1章-45話 好奇心
昨夜と同じように宝物庫に入り夜を越す。違いは天使が増えたことと、シンヤの傷だろう。
魔力の回復したクロエに、再度治癒魔法をかけてもらったのだが、リネットの魔法と違い、全て治るわけではない。痛みは無くなったが裂けた皮膚の傷は少し残るようだった。
「クロエ、ごめんな。おれを庇って怪我させちゃって……」
簡単な食事をすませ、シンヤはクロエに謝る。魔族が復活した際、身がすくんでしまった為に、彼女を窮地に追いやってしまった事に対しての謝罪だ。
「あれはしょうがないよ。首がもげてるのに生き返るなんて、誰も思わないわよ」
「クロエを危険な目に……」
「いいの。そんなこと言ったら、シンヤこそ逃げてって言ったのに戻ってきちゃって、死ぬところだったんだよ」
「それは……」
「だからこの話はお互い様でおしまい。ノエルさんのおかげで助かったし、協力もしてもらえる。帰ったら忙しくなるわ。シンヤにもいっぱい手伝ってもらうからね」
「ははっ、お手柔らかに頼むよ」
クロエは笑顔を浮かべながら話をしていて、いつもより機嫌が良いように見える。目標である理の修復が目に見える形で前進したことで、希望が見えてきたからだろう。
そんな可憐な笑顔を浮かべるクロエを見て、シンヤ自身もまた、明るい未来を創造して心が熱くなった。
「そういえば、ノエルさんは元の天界に戻る方法に心当たりはないんですか?」
「私にも今回の転移に心当たりが無い。せめてこの世界の神に会うことが出来れば可能性はあるのだが……」
「となるとやっぱり神様の封印ってやつを解かなきゃノエルも困るわけだ」
天界で現れた次元の扉、その原因はノエルにも不明なようで、クロエの質問にも答えることが出来ない。世界間をまたぐ問題には、神の知識に頼る以外にはないようだった。
「そういうことだ。まずは理を修復して、次に神の封印だ。その為には、君達に協力するのが一番なのだろう」
「落ち着いてるんだね。おれは一度死んじゃってるから、別に元の世界に戻りたいとかはもう思わないけど、ノエルはさすがにまずいんだよね?」
「私も早く仕事に戻らなければと思っている。ただでさえ人員不足の天界では、今頃代わりをあてがうのに四苦八苦しているだろうしな」
シンヤにとってみれば元の世界に戻ったところで、生まれ変わるだけだ。つまり今のシンヤでは無くなってしまう。せっかく肉体を持ってこの世界にいるのだから、人間の滅亡さえ回避出来れば、ここで生きていくことに問題は無い。
だが、ノエルは焦る様子もなく淡々と話しをしている。天使という存在は人間とは感覚がずれているのか、シンヤには心配しているのは仕事の事だけのように感じた。
「天使の身体ってどうなっているんですか?」
唐突に話を切り替えて、ノエルに話かけたのはクロエだった。食事中も彼の方を、覗き見るようにしていた彼女は、耐えきれなくなり行動にでたのだ。
「翼は出せないと仰っていましたけど、現世に物質化するためには神力で構成されるんですか? その身体自体もどのような形で受肉されているのですか? 天使を直接目にするのは初めてなんですけど、天使の輪は実際にはないのですか? 天使の寿命というか存在していられる時間とか、生誕の際はどうなっているのか? 睡眠は必要なのか? 先ほどは食べられませんでしたが食事は? 摂らなくもよいのであれば身体の維持には何を使われているのか? 知りたいですっ!」
「ク、クロエ、さん……」
「す、すまないが、一つずつ答えるから少し落ち着いてくれないか」
まくし立てるように早口で質問をするクロエは、昨夜のアウラの時よりもさらに身を乗り出すようにしてノエルに迫る。そんな彼女の反応に驚きながらも、ノエルはなだめるように言葉をかけた。
「すーー、はーー、すーー、はーー。……はい、落ち着きました。ごめんなさい、天使に質問できる機会がくるなんて思っていなかったので……それで教えていただけるんですか?」
