1章-30話 村の外へ
おおよそ一月が過ぎ、出発の日が来た。
この一月でシンヤは毎日、戦闘訓練とサバイバル訓練をこなしている。実感はあまりないのだが、避ける、逃げるということに関してだけはロニキスにも合格点をもらっていた。
最初に考えていた身体強化の魔法に関しては、魔法の才能がないのか上手くいかず、練習したものの、実用できるレベルでの習得はできなかった。
「あまり無理すんなよ。お前には剣の才も魔法の才もねえんだから」
そうロニキスに言われるほど、シンヤに剣の才能は無かった。実戦でどれほど使えるかはわからないのだが、最初に感じた剣を振ることに対する忌避感もほとんどなくなり、あくまで最低限だがやれることをやったという形だ。
今回、村の魔石の調達ということでの遠征。
普段遠出をクロエ達がすることはない。村の柱であるクロエやリュートが長期間、不在になることが無いようにしていたからだ。
しかし、行先が帝都のキシリア城、宝物庫というので、城の中を熟知しているクロエと、道中で天使の足跡を調べるためにシンヤ、そして絶対に自分が行くと言い張ったリュートの三人で向かうことになったのだ。
往復で半月程はかかる旅程を、たったの三人で向かうことへの不安はある。
だが、村の警備やなにかがあった時の為に、村の高戦力である二人以上に、人数を割くわけにはいかなかったのだ。
「シンヤ準備は出来た? 飲み水や着替えも袋に入れたよね? あっ、セラがくれたお弁当はこっちにあるからね」
屋敷から出て、村の入り口まで来るとクロエは、まるで出来の悪い弟に忘れ物の忠告をするかのように口を開く。
「クロエ、大丈夫だよ。言われた荷物は全部詰め込んだし、他の必要な物は全部セラさんが用意してくれてるから心配ないよ」
シンヤの言葉通り、朝方セラに用意された荷物を一つずつ確認して詰め込んだのだ。二週間分の荷物になるので、両手はもちろん背中も、いっぱいになった荷物袋で塞がっている。
「しばらく帰ってこれないから、忘れ物のないようにね」
「そうだな。しっかり荷物持ちとして活躍してくれ」
そう言うリュートとクロエは、荷物を持っておらず手ぶらだ。シンヤが三人分の荷物を持っているわけではないので、シンヤはどうしてなのかと首をひねる。
「俺達は鳥車に積み込んであるからな」
「えっ、ずるくない?」
「ごめんね。シンヤが挨拶して回るって出ちゃう時に言いそびれちゃったの」
シンヤは出発の前にオルステインやロニキス、村の人々に挨拶をしてから出ようとクロエ達が準備するよりも前に屋敷を出ている。朝からずっしり詰まった荷物袋を抱えた状態で村を歩き回っていたのだ。
ただ、ほとんどの村人は、クロエ達の見送りをするために屋敷に来ていたので、ロニキスを探して村を歩いただけになったのだが……。
「それでその鳥車っていうのはどこにあるの?」
「あそこよ」
クロエが指した先、木の陰にシンヤのイメージする馬車が止まっているのが見えた。
大きく違うのは荷車を引いているのが馬ではなく鳥というところだろう。
その体躯は馬より少し大きい、容姿はその名の通り鳥に見える。一番近いのはダチョウだろうか、首が長く、毛に覆われた身体には翼らしきものも見えた。
「鳥……だよね。あれは飛んだりするの?」
「飛ばないね。アーヴィていう種類で名前はキロロよ。ああ見えて足も速いし力も強いの。ここでは昔から荷車を引くのはこの子達なのよ」
鳥車に近づいて荷車に荷物を乗せる。興味を引かれたシンヤはそのままキロロに近づきそっと頭に手を伸ばす。
「あっ、ダメっ!」
「いってぇぇぇっ!!」
頭に触れようとした時クロエの制止の声が響くが、すでに遅くシンヤの手の甲めがけてキロロは嘴を落とす。
刺さるほど力を込めていなかったのか、シンヤの手は赤くなりはしたものの傷になるほどではなかった。
「ふっ……馬鹿な奴だ……」
痛がるシンヤを見てすでに御者台に座るリュートが笑う。
「ダメだよシンヤ。アーヴィは知らない人にはそう簡単に懐かないのよ。少しづつ信頼作りをしなきゃ触らせてくれないわよ」
「痛い……もう少し早く教えて……」
シンヤはひりつく手を擦りながら、クロエの注意に悪態をつく。
「勝手に触ろうとしたのはシンヤでしょ。わからないことは勝手にしない。いい?」
先ほどもそうだったのだが一月前の夜以来なぜかクロエはシンヤを完全に弟扱いしている。家族のような扱いに、シンヤは嬉しい反面、年下のクロエに子供扱いされているようで、気恥ずかしい限りだった。
「もういいか? そろそろ行くぞ。夜までには中継地点まで行かないと屍人に食われる」
リュートに言われ二人は鳥車に乗り込む。シンヤが出発前に村の方を見ていると、走ってくる人影が見えた。
「クロエ姉さまーっ。待ってください」
大きな声を上げて走ってくるのは、リネットだった。
「はぁ、はぁ。クロエ姉さま。……これを持って行ってください。必ず役に立つはずですわ」
息を切らせて三人に駆け寄るリネットがクロエに手渡したのは、小さな白い石の嵌まったブローチだった。
「魔石よね? これ」
「はい。前にクロエ姉さまが持ってきたものを加工しておきましたの。短い時間、一度だけですけど、これで結界を張れますわ。時間が無くて一つしか作れなかったのですけど……」
結界を張るには通常、魔石と術者が必要なのだが、それを携帯できる大きさで作るには大変な労力だっただろう。
「……ありがとうリネット」
一つだけとはいえ、結界を張る道具を用意してくれたリネットに、クロエは素直に喜ぶ。
「それではリュート兄さま、クロエ姉さま、シンヤさんも、道中どうかお気を付けていってらっしゃいませ」
「ああ、任せておけ」
「行ってくるね」
「行ってきます」
スカートの裾を摘まんで優雅にお辞儀をするリネットに、シンヤ達はそれぞれ声をかけ、村を後にするのだった。
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