1章-48話 終わりの始まり
屋敷を見る視界の先に二体、周囲でも数体の屍人が地面から現れてくる。
「うわぁぁぁぁっ!!」
シンヤの耳に、近くで叫ぶコルトスの声が届く。地面から這い出た屍人の腕が彼の足を掴んでいたのだ。
即座に動くことのできたシンヤは、屍人の頭を思いきり蹴り上げる。まだ上半身のみの屍人は、その反動でコルトスの足を離す。
「あ、ありがとよ。あんちゃん」
「礼はいいから走ってっ」
ここに至っては、もう考えている時間は無い。シンヤはコルトスの手を引き立たせると、屋敷を見据える。
もう少し。
屋敷の扉は厚い。中に入ってしまえばそう簡単に屍人が入ってくることは出来ないはず。
この坂を登り切れば、もう屋敷に入る。
緩やかな坂は100メートルもない、もう目と鼻の先だ。そう思った矢先、シンヤは横を何かが通り抜ける感覚を感じた。
パンッ!
まるで風船が割れるような音が辺りに響き、次いでシンヤの顔に水滴がつく。
「あめ……?!」
一瞬空を見上げるが雨ではない。手で顔に触れてみると、それは血だった。
「……っ?!」
無意識に足を止め、その場で手に着いた血液を見て立ち尽くす。
音のした方に顔を向けるシンヤの目に、見てはいけない物が映り込んだ。
数メートル先を走っていたウォルマーだった物が、前倒しに崩れたのだ。
その身体には頭部が付いていない。
直後、前方からの爆風がシンヤ達を吹き飛ばす。地面を転がりながら受け身を取り、痛みを堪えてすぐに身体を起こし顔を上げると……そこにあるはずの希望が無くなっていた。
『落ち着け、落ち着くのじゃシンヤ、ここから離れるのじゃ』
シンヤの頭の中でアウラが何か喋っているが、何を言っているのか理解できない。
屋敷が無くなっている。
先ほどの爆風は屋敷が爆発したものだったのだ。あそこにいたはずのリネットも、セラも村人達も、屋敷もろとも……。
「あああああああああぁっ、うぁあぁあぁぁぁあぁっ」
現実じゃない、こんなのが現実であるはずはない。
認められない。
理解できない。
思考がまとまらない。
完全に日が落ち、いつもより薄暗い村の中、考えることが出来ず叫び声を上げるシンヤの視線の先には、数匹の屍人に腹を裂かれているコルトスが、隣では、その妻のレジーナが四肢を食われていく姿が映りこむ。
「あ……あ、……ち……」
「あぁっぁぁぁぁぁぁっっ!」
コルトスはシンヤを虚ろな瞳で見つめ、何事かその口から漏らしているが、腹を裂かれ屍人に貪られていて、何を言っているか理解できない。隣のレジーナもあまりの痛みのせいか、悲鳴をあげながらのたうっていた。
「コルトスさ、ん、……レジー、ナさん?」
視線をシンヤの元いた辺りに移すと、ウォルマーが首の無い姿となって横たわっている。屋敷を吹き飛ばした何かの巻き添えを受けたのだろう。
「ウォルマーさん……うぅぷっ!」
魔族と魔物はオルステイン達が引きつけている。シンヤ達を襲っているのは屍人だ。爆風で体勢の崩れたシンヤ達を次々と食らっているのだ。
そこかしらで、人が食われている。
ついてきてくれた戦士達も、残った村人も逃げようとするが、動いている者から先に襲われていく。
なんでおれは襲われていないんだ?
そんな疑問が脳内に出てくる。簡単な話、たまたまなのだろう。
まだシンヤ達の周囲には数匹の屍人しかおらず、立ち尽くしているシンヤよりも、逃げだした村人を先に襲っているだけに過ぎない。
ならば次はシンヤの番。もう他に動いている人間はいないのだから。
眼前の惨状を見て、頬を伝う涙と逆流してくる胃液が、シンヤにこの惨状を現実であると告げている。
「なにをしているっ、死にたいのかっ!」
振り返ると、ノエルが少し焦るような表情をして立っていた。
「っ……。あんた、なんとかしろよっ、あんたならできるんだろ? 助けろよっ!」
ノエルなら、魔族を容易く屠るほどの力を持つ彼なら、きっとこの惨状をどうにかしてくれるはず。屍人を滅し、死にかけた人々を癒し、全てを元に戻せるはずだと……。
「すまない。今の私には、ここの人たちを助ける事は出来ない」
シンヤの希望は簡単に打ち砕かれる。
顔を伏せ、言葉を絞り出すように話すノエルに嘘は感じられない。
「なんでだよっ。あんた天使なんだろっ」
ノエルの肩を掴み、揺さぶりながら嘆願する。周囲では今もなお村の人々が食われ続けていた。もうシンヤとノエル以外声を出している者はいない。
「あいつらを殺すには力が足りない。……今はここから逃げることを考えるべきだ」
ノエルの神力は、ここに至るまでにそれほど回復してはいない。たとえこの場にいる屍人を倒すことが出来たとしても、あとから湧き出る屍人達を殺しつくすことなど出来ないのだろう。
「それに……。私には、死した人間を生き返らせる力は無い」
「……っ!?」
震える顔で周囲に視線を向ける。
村人達の中に、生きている者は誰もおらず。肉を千切り咀嚼する音と、屍人の唸り声だけが辺りに響いていた。
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