「ぜんぜん落ち着いてないんじゃないか……」
「ゆっくり質問してくれ、これからしばらくは行動を共にするのだ。答えれることであれば全て答えよう。……ただしこちらの世界の天使とは違うかもしれないがね」
深呼吸をしたクロエだったが、好奇心が全面に出すぎていて、話し方こそ戻ったものの、目はまだ獲物を逃がしてはいないようだった。
「明日も早いのだろう? 今日は一つだけで頼む」
「……では、天使や神、悪魔は死することはあるのですか?」
「……肉体の死ということであれば、神域の者達が死ぬことは無い。肉体が極度に損壊した場合でも、天界に戻って新たな器に入れば、元のように活動できる。だが、魂を消滅させるほどの事があれば、それが私達にとっての死になるだろう」
「そうですか……。ありがとうございます」
先ほどまでの好奇心に満ちた表情ではなく、真面目な顔で質問するクロエにノエルはゆっくりと話をする。それは神の領域にいる者たちを滅することが出来るのか、という質問に置き換えることもできる問いだ。明確な方法はわからずとも、滅ぼすことは可能だという答えに、クロエは満足したように頭を下げた。
そして、シンヤ達は快適とは言い難い、湿気た部屋で床に就くのだった。
◆ ◆ ◆
「アウラ、おいアウラ」
シンヤは他の皆が寝静まったのを見て小さく声を出す。
『なんじゃ、シンヤ?』
「なんだよいるんじゃないか」
『いるもなにも、わしは指輪におるのじゃ、いなくなったりはせん。……心配でもしてくれたのか?』
「そういうわけじゃないけど、どうしたのかと思ってさ」
『……別にいいがの。それで何か用か?』
ノエルが現れてから声が聞こえなくなっていたアウラを、シンヤは心配して声をかけたのだが、つい心配していないと答えた後の反応は、まるで拗ねているようだった。
「なんで今まで黙ってたんだよ。何回も声をかけたんだぞ」
『昔から天使は嫌いじゃ。あいつらは傲慢で横暴なナルシストの集まりじゃ。声も聞きとうないから、耳を塞いでおったのじゃ』
「耳って、アウラ耳ないじゃんか」
『物の例えじゃ。聞こえないようにはできるでの』
「ノエルは別に傲慢って感じもしないけど、それに話も、おれが伝えなきゃできないだろ?」
アウラの言う天使とノエルのイメージが結びつかない。シンヤから見たノエルはそっけないが、頼りがいの兄のような感じだろうか。
『それでも嫌なのじゃ』
「まあいいけどさ。それよりも昼間はお前のおかげで助かったよ」
『いいところは全部あの天使に持って行かれたがの』
天使の話はよほど嫌なのか話が進まないので、昼間の話をして礼をしようとするが、先ほどの延長でまだ拗ねているのかアウラは冷たく答える。
「そう言うなって、お前もいなかったらおれは死んでた。だろ?」
『そうじゃな。無鉄砲なお主は、策もなく飛び込んで死んでおったな』
「だからその感謝だよ」
『ふん。別にお主の為ではない。わしの声が聞こえる代わりがおらぬと、わしが困るからじゃよ』
分かりやすい照れ隠しのような言葉、声しか聞こえないアウラだが、どういうわけか、その存在はシンヤの心に安心感を与えてくれていた。
「それでもさ。お前のおかげで死ななかったんだ。……ありがとう」
『気にするな。わしは、わしだけは間違いなくお主の味方じゃからな』
シンヤの真摯な感謝の言葉に、アウラもまた真剣な声で答える。
明日も朝は早い、村に帰れば自分に出来る事もある。村を出るまでは訓練の為に、あまり手伝えなかったが狩りでも畑仕事でも、手伝えることはたくさんあるだろう。
今日襲ってきた魔族もいるみたいだが、天使が味方になったのだ。ゆっくりと強くなっていけばいいのだと、そう思いながらシンヤは眠りにつくのだった。
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