1章-31話 野盗 前編


 シンヤが来た時の道とは違い、少し開けた獣道を鳥車はゆっくりと進んでいく。サスペンションなどない作りなのだろう。荷台は衝撃をダイレクトに車内に伝えてくる。


『荷台はとても揺れますので、しっかりと荷物は固定しておいてください。あまり揺れるからといってクロエ様に抱き着いたりしませんように……』


 などと冗談めかして言っていたセラの言葉は本当だった。あまりに揺れるので隣のクロエも、荷台に固定されているロープをしっかりと握り、身体が跳ねないようにしている。シンヤは抱き着く以前にそれどころではなかった。


「森を抜けるぞ……」


 リュートの声が聞こえたすぐ後、うす暗かった鳥車に光が差す。


 一月ぶりの森の外、来た時と変わらず草原が広がっていて、そよ風がシンヤの頬を撫ぜる。鳥車が舗装されていた道に出ると、少しは揺れも収まり、一息入れることが出来た。 


「ねえシンヤ、鳥車は初めてって言ってたよね」


「うん。おれの世界にも馬車っていう乗り物があったけど、乗ったことはないよ」


「それじゃあ御者台の方に乗って、兄さんに教えてもらったら? 兄さん教えるのすごく上手なんだよ。わたしも兄さんに教えてもらったの」


「え……っ」


 ゆっくりと進む鳥車の中でクロエの提案に、シンヤはとても嫌そうな顔で言葉に詰まる。


「兄さんもいいでしょう? シンヤが御者出来た方がいいと思うの」


「断る……」


「なんでよ兄さん。別にいいでしょ。お願い」


 シンヤの顔も見ずに話を進めるクロエは、リュートへ声をかけるが、すぐに断られる。


 クロエは諦めず御者台に近づくと、リュートの肩に手を置いてもう一度頼んだ。


「……しょうがない。嫌だが、お前が言うならやってやろう」


「リュートさん、それはチョロいんじゃないですかね?」


 あっという間に丸め込まれるリュートを見て、シンヤはため息をもらした。


 シンヤが嫌がる理由は、リュートが未だ苦手である以外にも理由がある。鳥車の御者台は少し広めの設計ではあるが、基本一人が座るように作られている。男二人が座ろうとすれば明らかに狭いのだ。


「ほらほらシンヤ。良いって、兄さんの隣に座って」


「いや、ちょっ、あそこ狭いだろ」


 クロエは、乗り気になれないシンヤの手を引くと御者台へと押し出す。仕方なく隣に座るがリュートとだいぶ密着する形になった。


「ほら座れたじゃない」


「ちっ……」


 満足そうなクロエに対し、リュートはすごく嫌そうに舌打ちをする。


 文句を言おうとするシンヤだったが、嬉しそうに笑う彼女を見ていると、素直に従うしかなかった。


 それからしばらくは、眉間に皺を寄せたままのリュートに手綱を渡され、鳥車の扱いを教えてもらいながら進んだ。


 空は青く、草木が綺麗な緑だ。そんな、のどかな風景が流れていく。人類が滅びゆくなど、この光景を見ていると、嘘ではないかと思えるほど平和だった。



      ◆     ◆     ◆



「きゃーーーっ」


 森を出て半日ほどたっただろうか、唐突に悲鳴が聞こえた。


「兄さんっ」


「わかっている」


 荷台に座っていたクロエが、御者台に顔をだし、リュートに声をかける。


 シンヤが握っている手綱を奪い取ると、リュートは悲鳴の聞こえた方向へ進路を変えた。


「あれは?」


「野盗だな」


 聞こえていた喧騒の元にたどり着くと、5人ほどの男と、倒れている女が見える。


「貴様ら、なにしているっ」


「なんだ、てめえらは?」


 リュートは鳥車から飛び降りると集団の中に歩いていく。5人の男達は毛皮で作った服を身に着けているのだが、遠目でもわかるほどに女の姿は無残な状態だ。


「こちらが先に質問をしているんだが」


「見てわかるだろ? 遊んでるんだよ。ほら、この女も楽しそうだろ?」  


 リュートの質問に倒れている女を無理に立たせながら、男は下卑た声で答える。腕を捕まれ、立たせられた女の足元からは、血が流れ出ていた。


「シンヤも行ける?」


「お、おうっ」


 女の姿を目にしてクロエは鳥車を降りる。初めて見る彼女の怒りを含んだ目に、シンヤは気圧されてしまいながら返答する。


 ロニキスの訓練は魔物を想定したものだったが、対人戦も教えてくれていた。シンヤは震える手を抑え、自身の剣を取るとクロエに続く。


「おっ、女もいるのか。今日は幸運だな。一人逃がしそうになったと思ったら、もう一人釣れたぜ」


「違いねえ。なあ姉ちゃんも遊ぼうぜ。楽しくよ」


 下品に笑う男共を見て、この終わり行く世界でこいつらは何をしているのだろう。必死で守ろうとしている人達がいる一方で、こいつらのような奴らもいるのだ。そう思うとシンヤに沸々とした怒りが込み上げてきた。


「乱暴なことはしねえから一緒に来いよ」


「……見るまでもないけど、どうしようもない嘘をつくのね」


 一人の男がクロエに近づいてきて、肩に手をかけようと伸ばしてくる。


 一閃。


 リュートの剣が抜かれると同時に男の手が宙を舞う。


「汚い手で妹に触るな」


 クロエの隣で血糊を振り飛ばすと、リュートは他の4人を睨みつけた。


「ぎぃやぁぁあぁぁっっ!」


 軽い音を立てて腕が地面を転がるまで、誰も口を開くことはなく、そのすぐ後に響く男の野太い悲鳴で静寂は切り開かれた。


「てめえ、せっかく穏便に殺してやろうとしてたのに……。やっちまえっ。ただし殺すなっ。後で痛めつけてやる」


 男たちは武器を抜くと、シンヤ達に襲い掛かってきた。腕を抑えて蹲っている奴を除いて相手は4人、シンヤも教えられた通り、剣を中段で構えると一人を相手にする。


 シンヤよりも一回り大きい体躯のその男は、分厚い剣を片手で握り、いきなり振り下ろしてきた。

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