1章-29話 訓練



 起きてすぐに朝食を食べ、練兵場に向かう。


 昨日ロニキスに来るようにと言われたからだ。と言ってもシンヤはロニキスの言葉を最後まで聞くことが出来ずに、リネットに教えてもらったのだが。


 日の光の世界を照らし始めたばかりで周囲は少し薄暗い。すでに起きていたセラに無理を言って朝食を用意してもらって掻き込むように食べた後走ってきたのだが、どうやらまだ誰も来ていないようだ。


 はやる気持ちを抑えきれないシンヤは、少し身体を動かしておこうと準備運動を始める。


 そうこうしているうちに村の戦士達が続々と集まってきた。


「おっ、昨日隊長にやられてた奴じゃないか。身体は大丈夫か?」


「お前中々根性あるな。きつかったろう」


「今日から訓練か、がんばれよ」


 先に来ていたシンヤに声をかけると、戦士達はそれぞれ訓練を始める。


「あの……、ロニキスさんはまだこないんですか?」


「ああ、あの人ならいつも遅いぞ」


「いつもはどのくらいに来るんですか?」


「だいたい昼前にはくるんじゃないか?」


 いつまでたっても現れないので、近くを通った人に声をかけ聞いてみる。


 朝食を食べたら来いと言っておきながら、自分は遅く来る、まるで働いていた時の上司のようだと気持ちを下げるシンヤだった。


「おぉー。来てるじゃないか小僧」


 ロニキスが来たのはそれから一時間ほどしてからだろうか。悪びれもせずシンヤに声をかけてくる。


「ロニキスさんっ。朝来いって言っておいてどんだけ遅いんですか。もう昼前ですよっ」


「うるせぇ、朝から騒ぐな。朝飯食ったらって言ったろ? 俺はいつも朝飯食うのはこのくらいの時間なんだよっ」


 待たされ、いつ来るのかと不安になっていたシンヤはロニキスに噛みつくが、当の本人は気にした様子もなく持論をぶつけてきた。


「それはもう昼ご飯ですっ。俺日の出からここにきてるんですよっ」


「まあ落ち着けって。ちゃんと教えてやるからよ。ちょっとそこで待っとけ」


 ロニキスは訓練中の戦士達がいる方に向かって行き話をする。どうやら訓練の指示をしているようだった。


「おう、待たせたな。ちょいと場所を移動するぞ」


 移動した先は村のはずれ森の中だった。


 結界が縮小したとはいえ、まだまだ結界内の森は広く、鬱蒼とした木々の生えている場所まで連れてこられたシンヤは、そこでただ走ることを指示される。


 ロニキスが言うには、シンヤに足りないのは、戦う技術より前に生きる術だという。


「ようは先読みだな。危険を避け、敵の攻撃を躱し、逃げ延びる。どんなに頑丈な人間でも魔物の一撃で命を落とす。だから一発でも貰ったら終わり。そう思え」


 足場の悪い森の中を走り、時折ロニキスが何かを投げてくる。当たれば転倒し足が止まってしまう。


 ある程度慣れてきたら次は重い荷物を背負って同じ訓練を続ける。


 一日が終わるころには全身が擦り傷や痣だらけになる。普通の怪我と違い、筋肉痛も治癒魔法で癒してしまうようなので、訓練中はリネットに治してもらうわけにはいかない。毎日続く身体の痛みと闘いながら訓練を続ける、そんな日々が続いた。



    ◆      ◆      ◆



「ほらよっ」


 訓練を始めて数日、いつものように練兵場にくると、珍しくロニキスが先に来ていていて、シンヤに一振りの剣を渡してきた。


「これは?」

 

「次の段階だな。……武器の扱いを教えてやるよ」


 木剣とはあきらかに違う。鉄でできているであろうその剣は、ずしりと重くシンヤの手にのしかかった。


 両手で剣の柄を握り持ち上げると、こんなものを振り回して戦えるのだろうか? そんな疑問がシンヤの頭を過る。


「持ったこともねぇんだったよな。しっかり握っとけよ」


 ロニキスに言われて正面に剣を構える。次の瞬間には鈍い音とともに両手に衝撃が走り、気づけばしっかりと握っていたはずの剣は、宙を舞って少し離れた地面に落ち、両手には痛みと痺れが残っていた


「な? しっかり握っとけって言ったろ?」


「痛い……です」 


「がははははっ! そりゃあ痛てえだろうよ。ただな、逃げねぇと決めたんなら、絶対に武器を手放すな。戦闘中の武器は剣であり盾だ。相手の攻撃をそらし、はじき、防ぐ。手放したら避ける以外の選択肢が無くなっちまうからよ」


 シンヤは痛みと痺れの残る両手を見つめ、ロニキスの一連の動作を認識することすらできなかったのが悔しかった。

 

 そんなシンヤを見て大きな声で笑うロニキスは、真剣な顔で語り掛ける。それは争いごとのない世界で育ったシンヤにとって、頭で理解するには時間のかかる言葉だった。


「ほら、拾って来いよ。習うより慣れろって言うだろ?」


 考えを見透かされたのか、両手を見つめたままのシンヤに、ロニキスは早くしろと促す。


 改めて剣を正面に構えるシンヤを相手に、ロニキスは武器だけを狙って攻撃する。今度は弾き飛ばさないように加減して。


「ほい右、左、ほらほら、木剣じゃねえんだ、当たったら切れちまうぞっ」


 必死で攻撃を捌いているつもりのシンヤだが、実際はロニキスに踊らされているだけだった。


「お前、死にてぇのかっ?」


「げふっ……」


 徐々に速度の上がる剣戟に、剣を取り落としてしまうと、蹴りが飛んでくる。どうやら武器を取り落とすと拳やら蹴りが飛んでくるらしい。


「剣を落とすな。相手の攻撃を予測して捌くんだよ」


 ここ数日で地面に転がるのにも慣れてきたシンヤだったが、別に痛くされたいわけではない。しかし、何度やっても武器を落として、自分が転がるという流れは変わらなかった。


「外にいるやつで、お前の剣が通用するような雑魚はほとんどいねえ。だがそいつを扱えるようになっときゃあ、お前が死ぬ確率をちいとばかし減らすことが出来るだろうよ。まっ、転がってるばかりじゃあ、なんの訓練にもならねえがな」


「くそおぉぉぉぉっ!」


 そう言いながらシンヤを地面に転がすロニキスは、とても楽しそうに笑う。


 地面に両手をついて立ち上がるシンヤは、その表情を驚愕に変えてやろうと何度でも立ち上がるのだった。


 そして日々は過ぎていく……。


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