1章-49話 決意の記憶

 動かなくなった人間に興味を無くしたのか、村人達を食い漁っていた屍人達が立ち上がりシンヤの方を向く。それを見たノエルはシンヤの腕を引き、家々の隙間に向け走る。


『いい加減に返事をせいっ。今しっかりせねば死ぬぞっ。まだあの小娘や小僧が生きておるかもしれんのに、こんなところで死んでよいのかっ?』


「……ク、ロエ?」 


 腕を引かれるままに走るシンヤの頭にアウラの声が響く、いや、ずっと声をかけられていたのだが、脳がそれを無視していたのだ。


 まだ生きている人間はいる。クロエやリュートはきっと戦っているはずだ。


『そうじゃ。まだそこかしらで戦闘音が聞こえておる。少しでも彼らの戦いを無駄にせん為に走るのじゃ。……それに、生きると決めたのじゃろう?』


 アウラが知らないはずの決意。


 今一番必要な思い。


 それを思い出したシンヤにようやく思考が戻ってくる。


 なんの力も無いよそ者に、クロエは生きていてほしいと言ってくれた。


 シンヤの生を望んでくれる人が生きているのならば。


 生き足掻かなくてどうする? 


 みっともなくてもいい。


 かっこ悪くてもいい。


 無様に生き抜こうとすることだけが、シンヤの今出来る事なのだ。


「ごめんアウラ、……ありがとう」


『気にしなくてよい。それよりも、生きるのじゃ』


「ああっ!」


 腕を引かれ走るシンヤは、俯いていた顔を上げ前を見る。細い家の合間を抜け、時折現れる魔物を蹴り上げながらノエルが道を切り開いてくれていた。


「もう平気なようだな」


「ノエルもありがとう。もう一人で走れる」


「礼なら指輪に言ったらいい。何を言われたかは知らないが、君の顔は先程迄と別物だからな」


 振り返るノエルが、シンヤの顔を見て声をかけてくる。掴んでいた腕を離し、少し走る速度を上げた。上手く撒くこと出来たのか背後には屍人の気配は無い。


「知ってたの?」


「最初からね。その指輪からは特殊な気配を感じていた。私の事をなぜか嫌っているようだが……」


『嫌いじゃよっ。天使はみな大嫌いじゃっ』


「ははっ……」


 まだ先程の光景が脳裏にこびりついてはいるが、今はそれを振り払い二人のやり取りに苦笑いする。この場に一人でいたならば、シンヤは死を選んでいたかもしれない。


 天使と指輪、人ではない二つの存在と、クロエ達の生存という希望が、シンヤに前を向かせた。


「それよりも正気に戻ったのなら、このあとどうするか考えなくてはならない」


「一旦森に入ろう。村の魔物達は魔族が呼び出していたから、森に入れば屍人の対応だけで済むはず……」


 シンヤの言葉は最後まで続けることが出来なかった。前を走っていたノエルが、家々の隙間を抜けたところで急に止まった為だ。


「森に向かうにしても、あれを抜ける必要があるようだな……」


 ノエルの背中越しに見えるのは、通りを歩く屍人の群れ、数は見える範囲で数十匹といったところだろう。


 逃げ遅れた村人の死体が見えるが、死体は損傷が激しく、遠巻きに見て、誰か判別することが出来なかった。


「……大丈夫か?」


「……なんとか。あまり見ないようにしていれば……」


 あの死体の中には、シンヤと言葉を交わした人もいるかもしれない。それを考えてしまうと、もう走ることが出来なくなってしまう。


 今は足元を見るのではなく、前を見るのだ。そうすることでこの状況を走り抜かなくてはならない。


「そうか。……どこの通りもこの程度の屍人はいる。となると、魔族や魔物がいた先ほどの場所よりは、幾分こちら側が良いだろう」


「良いって、どうするんだよ」


「簡単なこと。先ほど試したのだが、天使である私を屍人は認識しない。だが、攻撃を加えれば別なようだった。……今から森に向かう道にいる屍人を攻撃するから、君は私が作った道を進めばいい」


 確かに森を抜けるためには、挟まれるかもしれない家々の隙間を渡り歩くよりも、通りを一気に下った方が良いのかもしれない。そうするのならば、屍人と魔物と魔族その全てを躱すよりは、屍人しかいない様子のこの道がいいのだろう。


「なっ……!! そんなことしたらあんたが助からないだろ……」


「先ほども言ったが、私は大多数の屍人に認識されない。そして、神力が回復していないとはいえ、一人であれば逃げ切ることも可能だろう」


「でもっ!」


 言っていることは理解できる。ノエルは囮になるから一人で逃げろと言っているのだ。


 それはシンヤにとって受け入れがたい提案だった。


「確証はないが、君がこの世界に来たのは、私に巻き込まれたからだろう。ここから帰る術が無い以上、私は君を守る責務があると思っている」


「……っ!」


 確かに天界からの強制転移は、ノエルのいた辺りを起点に始まったように見えた。それにシンヤが巻き込まれたと考えるのは妥当なのだろう。


 さらに反論をしようとするが、ノエルが言うように、一人で行動した方が彼の生き残る可能性が増えるかもしれないと、シンヤは言葉を続けることが出来なかった。


「大丈夫だ。朝まで逃げ切ることが出来れば君は助かる。森の外でまた会おう」


「ノエルっ!」


 そう言い残し、黙るシンヤを置いてノエルは屍人の群れへと飛び込んで行き、次々と屍人をなぎ倒していく。


「今だ。行けっ!」


 村を抜ける通りにシンヤが通れるだけの道が開き、ノエルの声が届く。


『行くのじゃシンヤっ。チャンスを逃せばここから逃れる事は出来ぬぞっ』


「……わかったっ」


 アウラの声もあり、納得できない気持ちを押し殺して屍人の合間に出来た道を駆ける。シンヤを認識して動き出す屍人を、ノエルは殴り倒すが、屍人は頭を落とさなくては殺すことは出来ない。


 シンヤが村を出る頃には、倒れた屍人達が立ち上がり、ノエルを取り囲んでいくのだった。


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