1章-26話 研究所 前編


 シンヤの自室から出て、広間を越えた反対側にクロエの研究室はあった。


 中に入ってみると、研究室とはよく言ったもので、シンヤの学生時代の教室ほどの広さに、多数の机が並べられ、その上には多少歪ではあるものの、ガラスでできたビーカーや試験管のような物まで置いてある。


 部屋の周りには多数の本棚が並べられ、入りきらないのかその周囲にも本が積み重なって山のようになっていた。


「研究者ってほんとなんだ‥‥‥」


「失礼ね。見たらわかるでしょ?」


 クロエの見た目の印象と研究者というイメージが違うので、シンヤは目の前の学者然とした部屋を見て初めて納得する。


「見た目で分からなかったからびっくりしてるんですけど……」


「もう、ひどいなぁ。昨日言ったのに全然信じてなかったんだ」


「ごめん、そうじゃないんだけど‥‥‥。でも、すごいね。ここにある本どうやって集めたの?」


「外の大きな街にはもう人は住んでいないから、そこから持ってきたの」


 山積みの本は一朝一夕に集められるような量ではない。きっと危険を冒して外に出る度に持てる量を何年もかけて少しづつもってきたのだろう。


「大変だったんだね」


「そうねここまでの量を集めるのには苦労したわ。兄さんなんてこんなに持って行っても意味ないだろとか言って、一冊一冊内容が違うんだから全部必要な物なのにひどいでしょ?」


「う、うん」


 クロエは頬を膨らませて兄に対する不満を口にする。その勢いにシンヤは相槌を打つことしかできなかった。


「でも、結局一番必要な事はどの本にも書いていないの。邪神と魔族と‥‥‥天使のこと」


「天使? そういえば神様や邪神なんかもいるんだから天使もいるんだよね」


 天使という新しいワードを聞いて、ノエルを思い出したシンヤはその言葉に反応する。


「神々や天使、邪神も、もういないのよ」


「え? 邪神も? てっきり邪神がこの世界をこんなにした奴だと思ってたんだけど?」


 邪神が魔族を生み出したとウォルマーから聞いたので、大襲来の起こりも全ては邪神が手を下したと理解していたのだが、クロエの言葉で邪神はもういないという。


「前に話したけど神々は5年前に封印されてしまった。天使も同様にね。ただ邪神は記述によると数千年前にいなくなっているの」


 数千年と言えば、人類と魔族が争っていると聞いた期間だ。


「これを見て。これはある遺跡から発掘されていたものなの」


 考え込んでいるシンヤを余所にクロエは机の引き出しを開け、布にくるまれた物を慎重に取り出す。


 布を解くと中には一枚の石板が出てくる。それは片手で持つことが出来る大きさの少しひび割れたものだった。


「読めないんだけど‥‥‥というよりもこの世界の文字は読めないです」


「不思議、言葉は分かるのに文字は分からないのね。でもこれに書いてある文字は今は使われていない古代文字で書かれているの」


 シンヤは渡された石板に目を通すが、当たり前のように読めない。当然だ、この世界の文字すらわからないのに古代文字など読めるはずもなかった。


「古代文字ってのは、普通の人にも読めないってことでいいのかな?」


「うん。解読したからわたしは読めるけどね。‥‥‥この石板にはこう書いてあるの」


 自慢気に胸を張るクロエは手に持った石板を読み始める。


 かつて邪神と呼ばれる神がいた。


 邪神は神も人も憎み、全てを滅ぼそうとした。


 その力は天を裂き、地を焦がし、海を干上がらせた。


 神々は邪神の力を脅威として戦いを挑む。


 その戦いは百年と長きにわたった。


 強大な力をもつ邪神も神々との長い戦いで疲弊し倒れる時が来た。


 しかしその魂を抹消すること叶わず、再生する魂を破壊し封印した。


「この石板に書いてあることが真実かはわからないけど、少なくとも今、邪神がこの世界にいないことは確かよ」


 読み終えるとクロエは石板を大事そうに布にくるむと机の中にしまった。


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