2章-2話 とるべき道
リネット達が拐われた。
生き残った戦士から話された内容は、シンヤ達に衝撃を与えた。
子供達を守っていた戦士を殺し、捕まえた子供を人質にして、降伏を迫り、子供達を含め十五名もの人間を、わざわざ連れて行ったというのだ。
しかも、それが魔族でも野盗でもない、数十人からなる武装した集団によって行われたというその事実は、シンヤにとっては信じがたい話だった。
「リュート。今のこの世界で人を誘拐してどんな得があるんだ?」
「……そうだな。考えられるのはいくつかあるが、まずは性欲だな。女を攫うのはほぼそれが理由だ。次に労働力、人の少なくなっている今の状況だと、奴隷を作った方が早いからな。だが、今回の場合は……」
「リネット……でしょ?」
話を終えた戦士を休ませたシンヤ達は、村の長の家に来ていた。
その一室を借り受けて話し合いの場を作り、ノエルと長を含めた五人がここに集まり、室内にある長方形の机を囲むように座っている。皆が厳しい表情をしているのは、確認できた状況が悪い内容だったからだろう。
襲撃された理由、クロエの口から出てきたのは、金髪の少女の名前だったからだ。
「リネットって、確かにあの子はすごい治癒魔法の使い手なんだろうけど、わざわざ武装している集団を襲うものなのか?」
「……リネットはね。特別だったの」
「特別って?」
シンヤは浮かんだ疑問を率直に口から出す。
わからない事だらけなのだが、話を聞く限り彼女を狙って襲撃をしたという事なのだろう。だが、その狙われる理由が理解できなかったのだ。
シンヤの疑問に、クロエはゆっくりと口を開く。
「前に、神の言葉を聞ける人間がいるって話をしたことがあるでしょう?」
「うん。巫女みたいな人がいるって……。えっ?!」
「そうなの。リネットの事よ……。彼女は膨大な魔力量、希少な治癒魔法、巨大な結界を張れるほどの魔力操作ができて、神の声を聞く……。聖女と、そう呼ばれていたの」
「……聖女」
ただ神の声を聞けただけではない。
魔力で言えばクロエも人並外れた力を持っているのだが、その彼女と比べても、リネットの魔力は比べ物にならない程に高い。
その能力故に狙われ、攫われたと、そういうことなのだろう。
「特別な力を持っていても、リネットは傷つきやすい普通の子なのに……」
「……だが、実際にはその力を利用しようとする奴らはいる」
クロエの言葉を引き継ぎ、普段から寄せている眉をさらに険しくさせているリュートが言葉を繫げる。
先ほどの話を聞いただけでも、リネットの利用価値は測り知れない。だが、今のような滅亡に向かうこの世界で、誰がそんなことをするというのだろうか。
「あいつね……」
「そうだ。聖都のあの男であれば、今もリネットを狙っていてもおかしくはない。なぜこのタイミングで襲撃出来たのかはわからんが、可能性としてはあいつしかありえないだろう」
「聖都って、まだ機能している街でもあるってのか?」
珍しくクロエからも怒気が伝わり、場の温度が下がった気がする。聖都、名前からして街の名前だろうが、聞きなれない単語を聞きシンヤは疑問を口にした。
何万人も住んでいたであろう巨大な帝都の都市、その廃墟を思い出したのだが、いくら結界があるとはいえ屍人のいる世界で、巨大な都市を維持することが出来るのかと、そう思ったのだ。
「いや。聖都は元々、岸壁をくり抜いて作られた小さい都市だったが、大襲来以降、巨大な結界を作り、そこを聖都と呼んで、生き残った人間を集めている奴らがいるんだよ」
「生き残った人達を救済しているなら、いいところじゃないのか」
「そうとは限らん。奴らは一度中に入れた人間を決して外に出さない。俺達も何度か情報を集めようとしたのだが、結局中の事はわからずじまいだった」
「出さないって言ったって、外に出ない方がいいんじゃないのか? ……外にいるよりはましだろ」
結界の外で生きにくいこの世界で、少なくとも屍人に襲われない環境というのは、それだけで生きやすい場所ではないのだろうか。
一晩中屍人から逃げ続けたシンヤにはそう思えた。
「中がどうなっているかは知らんが、少なくともリネットが笑えるような場所ではないだろう。あいつはそんな統治が出来る程、まともではないからな」
吐き捨てるように話をするリュートの反応を見る限り、聖都には余程ひどい男がいるのだろう。
「そいつらに攫われた確証はあるのか?」
「……!」
黙って事の流れを聞いていたノエルが疑問を口にする。
言われるまでシンヤも気づかなかったのだが、確かに、今までの流れでリネット達が攫われたことは確実なのだろう。しかし、誰に攫われ、どこに行ったのか確証が無くては、時間と労力の無駄になってしまう可能性が高い。
「いや、確証は無い。だが間違いないだろう。俺達もこの周辺の街々の情報は集めていたからな。この近くで俺達を襲えるような戦力を持っている人間は他にいない。もし魔族だとしたら話を聞いた限り、リネットで無くクロエを狙うだろう」
「すまない。そういうことであれば問題はない」
「天使殿、他に気になることがあればいつでも聞いてください」
「私からは以上だ」
確たる証拠は無いが現状で考えうるのが、リュートの言う聖都の人間なのだろう。十数人もの武装している人間を襲って勝利しかつ、攫って行くのだ。野盗等が簡単に出来るのであればこの村とて、とうに襲われていたはずなのだ。
