、クシュナの言う部屋まで誰にも会うことは無かった。
「やっぱり鍵がかかってる。ちょっと待ってて……」
「くさっ、なんだ、この匂い……」
扉には鍵がかかっていたが、クシュナは先ほどと同じように、その鍵を開けると、中に入り素早く扉を閉める。室内に明かりは無く暗闇に包まれていて、異臭が充満していた。
クシュナが無言で何かの石を取り出し、魔力を籠める。すると石は光だし室内を照らし出す。
この室内には他の部屋と違い、飾りがほとんど無い。あるのは大きな井戸のような物だけだ。直径で数メートルはありそうな井戸には石で出来た大きな蓋がしてあった。
「それで……ここに何があるんだよ。見る限りじゃ何も無いように思えるけど……」
「そこの蓋、少しずらせるんだけど動かしてみて……」
鼻がおかしくなるような異臭の中、クシュナが指す部分を見てみると、一ヶ所だけ動かせそうなと頃があった。シンヤは言われるままにその蓋をずらす。
蓋が少し開いただけで、異臭はさらにシンヤの鼻に突き刺さる。死臭とよぶには生易しいほどの、腐った肉が長い期間放置された臭い。
「うぅ……っ!?」
クシュナの持つ明かりで井戸の中を照らすと、
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