小さな悪意

瑞多美音

小さな悪意


 街では日々、小さな悪意の種が拡散される。ちょっとした嘘だったり、意地悪……嫉妬や羨望、恨みや憎悪かもしれない。

 それはどんどんと広がりやがて人々の中に根付く。

 その種は根付いても花をつけることがなかったり中には大輪の花を咲かすこともある。

 これは小さな悪意が引き起こした出来事。


 はじまりは俺の住む小さな部屋で起こった。たったひとつの嘘からだ。


 「俺、彼女できたわ」

 「……え、まじか」

 「おう、向こうから告られた」


 ーーほんとは嘘だ。自分から告白した。


 「で、どんな子なの?」

 「ほら、前にお前が遊びに来た時ちらっと電車で見かけたことあるだろ?あの子だよ」

 「……え?」


 ーーほんとは知ってた。友人が好きな子だって。だって、友人の彼女を見る目が物語っていたから。メラメラと燃えるような瞳。


 まさかこのことがあんな大きな事件につながるなんて思ってもいなかった……


 成績も身長も顔だって敵わない友人……通う大学も俺が落ちた所で大学へ行ってから雰囲気が変わり余計に差が開いた気がしていた。

 ほんの少しの悪意があっという間に取り返しのつかないことになっていった。


 この時にはすでに友人の中に悪意の種が根付いていたのだろう。



 その後も会うたびに彼女の話をした。彼女のこと話すたび友人にこれだけは勝ったという優越感に浸れたから。でも、いつからか……友人の目をまっすぐ見れなくなった。


 ーーその目に嫉妬以外の感情が見えたから。


 大学は別でもそこそこ仲良くしていた友人が変わったと感じたのはいつからだろう?

 彼女への気持ちより、友人への恐怖が勝り彼女と距離を置き別れた。

 次第に友人とも会う機会が減り、彼女とのことを言う間もなく事件が起きた。


 友人が彼女を刺したという事件だ。

 

 事件後、全てを知った。大学どころか高校の頃から彼女のストーカーをしていたって。

 一時期はおさまった行為がエスカレートしたのはきっと俺の嘘からだ。

 そのせいで彼女は死んだ。彼女の親友も重傷を負った。友人はその場で自殺したらしい。元彼の友人がストーカーだったと知れ渡り俺は大学を休学した。


 俺が嘘をつかなければ……

 俺が怖くなって逃げ出さなければ……そばにいれば殺されたのは彼女じゃなかったはずだ。

 俺が……俺が……

 ああ、そうか。俺の中にも悪意の種はあったのか。あいつみたいに悪意を拡散することはなかったけど、確かに芽吹いていたようだ。友人に彼女のことを話すたび少しずつ育っていたのだろう。

 もう取り返しはつかない。きっと、これからも悪意の種はそこら中で拡散されていくのだろう……


 事件後のある日、手紙が届いた……それは友人からだった。


 そこにはすべてが理路整然と書かれていた。彼女との出会いから俺のこと、最後の決意まで。そして最後にこの手紙を警察に届けるなり握りつぶすなり俺に任せると書かれていたのだ……これを警察に届ければ俺のしたことが判明してしまう。


 俺は手紙を握りつぶした。事件が大きく報道されネットでは被害者の元彼で犯人の友人として今も叩かれている。この手紙が公になればどうなるか……きっとこれは友人からの俺への復讐なんだろう。手紙を届けても届けなくても一生残る傷を俺につけるという復讐。それは成功だった。



◆ ◆ ◆



 事件から数年が経っても友人の墓には行っていない。行ってどうしろというのだ。

 毎年、命日の前の日に彼女の墓の元へ……命日にはとても行けない。彼女の家族に合わせる顔がないから。事件後、葬式に行った際も彼女の家族も俺を責めなかった。

 ようやくストーカーから抜け出し、幸せに暮らしていると思っていたところの事件だったらしく……憔悴しきっていたからかもしれない。


 そして命日はある病院へ行く……俺のせいで何も知らず突然事件に巻き込まれた彼女の親友のところへ。

 彼女の親友の山野さんは学食で彼女と一緒にいたために目の前で親友が殺され、自身も深い傷を負ったのだ。

 事件後、すべてを知り精神を病んだ。ほとんどの時間を空想の世界で過ごしているらしい。

 時々、正気に戻っては事件を思い出しまた自分の世界へ戻っていくという。


 でも、山野さんは俺が顔を見せると必ず


 「消えろぉおおお!お前のせいで梨奈は死んだっ」

 「わかってる」

 「わかってない!お前があいつを止めなかったからっ」

 「俺のせいだ」

 「梨奈じゃなく、お前が死ねばよかった!」

 「ああ、そうだな」

 「お前がっ!お前がっ……」


 山野さんは医師に止められるまで叫び続ける。俺を見ると正気に戻るけど、その目は憎しみに満ちている。当然だな……俺はこの瞳を見るためにきているようなものだ。自分の罪を忘れないため、風化させないために。


 毎月、見舞いへ来ても会えるのは年に1度だけ……以前は毎月のように会えていたが山野さんの体調を考慮した医師により半年に1度に減り、年に1度になった。

 それも来年は許可されないかもしれない。毎回、医師に忠告されるけど……彼女の見舞いに来るのは俺と彼女の家族だけだから仕方なく許可してくれているのが現状だ。


 俺は一生ひとりで罪を償い続けるつもりだ。それがたとえ偽善だと言われても……

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小さな悪意 瑞多美音 @mizuta_mion

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