カクヨムドリと花の種
奈古七映
花とトリの村
山にかこまれたちいさな村のおはなしです。
もさもさ雪の降る冬の朝、道ばたで泣いている女の子がいました。
「こんなに寒いのに、いったいどうしたの?」
おとなりのお兄さんが、お家から飛び出して女の子のところにきました。小さいころから妹のように可愛がっていたので、心配してくれたようです。
「おっ、お父さんが……」
女の子はしゃくりあげて泣いているので、うまく言葉が出てきません。
「しかられたの?」
お兄さんは女の子の頭や肩にかかっていた雪をやさしくはらいながら聞きました。
「ううん、ちがうの」
女の子は息をすってはいて、涙をごしごし手袋でぬぐい、お兄さんの目をじっと見上げます。
「お父さんが種をカクヨムドリにあげてしまったの。お母さんが残してくれた大事な種なのに……」
話すうちに女の子の目にまた涙が浮かび、ぽろぽろとこぼれ落ちました。
女の子のお母さんは前年の秋のおわりに、病気で亡くなってしまいましたが、たくさんの花の種を女の子に残していったのです。
「春になったら種をまいて、お花が咲いたらお母さんのお墓に見せにきてちょうだい。そして秋になったら種をとっておいて、また春になったらまくのよ」
お母さんはそう言って、大きな袋いっぱいに花の種を残しました。
「お母さんのかわりに、花たちがあなたを見守ってくれるから」
それで女の子は、お母さんからもらった種を大事にしていたのです。
「お父さん、鳥のエサ買いに行けなかったの。雪がひどくて……なにも食べさせるものがなかったから、仕方なかったのかもしれないけど、でも、お母さんの種をあげてしまうなんて」
女の子のお父さんは、カクヨムドリを何羽も育てていて、卵やひな鳥を売って暮らしをたてている鳥飼いでした。
雪がひどくてエサを買いに行けなくなったお父さんが、やむをえずお母さんの種に手を出してしまったのは、カクヨムドリは一日でもエサを切らすとしんでしまうからです。
それは女の子もよく知っていましたが、どうしてもゆるせなくて悲しい気持ちになり、お父さんとケンカして家を出てきてしまいました。
「そっか……残念だったね」
お兄さんはかける言葉に困って、女の子をぎゅっと抱きしめました。
「とりあえず、このままじゃこごえてしまうよ。ぼくの家においで。熱いスープがあるから、飲んであたたまろう」
女の子はこっくりうなずき、お兄さんの家についていきました。
やがて雪はとけて、春になりました。
女の子のお父さんは、冬のあいだあたたかい小屋に閉じこめていたカクヨムドリを、おもての囲いに放ちました。
カクヨムドリは飛べない鳥です。
そのかわり、ずっしり重くて栄養たっぷりの卵を産みます。
「お母さんのおかげで助かった」
お父さんはほっとした顔で鳥たちをながめました。
その目は亡くなった妻のことを思って、涙にぬれています。
目のはじには、芽を出したばかりのたくさんの植物がうつっていました。
「あの子は甘えん坊さんだから、この母が死んだら何もしないで泣いてばかりいるかもしれないわ。
でも、春になったら種をまいて、花が咲いたらお墓に見せにきて、秋になったら種をとってと頼んでおけば、言いつけを守ろうとがんばってくれるでしょう。
一年二年と繰り返すうち、少しずつたくましくなっていけると思うの。
それにこの花々は、あの子のなかに豊かな気持ちをはぐくんでくれる。つらい時や悲しい時は、きっと私のかわりになぐさめてくれるはずよ」
妻の言葉を、お父さんは娘にいつか伝えようと思っていました。
でも、その前に冬がきて、いつもよりとても寒く、雪がひどく降って、町への道が通れなくなってしまったので、村の男たちが総出で、みんなが飢えたり凍えたりしないように、必死でがんばらなくてはいけなくなったのです。
お父さんも冬中ほんとうに、娘とゆっくり話すひまもないほど大変でした。
