2章-3話 新機能

 翌日、湖畔の村を出発したシンヤ達は、聖都を目指して歩を進めていた。森の村を襲撃された際に、村で飼育していた騎鳥のほとんどが殺されるか、逃げて行方が分からなくなったためだ。


 村に入る際に逃がしたキロロとも合流出来ていない。


 湖畔の村には騎鳥がおらず、荷車もなかったために、今回は徒歩で目的地を目指す。幸いにも天候は良く、日差しが眩しい程降り注ぐ中、シンヤ達は目的地である聖都に向かい歩みを進めていた。


「オルステインさんもそうだけど、他に生き残った人間はいないのかな」


「……そうだな。あの男がそう簡単に殺されるとは思わないが、今回ばかりは難しいだろう。他の者もあの状況で生き残れるとは思えない」


 歩きながらシンヤは、ふと森の村を思い出す。


 襲撃の後、一度戻ったのだが、村の中はひどい有様だった。近しい人間の無残な遺体を見て、シンヤはしばらくその場から動くことが出来なかったのだ。

 

 リュートや他の戦士達と共に遺体を集め火葬にしたが、その中にオルステインの遺体はなく、死を確認したロニキスや他の村人数人の遺体も見当たらなかった。


 村の結界を維持する装置は破壊されていて、修復する時間もなく。シンヤ達は、死んだ人達を埋葬してすぐに湖畔の村に向かったのだ。


「遺体が無いってことは、死んだ人は屍人になってる、ってことなんだよな」 


「うん。死んでから屍人になるまでの時間は人によって違う。早い人だと息を引き取ってから数時間で屍人になってしまうの。だから早く手を打っておきたかったのだけど……」


「遺体がなかった師匠や他の人達は、屍人になっているってことか……」


 クロエの言う手を打つとは、首を切り落とすか火葬にするかだが、あの時は遺体を燃やしたりしている余裕などなかった。この先ロニキスや見知った人が屍人となって襲ってくると考えると、シンヤの心に後悔の念が襲ってくる。

 

 もう少しシンヤが強ければ、ロニキスが死ぬことは無かったかもしれないし、村の人間も助かった人がいたはず、……どうしてもそう考えてしまうのだ。


「いつか、師匠の魂を解放してあげなきゃな」


「今のままのお前では難しいな。屍人は生前の身体能力をある程度もっている。ロニキス程の男であれば、俺でも簡単には殺せない」


「えっ。じゃあ今まで見た屍人の中に、強い人とかいなかったってことか?」


 シンヤが出会ったことのある屍人は、強化していなくても逃げ切れる程度だったが、もし、あの中に一匹でも強者の屍人が混じっていたら、今ここにシンヤはいなかっただろう。


「そういうことだ。といっても身体能力が高かろうが、屍人は思考をしない。そんな奴に、俺は負けたりはせんがな。……その上、この大陸上のどこに誰の屍人が現れるかは、わかっていない。余程運が悪くない限りは会うこともないだろう」


「なあリュート、そういう発言をなんて言うか知ってるか? ……フラグって言うんだよっ」


 リュートの言葉を聞きシンヤに日本での記憶が甦る。


「ふらぐ? なんだそれは?」


「運が悪くなければ会わないとか、ここはおれに任せろとか、この戦いがおわったら結婚するんだとか。不用意に言っちゃ駄目なのっ。そういうことを言ったら、強い奴には出会っちゃうし、任せたやつは死んじゃうし、結婚できずに終わっちゃうんだからねっ」


「縁起担ぎのようなものか? 俺は気にしないが……」


「駄目っ。絶対っ!」


「わ、わかった」


 アニメ等の話だけではない、早く帰ろうぜと言えば残業になり、雨なんて降らないと言えば土砂降りになる。シンヤは経験の積み重ねで言霊の力を信じているのだ。強い剣幕で詰め寄るシンヤに押されてリュートは返事をするのだった。


『シンヤ』


 歩きながら話をしているシンヤの脳裏にアウラの声が響く。


「……アウラ。またしばらく黙ってたな。どうかしたのか?」


「ねえ、今の声って?」


「えっ? アウラの声が聞こえてるのか?」


「うん、女の子の声が聞こえたわ」


 湖畔の村に着いてからアウラはシンヤに喋りかけてこなかった。その間もやることが多かったので、あまり気にしてはいられなかったのだが、久しぶりに脳裏に響く彼女の声は、クロエにも聞こえていたようだった。


『アップデートというやつじゃの』


「アップデートって機械かよ」


『まあ似たようなものじゃ。お主だけにしか声が届かぬと何かと不便だったのでな。……馴染ませるのに時間がかかったがの』


「どうやったんだよ? というか出来るなら早くやってくれればいいのに」


『企業秘密じゃ』


 数日間声をかけてこなかったアウラは、相性が良いと言っていたシンヤ以外にも声を届けれるようになっていた。だが、なぜ出来るようになったのかは、教える気はないようだ。


「他にはなんかあるのか? 強化の負担が無くなるとかっ、魔法が使えるようになるとかっ」


『いや、念話が他の者にも届けれるようになっただけじゃ』


「それだけ? 本当にそれだけ?」


『それだけじゃ。ただしお主が指輪を嵌めている時だけ有効なので、外さぬようにの』


「たいしてアップしてないじゃないか」


 アップデートと言いつつ、会話が楽になる事以外大した影響もない。せっかくならもっと便利になれば良いのにと、シンヤは口を尖らせる。


「でも、わたしは嬉しいよ。ようやくアウラとお話できるようになったんだもの」


『そうじゃろう。改めてよろしく頼むぞ』


 嬉しそうに声をかけるクロエに、返事をするアウラの声も、どことなく上機嫌だ。


『そこの小僧と天使も聞こえておるじゃろう?』


「ああ、聞こえている」


「問題ないようだ。が、興味深いな。意思を持つ指輪か、時折上ノ木シンヤが話をしていた相手というわけか」


 少し離れた後方にいるノエルと、リュートにも届いているかアウラは確認するが、どうやら問題なく聞こえているようだった。


『あー。天使はあまりわしに話かけないようにの』


「……子供じゃないんだから、失礼なこと言うなよ」


『いやじゃ。わしは天使が嫌いじゃからの』


 上機嫌から一転、急に不機嫌な言い方をするアウラを、嗜めるように声をかけるが、どうやら効果は無いようだ。


「ごめんなノエル。おれもこいつの事、まだよくわかんないんだよ」


「問題ない。昔から悪魔にそんな態度をとられていたから、慣れている」


 シンヤは後ろを振り返りノエルに謝るが、当の本人は特に気にしていないようで、表情も変えずに声を返してきた。


『わしを悪魔なぞと一緒にするでないっ。悪魔みたいに性悪な奴らも嫌いじゃっ』


「お前、嫌いな奴ばっかだなっ。……昔どんなことがあったんだよ」


『ノーコメントじゃ』


「お前そればっかだなっ!」


 数千年前に生きていたというアウラと天使や悪魔に、どんな関係があったかシンヤは興味があったのだが、例によって話す気は無いらしく、一言で話を切られてしまった。


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