1章-32話 野盗 後編




 遅い。


 シンヤがそう思えるほど、男の動きはロニキスどころか、訓練で相手をしてくれた人達に比べても、遅かった。


 その斬撃を、シンヤは怯む身体に鞭を入れ、自身の剣で受け止める。たが、直後に正面から飛んできた蹴りに対処できない。


「ぐうっ」


「おいおい、ど素人じゃねえか」


 痛む腹を抑えるが剣は落とさない。剣を手放すのは逃げる時だけだ。シンヤは目の前の敵を睨みつけ、気合を入れなおす。


 次々と飛んでくる剣に合わせて打ち合う。その度に剣が欠け、刃零れしていくのが見える。男の分厚い剣の重さにシンヤの剣が耐えられていないのだ。

 

 自分が有利だと確信したのか、男は下卑た笑いを受けべながら、大きく剣を振りかぶる。


 押されているシンヤよりも、相手の方が身体も大きく力も強い、剣の腕も男の方が上なのだろう。


『剣ってのはすぐ壊れる。真っ向から打ち合えば耐久の低い方が折れる。当たり前だが頭に入れとけ、打ち合うんじゃなく、打ちいなす、だ……。そっちの方が剣が痛まない上に相手の意表をつけるからな。……まあ、簡単にできりゃ苦労しねえんだけどよ』


 ロニキスに言われた言葉を思い出し、相手の動きをよく見る。男はシンヤが弱いと油断している。動きは遅く、その動作は大振りだ。


 シンヤは息を浅く吐くと剣を水平に打ち上げる。


 落ちてくる剣が当たる瞬間、剣身を斜めに引くと、力任せに振るった男の剣は目的地を見失い地面を叩く。


 チャンスだ。


 大きく隙の出来た男にシンヤは剣を振るう。標的は首だ。何度も何度も振るう練習をした、人の首を断ち切るイメージ。


 人を殺す。


 出来るはずだ。出来なくては自分が、大事な人達が、死んでしまうかもしれない。

 

 やれっ。生きるために。殺せ……。


 シンヤは刹那の間に男の顔を見る。驚愕で顔を強張らせ、必死に剣を持ち上げようとしていた。このまま剣を振り切れば男は死ぬだろう。


 首を切り落とせなくても、少し深めに刃が入れば殺すことが出来る……。


「くそっ」


 剣を振るう腕の力を途中で抜き、上体をそらして剣を引いた。剣筋は男の首からはずれ、肩を切り裂く、無理に剣を引いた為か、シンヤは態勢を崩してよろけてしまう。


「がぁっ!!……てめえっ!」


 右肩を浅く切り裂かれた男は怒りで目を血走らせ、シンヤを蹴り倒すと、手に持った分厚い剣を振りかざしてシンヤを狙う。


 殺せなかった。覚悟はしていたはずなのに、シンヤはすんでで剣を引いてしまった。


「死ねやぁっ!」


 大声を出す男の剣がシンヤに迫る。失敗したと後悔しながら目を瞑るが、痛みは来ない。


「……情けないな。初めて見た時となにも変わっていない」


 目を開けると男の胸から白刃が生えていた。倒れ伏す男の背後にはリュートが立ち、シンヤを見ている。


 初めて会った時に矢で狙われた時と同じような立ち位置だ。


「違うっ。少し油断しただけだっ」


「そうか? 俺にはお前が殺されるそうになっているように見えたが……」


「う……」


「偽善的な心は捨てろ。覚悟の無い弱者は死ぬだけだ」


 リュートの言葉にシンヤは二の句がつけず押し黙る。助けが入らなければ、あの分厚い剣で切り裂かれていたのだから。


「次はうまくやる。あと……ありがとう」


「次は助けんからな」


「わかってるよ」


 立ち上がり周囲を見渡すと、5人いたはずの男達は、最初に腕を切られた男と、目の前で胸を刺されている男以外、全員首を落とされていた。


 その光景に顔をしかめるシンヤだったが、あまり見ないようにして女の治療をしていたクロエに近づく。


「その人は?」


「……ダメ。もう持たないわ。傷が深すぎて、わたしじゃあ治せない」


 シンヤの言葉に、顔を伏せがちにしてクロエは答える。女の腹部には大きな血の染みが広がっていて、その顔にはもう生気を感じ取れない。


「……あ、り……が、とう。……もう……ころ、し、て……」


 自分でももう助からないことを悟ったのだろう。女は擦れる声でクロエに訴えかけていた。


 その女を近くで見ると。長い間ひどい扱いを受けていたのがわかる。顔や腕、その全身に傷や痣が残り、食事もまともにできなかったのか、身体は痩せ細っていて肌もぼろぼろになっていた。


「そうだ! リネットのところまで連れて行けばっ」


「村に居るリネットのところまでどれくらいかかると思っている? その女はもってあと1時間程度だ。……もう間に合わん」


 自身も死ぬ寸前のところをリネットに癒してもらったのだ。彼女を思い出してシンヤは言葉を絞りだす。だが、もう村を出てから半日程度立っている。クロエが治療しながら戻ったとしても間に合わない。


「でもこの人、せっかく逃げれたのに……」


「よくあることだ。法などない結界の外で生きている者にとってはな」


 目の前で人が死ぬのだ。つらい思いをした人間が、あと少しというところで死んでしまう。


「ほら、他に方法があるかも……」


「そんなものはないっ! いい加減、花畑なその頭を切り替えろっ」


「……っ!!」


 リュートに怒鳴られ、息を飲み込むシンヤは、呼吸をするのもつらそうな女を見て、その場に座り込んだ。


「見たくないなら、あっちに行っていろ」


 そういうとリュートは自身の剣を鞘から引き抜く。


 横目でシンヤが動かないのを確認すると、リュートは女の心臓を剣で突き刺す。徐々に呼吸は止まっていき、目から生気が失われるが、その顔には穏やかな笑顔が浮かんでいた。


「つらかったね……。ごめんね。間に合わなくて……。ごめんね」


 女の傍らに座るクロエはその冷たくなった顔に手を伸ばし、開かれたままの瞼を閉じさせる。


 静かに涙を流すクロエを見て、シンヤは身体を動かすことも目をそらすこともできなかった……。


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