1章-47話 死の匂い 後編
クロエ達をおいて逃げるわけにもいかず、逃げたところで屍人が襲い来るだけだろう。弱気な考えがシンヤの頭をよぎる中、村に近づくと、見えてきたのは醜悪な魔物達だった。
柵があるわけでもない村内には、見える範囲で数十の魔物が侵入していた。叫び声や建物が壊れる音がシンヤの耳に絶望を届けてくる。
『シンヤ、落ち着け、あの魔物どもの数はそう多くない。鳥車から降りて見つからないように進むのじゃ』
「ああ……」
シンヤの頭にアウラの声が響くが、上手く思考が出来ない。
「その鳥を荷車から外して逃がしてやるんだ。屍人は人間以外は襲わないと聞いた。我々から離れた方がその鳥は上手く逃げるだろう。我々もできるだけ魔物に気取られないように進もう」
まだ少し距離がある。
今のうちに鳥車から降りて、キロロを逃がすのだと、ノエルにも言われ、ようやく身体を動かすことが出来た。
キロロを荷車から外し、剣を鞘ごと取ると腰に取り付ける。
ゆっくりと気づかれないように進むと、オルステインと十人程度の戦士が通りにいた魔物を殲滅したところだった。
「オルステインさんっ!」
オルステインに近づきシンヤは声をかける。
「おおっ! シンヤか、無事だったようだな。そっちの男は……クロエ様が仰っていた天使だな」
「はい。そのクロエはどこに?」
「クロエ様は反対側に向かっていただいた。お前達は屋敷に向かってくれ、万が一の時の為に森を抜ける地下道を用意してある。セラもリネットも村人達も屋敷に向かっている」
「何が起こっているんですか?」
「お前達が来るほんの少し前、結界が急に消え、魔物の群れを率いた魔族が襲って来たのだ」
「……っ!? 抜け道があるなら、早く逃げないとっ!」
魔物の返り血で汚れた顔を拭いながら、オルステインは手短に説明する。魔族という言葉に、シンヤは帝都でみたクラプスを思い出し戦慄した。
リュートやクロエが二人がかりで倒せないような化け物が、今度は魔物を引き連れてきているというのだ。
その上もうじき日が完全に落ち、屍人が現れてしまう。
「だから、儂らがここを死守する。お前はウォルマー達と一緒に屋敷に向かえ」
「でも、魔族はリュートとクロエも勝てないようなやつらなんだろ?」
「何を言っているかわからんが、魔族ごときにリュート様が後れを取るわけがないだろう。儂らだって魔族の一匹や二匹、倒して見せるわ」
「帝都で襲ってきた魔族は、やばい奴だったんだよっ。リュートもクロエでも勝てなかったんだ」
「その話が本当だとして、そんな魔族が何匹もいてたまるかっ。……詳しく聞きたいが、今は時間が無い。早く行け」
オルステインの言うように、時間はもう無いようで、どこから湧いて出たのか、大型犬ほどの大きさの蛇やトカゲのような魔物が数十匹、通りに集まってきたのだ。
「シンヤさん、行きましょう」
目が見えなくなるほど白い前髪を伸ばした男、ウォルマーがシンヤの腕を引く。見ると彼以外にもコルトスやレジーナ、見知った顔が数人、こちらを見ていた。
「早く行け。おい、数人こいつらを屋敷迄連れてってくれ。他の奴らは儂と魔物狩りだっ」
「わかりました。さあ、行こう」
訓練で何度かあったことのある戦士が、三人ほどシンヤ達を連れて屋敷に向かう。オルステインも心配ではあったが、ここにいない子供達やセラやリネットのことが心配だったのだ。
「まだこんなに生きてるのねぇ」
唐突に女の声がした。
オルステインの頭越しに聞こえた声。
シンヤが振り返ると、影の中から女が一人出てくる。
魔族だ。
その特徴でシンヤにもすぐにわかる。女は帝都で襲ってきた魔族のように、浅黒い肌に深紅の瞳、そして一対の翼をもっていた。
違いは露出した肌とボディラインを強調された衣服、そして、ウェーブのかかった赤黒く長い髪だろう。
「ほんと人間って、いつ見ても気持ちの悪い生き物だわ。結界なんて面倒臭いものまで作ってくれて。さっさといなくならないかしら」
「……お前ら早く行けぇっ!」
オルステインの叫び声でシンヤ達は止めていた足を屋敷に向け動かす。
『あれはまずい、まずいのじゃ。シンヤ、あれにも欠片が入っておる。なぜこうも欠片を宿した魔族がおるのじゃ? そうそう適合なぞせぬはず……』
「はあ?! あいつも強いってことかよ? じゃあ手伝わなきゃ……」
『帝都でのことで勘違いしておるようなら言っておくぞ。お主が行っても足手まとい。邪魔にしかならんっ。いない方が余程彼らの生存率を上げるじゃろう』
「そんなことやってみなけりゃわかんないだろっ? 現に帝都で少しは役に立てたんだし、今回も……」
『状況が違うのじゃ馬鹿者っ。周りを見てみい』
遮るように怒鳴り付けてくるアウラの言葉を聞き走りながら周囲を見渡す。シンヤを含め十人が、村の中を走っている。屋敷に目を向けると、何人もの村人が中に入って行くのが見えた。
『彼らが守らなければならないのは、お主だけではない。屋敷に逃げ込んでいる幼い子供や戦えない女や年寄り、全てを守るためにあそこにいるのじゃ。お主が行って本当に助けになるのか? 魔物は多いぞ? わしが力を貸したとして、その後はどうする? 動けないお主を庇って何人が犠牲になるかの? その犠牲になった者が守るはずだった村人はどうなる?』
「……っ!!」
二の句がつけなかった。アウラにぶつけられた言葉は、まさにその通りだった。たまたま帝都で役に立てたからといっても、アウラの助けなしでは、あの場で戦っている誰よりもシンヤは弱いのだ。
「じゃあ、あのまま見捨てるのかよっ?」
「何と話しているかはわからないが、時間のようだ」
後ろを走るノエルが、独り言を言っているように見えるシンヤに、終わりの始まりを告げる。
今、この村に結界は無い。
それは屋外全てが屍人の発生しうる場所だということだった。
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