1章-46話 死の匂い 前編


 村への道中変わったことと言えば、クロエがノエルに対する質問を、荷車の中でしていたくらいだろう。


 アウラはほとんどシンヤに話かけることもなく、クロエが彼女の事を聞いてきた時も、答えることは無かった。


 六日間に及ぶ帰路は順調で、帝都に向かう時と違い、野盗に遭遇する事も無く、村のある森まで辿り着くことが出来。


 森の入り口に着いたのは日が傾き始めたころ、なんとか日が沈む前に村に着くことができたと、安堵していたが、違和感を訴えたのはリュートだった。


「空気が重い……」


「兄さん、どういうこと?」


 御者台の上でリュートが森を見据え呟く。


 森の中は前に通った時と比べて、あまりに静かなのだ。クロエはそんな呟きを聞きつけ、御者台に顔を出す。

 

「森も静かすぎる。嫌な感じだ……。すまないクロエ、鳥車を頼む。俺は先に村に戻る」


「えっ! 待って兄さんっ」


杞憂きゆうならそれでいい。お前たちはそのまま進め」


 御者台から飛び降り、走ろうとするリュートに声をかけるが、彼は足を止めず風のように走り、森の中に入って行ってしまった。


「大丈夫?」


「わからないの。いつもと森も雰囲気が違うし……。とにかくわたし達も早く向かいましょ」


 森に入っても村までは1時間近くかかる。


 リュートの速さであれば数十分といったところだろうか。先に行ってしまった彼を追うように、クロエは鳥車を進ませた。


『シンヤ、気を緩めるでないぞ。なにかがおかしい』


 数日ぶりにアウラの声が頭に響く、それは重々しい声色でシンヤの緊張感を煽る。


「なにがおかしいってんだよ? 確かに動物の鳴き声もしないけど……」


『覚えておくといい。そういう現象が自然の中で起こるとき、それは動植物が何かに警戒しているという状況じゃ』


 アウラの助言を実感することは出来ないシンヤだったが、30分程度進んだところで、ようやく違和感が訪れる。


 ……結界が無いのだ。


「結界が……ない?」


「う、ん……。いくらなんでも早すぎる。まだ1年近く持つはずなのに……」


「ってことは結界が縮んじゃったってことか?」


「わからないわ。最悪……。ううん、とにかく先を急ぎましょう」


 縮小されたのであれば、いずれ結界をくぐるだろう。が、いくら鳥車を進めても結界がない。


 不意に村の方角から微かに爆発するような音が、シンヤ達の耳に届いた。


「……っ! ……シンヤ、ごめん。わたしも先に様子を見に行くわ。屋敷にまでいけばオルステイン達もいるから、屋敷に向かって」


「あ、ああ」


 森の違和感。


 結界の消失。


 そして爆発音。


 クロエはシンヤ達の傍を離れるか迷うように沈黙した後、先に行くと告げた。異変の起こる村に、一刻も早く向かいたかったのだ。


「大丈夫。こっちにはノエルもいるし。最悪逃げるだけならなんとかなるから」


「私の力もあまり回復出来てはいないが、身を守るくらいなら役に立てるだろう」 


「……ありがとう。行ってくる」


 まだ迷っている様子のクロエを見て、シンヤは安心させようと声をかける。荷車で黙っていたノエルも、顔を覗かせて言葉を重ると、少しは安心出来たのか、クロエは振り向かずに村へと駆けていった 


 ノエルと鳥車に残されたシンヤは、キロロの手綱を慣れない手つきで握り進ませる。


 もう日が暮れる。


 木々の隙間から見える空を赤く染めていた太陽の光も、徐々に黒へと塗り替えられていく……。 


 不安はあるが村には、ロニキスを含め戦える人間が十分にいるし、リュートとクロエも向かったのだ。


 大丈夫。


 自分にそう言い聞かせ鳥車を進ませると、村の入り口が近づくにつれ、聞こえてくる爆発音が大きくなってくる。


「よくない匂いがする……」


「匂いって……なんだよ」


「死臭だ」


 森が開け村が見えてくると、荷車の中でノエルが口を開く。


 もうすでにシンヤにも、最悪のイメージが浮かんでいるのだが、認めたくない。


 視界に映るのは一ヵ月程過ごした村、その姿は遠目で見ても、記憶の中の物とは変わっていた。


 村に至るまでの田畑は、収穫前の実った作物のそのほとんどが無残にも倒され、何者かに踏みつぶされている。爆発音がするたびに、村から白煙が上がり、家が壊されていくのがわかった。


「急いだほうがいい。あそこで何が起こっているのかはわからないが、もう死者が起きる頃だろう」


 不安を煽るつもりは無いのだろうが、ノエルの言葉でシンヤは先に進むのが怖くなる。


 日が沈みかけ、赤黒く染まる空が、なぜか血のように思え身がすくむ。


 村はもう目と鼻の先、この田畑を超えればすぐだが、行きたくない。


 シンヤを守ってくれていた村が、今はなにか別の場所に見えたのだ。



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