だから、カクヨムドリのエサがないことに気がついた時、飢え死にしそうな鳥たちを前にしてあわててしまい、娘にひと言の相談もなしに、お母さんの残した種をあたえてしまったのです。
娘は泣いて出ていきましたが、おとなりの家でしんせつになぐさめてもらったようで、何日かたって落ち着いてから、お父さんのところに帰ってきました。
お父さんは「ごめんよ」とあやまりました。
「カクヨムドリがみんな元気なら、それでいいよ」
女の子はお父さんから、お母さんの言葉を聞いて涙をながしました。
「これからはカクヨムドリがお花だと思って、がんばってお世話するね」
「そうか、ありがとう。助かるよ」
それからふたりは一緒に鳥小屋をそうじしました。
冬のあいだためておいたカクヨムドリのふんは、とても良い肥やしになります。畑にまくために遠くから買いにくる人もいます。
この年は、そのふんのなかに消化されなかった花の種がたくさんありました。
(もしかしたら、ここから花が咲くかもしれない)
お父さんはそう思ったのですが、もし咲かなかったら娘がガッカリすると思い、だまって畑にまいて春を待つことにしました。
そして春、期待どおり花々は芽をだして、すくすく育ちはじめたのです。もうつぼみをふくらませている花もありました。
「よかった……ほんとうによかった」
「お父さん」
ふり向くと、女の子がにこにこ笑って立っていました。前の年よりうんと大人びて見え、お父さんは(いつのまにこんなに大きくなったのだろう)と思いました。
「お母さんのお花、咲いてくれそうだね」
「知っていたのか?」
お父さんはびっくりしました。
「うん。となりのお兄さんが教えてくれたの。鳥のふんから花が咲くことがあるって」
女の子はほんのり赤らめたほっぺに手をあて、まじめな顔でお父さんを見ました。
「ねえ、お父さん。わたし、お嫁にいってもいいかな?」
「えっ!?」
「おとなり同士なら、カクヨムドリのお世話も今までどおりお手伝いできるから」
お父さんは目を白黒させました。
「いつのまにそんなことに……」
「わたし、お兄さんとなら幸せになれると思うの」
女の子はうふふと笑って、目の前の花のつぼみを指でつつきました。
「お兄さん、ちゃんとお父さんにお願いにいくって言ってたけど、わたしが先に話しておきたかったの」
とつぜんのことに戸惑ったお父さんでしたが、怒ったりせず、結婚をゆるすことにしました。
夏になって、色とりどりの花が咲くなかで、女の子は村のみんなに祝福されて、幸せな花嫁さんになりました。
春にカクヨムドリのふんを買っていった人たちのところでも、きれいな花が咲いていることでしょう。
秋になったら種ができて、また人や鳥にはこばれて遠くへひろがり、何年も何年もたったら、そのうち世界中でお母さんの花が咲くようになるかもしれません。
カクヨムドリが冬ごもりをする頃、お父さんを手伝って鳥小屋をととのえるお兄さんのたのもしい姿がありました。
お嫁さんになった女の子はどうしているのでしょうか?
「ほら、見える?」
小さい巾着袋をかかげ、彼女はゆりかごをやさしくのぞきこみました。
「お母さんのお母さんが残してくれた花の種よ」
つぶらな瞳で見あげているのは、生まれたばかりの赤ちゃんです。
「あなたが大きくなるまでには、大きな袋いっぱいに増やしておくから、一緒に種をまこうね」
夏になったら、村をたずねてみるといいですよ。
カクヨムドリとたくさんの花々が、あなたをやさしくむかえてくれると思います。
お土産はもちろん花の種……どんな花なのかって?
それはひみつ。
いってみてのお楽しみです。
おわり。
カクヨムドリと花の種 奈古七映 @kuroya-niya
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