1章-25話 何気ない会話
シンヤがリネットと打ち解けることが出来、たわいない話をしていると部屋の扉を叩く音が鳴る。
「シンヤ、入るわよ」
扉が開き入ってきたのはクロエだった。彼女が部屋に入ってきて最初に見たのは、シンヤとリネットが楽しそうに話をしている姿だった。
「いつのまに仲良くなったの? リネットはあんなに怖がっていたのに」
「ごめんなさいクロエお姉さま。お話してみたらシンヤさんとても良い人でしたので」
「だからそう言ったじゃない。シンヤは良い人だよって」
「そうなんですけど、知らない人とお話するのはやっぱり怖くて‥‥‥」
人見知りで人と話すことが苦手ないリネットが、特定の人以外と笑いながら話せるのは、クロエが知る限りそう多くない。
「でも楽しそうで良かった。それとシンヤ、わたしとの約束ほっぽって大怪我したって聞いたけど‥‥‥元気そうね」
「いや、それはロ二キスさんに鍛えてもらいに行ってただけで、怪我もリネットに治してもらえたから」
朝シンヤを研究所に誘った時、やることがあると断られたクロエは、先ほどセラから彼が怪我をして運ばれたと聞きいて、急いで来たのだが見た所、大きな傷も無いようで安心していた。
「リネット、あんまり甘やかしちゃダメよ。絶対シンヤは調子に乗るタイプなんだから、治るからって平気で怪我するようになるわよ」
「はい。先ほどもう治さないって約束をさせて頂きましたわ」
「いや、リネット? それ条件つきだったよね?」
調子に乗りやすい男だという不名誉な言葉に傷つきつつも、リネットの治療拒否宣言にシンヤはせめてもの抵抗を入れる。
「知りませんの。クロエお姉さまが仰ったことが正しいのですわ」
「それはひどいよリネット」
「冗談ですわシンヤさん。でも条件を破ったら本当に治しませんからね」
そう言って口元に手を当てて笑うリネットを見て、シンヤは話し始めの彼女が嘘のように感じられた。
初対面でのリネットは関わること自体に恐怖を抱いていたようで、シンヤが聞いた死んだら治せないという言葉からも、関わらなければ人の死を悲しまなくていいという、彼女の本心が現れていたのだろう。
「それは、はい。気を付けます」
シンヤは打ち解けられたことに喜びつつも、リネットに迷惑を掛けないようにしようと思うのだった。
「ふふっ。本当に仲良くなったのね」
そんな二人のやり取りを見ていたクロエも、素直に喜び、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ、朝は断られちゃったけど、このあとわたしの研究室に来ない? シンヤにはもっとこの世界の事知っておいてもらわなきゃだし、ただ夜にはウォルマー達が来るから急がないとなんだけど‥‥‥」
「朝はごめん。よければお願いしてもいいかな?」
「わかったわ。リネットも来る?」
今朝予定されていたクロエの研究所見学ツアーも、シンヤが練兵場に行くという事で中止になっていたのだが、訓練自体が明日からになった為、改めて行くことになった。
「ごめんなさい、クロエお姉さま。お誘い頂いて嬉しいのですけど、この後はセルバ様のところに行かなくてはいけないので‥‥‥」
「そっか残念ね。じゃあシンヤ、行きましょう。リネット、また後でね」
用事があるので行けないリネットを置いて、クロエはシンヤの腕を掴み、部屋を出ようとする。
「ちょ、とまって、クロエさんっ!?」
「どうしたの? 早く行くよ」
掴まれた腕に柔らかい感触を感じて、シンヤは一気に顔が熱くなる。そうとは気づかないクロエは腕を引いたまま歩き出した。
「大丈夫だって、引っ張らなくても着いていくから‥‥‥。あっ、リネット、今日はありがとうっ」
腕を引っ張るクロエに、仕方なくそのままの体勢でついていくシンヤは、最後にリネットに声を掛ける。
「いえ、こちらこそありがとうございました」
その言葉に返答をくれたリネットの声は、部屋を出ていくシンヤの耳に最後まで届かなかった。
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