1章-3話 知らない国
「……っ!!」
驚いて声のした方を見ると、1人の男が弓に矢をつがえ、シンヤを狙っていた。
男は濃い栗色の長い髪をオールバックにしていて、鼻も高く彫りが深く顔立ちも整っており、とても日本人には見えない。殺気立った様子で、こちらを弓矢で狙い、緊張からかシンヤは蛇に睨まれた蛙のごとくその場で硬直してしまう。
「おまえここで何をしているっ!」
「ちょっ、ちょっとまって、まってっ!! 俺はあやしくない、あやしくないです」
ここに来てから初めて人を見るが、明らかな敵意に狼狽え、自然と声が震えてしまう。
「怪しいだろ。こんなところに一人でいる人間がまともなわけもないが……」
「待って兄さん!」
弦を引き絞る音がして、殺されると、頭をとっさに守ろうとした時、女の声が広場に響き、呼び止められた男の後ろから、髪の長い少女が近づいてきた。
「クロエ、なぜ止めるっ! こんなところに一人でいる奴なぞ、野盗か魔族かのどちらかだっ。始末しておいた方がいいっ」
クロエと呼ばれた少女は、シンヤの前まで走ると、庇うように両手を広げる。
「ダメだよっ。だれでも殺してたらお母さん達を殺した奴らとおなじになっちゃう。せめて話を聞いてからにしてあげてっ」
男の怒声にも負けず、クロエは声を張り上げる。
重苦しい緊張の漂う中、動くことも言葉を発することもできず、シンヤは唯々判決を待つ罪人のような面持ちで、固まっていることしかできなかった。
そんな空気も、クロエの真剣な眼差しに負けた男の声で破られる。
「わかったっ。嘘しか言わん愚か者ならすぐにでも殺す、それでいいなっ」
「ありがとう兄さん」
そう言うと男は、つがえていた矢をおろした。礼を言うクロエの横を通り抜け、男はシンヤに近づくと、今度は腰に差してあった剣を引き抜き、シンヤの首元に突き付ける。
「聞いた通りお前が嘘をつかない限り、命だけは助けてやる。……お前は誰だ?」
「ひぃっ……」
「兄さんっ! そんなに殺気出してたらなにもしゃべれないでしょ、怖がってるじゃないっ」
先ほどよりは、幾分威圧感の少ない声で言い放つ男だったが、眼前に突きつけられる刃の光にシンヤは息を呑み込みばかりで言葉がでない。
その様子を見ていたクロエは呆れたように口を開き、納得いかない様子の兄を下がらせると、いまだ尻餅をついたままのシンヤの前にしゃがみこんだ。
「私の名前はクロエ、兄の名前はリュート。ごめんなさい、ここは私達の住んでいた村なの。魔物や野盗に荒らされたりするから、知らない貴方を見て兄さんが勘違いしちゃったみたい。大丈夫? 怪我とかしてないかな?」
兄のリュートも整った顔をしていたが、妹であるクロエもシンヤの短い人生の中で、一度もお目にかかることのなかった美しい少女だった。
腰まで伸びた艶のある淡い栗色の髪の毛を一つにまとめ、ゆるく三つ編みにし背中に流している。
そんな彼女の澄んだ青空の様に吸い込まれそうな碧眼に見つめられ、シンヤは緊張しながらもなんとか言葉をしぼりだす。
「いえ……、大丈夫です。実際何もされてないですし」
クロエの顔が近すぎてついつい目を泳がせてしまう、その反応を目ざとく見つけ、リュートがすかさず反応する。
「お前、やはりやましい事でもあるのかっ」
「兄さんは黙っててっ、話が進まないからっ! ……あっちに行っててっ」
クロエは怒鳴りこむ兄の背中を押し、離れたところに追いやる。そんなやり取りを見て先程の緊張感がシンヤの中で薄れていくのを感じた。
「本当にごめんなさい。真面目なだけなの、許してあげて」
「いえ、本当に大丈夫ですから、俺の方こそなんか勘違いさせちゃったみたいですみません。俺は上野木シンヤっていいます」
クロエが戻って来るなり頭を下げるのを見て、いきなり殺されることはなさそうだと安堵し、自身の名前を告げる。
「カミノギシンヤ? 変わった名前ね。見た感じ、この辺りの人間じゃないみたいだけど」
「あ、上野木が苗字でシンヤが名前です」
眩しいばかりの笑顔でクロエは座ったままのシンヤに手を差し出す。目の前の華奢な手を見つめ、顔を赤くしながらその手をとると、一気に立ち上がる。気さくに話しかけてくれる彼女の背後から、不機嫌そうに睨みつけてくるリュートが見え、シンヤはすぐに握ったままだったクロエの手を離すのだった。
「苗字? 家名のことかしら? この辺りの人間で家名を持ってるのは貴族くらいだけど」
「家名であってるとおもいます。貴族? 貴族っていうと、あの中世とかにあった地位とかのことですか?」
「えっと、よくわからないけど、貴族は数年前まで、この辺りにもあった階級のことだけど、シンヤのいた国にはなかったの?」
「えっ、ないですけど……。あの、ここってどこなんですか?」
クロエからの質問には聞きなれない単語がいくつも出てくる。困惑して答えるが話が食い違っているのか理解が追い付かない。
目の前の少女は何を言っているのだろうか? 国? ここは日本じゃないのか?
そんな疑問が次々と浮かび上がってくる。
「この辺りは元サンリアル公国の、ウェール伯爵が治めていた村の一つ。でも今は誰も住めないんだけどね。ってそんなことも知らないって、本当にどこからきたの?」
「サンリアル……公国?」
聞いたことのない国の名前を聞き、その後の彼女の問いかけは耳に入らなかった。
シンヤの脳内では、数時間前の事が思い起こされていたからだ。
なぜか見知った公園と、シンヤを死んだと告げた天使ノエル、そして自分を飲み込んだ黒い影、ノエルが影に飲み込まれる前に何と言ったのか。
……『っ、次元の扉だとっ』……
日本とは明らかに違う土地、知らない国名。
シンヤの思い描く次元の扉といえば、アニメ等の物語に出てくる異世界への扉。
全てが現実であるというのならば、死んだはずの自分がなぜ生きているのか、一緒に影に飲まれたノエルはどこにいるのか、次々と湧いてくる疑問に答えは出てこない。
「……ねぇ、シンヤ?」
反応のないシンヤの肩を揺らして、声をかけるクロエ。
「あ、すみません、少し考え事をしてて。……あの、地球って知ってますか? アースでもテラでもいいんですけど」
これだけは聞いておかなくてはならないと、クロエの青い瞳を見つめながら祈る気持ちで問いかけた。
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