敵の目算もたち、本拠地も知れている。
あとは決めるだけ。
助けに行くか。
行かないか。
「すぐに助けに行きましょうっ!」
シンヤの言葉にクロエは即答する。
連れ去られた人々が心配なのか、その顔には焦りの色が張り付いていて、今すぐにでも飛び出してしまいそうだ。
「駄目だっ。今この状況で、誰を向かわせることが出来るんというのだ。この村にいる人々はどうする気だ? 戦えるものは少ないんだぞ」
「それはっ……」
「……それなら心配しなくてもいいぜ」
口ごもるクロエに助け船を出したのは、黙って話を聞いていた大男だった。腕を組みながら片目を開けて声を出す彼に視線が集まる。
「ゴルン?」
「ここにいる男共は荒くれものが多いが、実力は確かだ。少しばかり人数が増えたところでやることは変わらねえ。お前らが出てる間くらいこの手で守ってやるよっ」
この湖畔の村の長でリュートとも前から交流があったというゴルンという男は、椅子から立ち上がりその荒い言葉と共に机の上を、武骨な掌で叩くと、静まり返っていた室内に大きな音が響き渡った。
「……それはお前達に負担をかけすぎる」
「言ったろ? 世話になったんだ。それくらい出来なくてどうするよ」
「……すまん。恩に着る」
まだこの村に着て二日、救出に行くとなればリュートが出なければならない。何でも無い事のように口角を上げるゴルンに、リュートは頭を下げた。
「その聖都ってとこは、どれくらい離れてるんだ?」
「ここからだと、鳥車で東に数日といったところだな」
「よしっ、じゃあ準備しないとな」
シンヤはこれで話がまとまったと腰を上げる。早ければ早い方がいいのだからすぐに動こうとしたのだが……。
「シンヤは待っててほしいの……。わたしと兄さんだけで行ってくるから」
「何言ってんだよクロエ。相手は何人いるかもわかんないんだろ? こっちで動けるのはクロエ達以外じゃ、おれとノエルくらいしかいなんじゃないか」
気合を入れたシンヤに想定外の言葉が降ってくる。神妙な顔をしたまま座るクロエは両手を机の上に置き絞り出すように言葉を並べたのだ。まさか来なくてもいいと言われるとは思わなかず、驚いた表情でその場に固まるのだった。
「うん。……でも、危ない場所みたいだし、二人にはここで何かあった時の為にいてもらった方がいいと思うの」
「ちょっ……。ここはゴルンさん達がいれば平気だろ? それに危険な場所だからこそ、おれが何かの役にたてるだろ?」
「それでも今回は残ってほしい」
数日前の村の襲撃を乗り切れたのは、多少なりとも自分の力もあったはずだと思い反論するが、シンヤの眼を見返すクロエも引かない。
「いや、お前と天使殿にも来てもらいたい。正直、戦力は多い方がいい、ゴルン達も人手を割ける程の余裕は無い。……それにお前のあの力は使えるんだろう?」
「兄さんっ!?」
「あ、ああ、大丈夫だ。任せろっ」
横合いから意見を覆されたクロエは驚いたようにリュートに視線を移す。それはシンヤにとっても意外な言葉だった。
この半月程の出来事で、シンヤがただ弱いだけの人間ではないとリュートは認めていたのだろう。
「だが、相手は人間だ。この間のように腑抜けた事をされては迷惑だからな」
「うっ。……覚悟は、出来てるよ」
シンヤの脳裏に野盗との戦闘が思い起こされる。
あの時は人を殺すという忌避感を払拭できずにリュートに助けてもらった。また同じようなことになるのであれば、ついて来るだけ足手まといだと、そう言われているのだ。
覚悟をしなければならない。
人を殺す覚悟を。
出来なければ目の前の大事な人間を失うかもしれない。シンヤは胸中に渦巻く重い気持ちを押しこめる。
「兄さんっ! またシンヤを巻き込むのっ?!」
「こいつはもう自分で戦い、自分で判断できるだろう。あまり子供扱いしてやるな。……それに連れ去られたリネット達を救うには、少しでも戦力があった方がいい」
「大丈夫だよクロエ、無茶はしないから」
「……わかった。でも本当に無理はしないで、危なくなったら絶対に逃げてね」
リュートの言葉もあったのだろう。
だが、それ以上にシンヤの顔に現れている決意を見て、クロエは納得する以外に選択肢はなくなってしまった。
「大丈夫。おれがいた方が絶対にうまくいくからさ」
死地をなんどもくぐり、生き延びたシンヤには、これからも何とかなるという自信が、内から沸き上がっていた。
「私も同行しよう。神力の回復は芳しくないが、多少であれば力になれるはずだ」
今まで黙っていたノエルも同行を伝え、ここに居る四名で聖都に向かうことになる。
「すまない天使殿。ゴルンも村の人々を頼む」
「ああ、安心してくれ。ただし残った人にはしっかり働いてもらうからな」
「お手柔らかにな。彼等は漁等したことがないのでな」
「大丈夫だ。漁以外にもやることはたくさんある」
ゴルンは薄く笑うと、袖を捲し上げて二の腕を叩く、きっと力仕事が多いのだろう。そんな大男にしごかれるであろうこの村に残る男達を、シンヤは心の中で応援するのだった。
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