散種

Wakei Yada(ぽんきち)

散種

 お母さん、今私はウェブサービス『拡散する種』を運営しているよ。世界中のありとあらゆる写真のデータが共有されていく。でもその写真の中に、世界の宝石の写真は少しもないよ。宝石だけは、大切にされて、取られないようにひっそりと置かれている。その宝石とは、蔵の底に秘められた、手付かずの書物のこと。書物だけは、人間の力だけでは、何万年経っても完全な電子化が難しかった。地球上の全物質を監視する装置が作られたけど、それによって宇宙からの干渉も明らかになってしまったから。特にジャック・デリダの『散種』という本については、まだ多くの謎が残されたまま。


 印刷の濃さを少し薄くして書き送るね。お母さん、さっき、『散種』の解読が終わったよ。でもその内容の表す真実は、ただひたすら虚無へ、事象の無へ、ということだった。だから私の書いたものも、だんだん消えていくよ。お母さん、お母さんお母さんお母さん、マミーがマミーミイラになっても、マミーはずっとマミーのままだからね。世界の究極の真理への到達は、世界そのものを究極的に消し去るためにあるんだってこと、私はもうずっと前から気付いていた。それなのに手を出してしまったの。お母さん、ごめんなさい。


 印刷の濃さをさらに薄くして書き送るね。お母さん、お母さんお母さんお母さん、あなた、あなたあなたあなたあなたあなた、彼女、どうかしてしまったのかしら、ええ、私はどうかしてしまったのよ。もう、私が私なのか、私が誰なのか、私じゃないのかもわからない。きっと、音楽みたいに素敵な時間が流れているに違いないんだけど、どんな音楽かって? ジュディ・ブリッジウォーター? ボブ・ディラン? ヴァン・ヘイレンは純文学じゃない? もうゲスの極み乙女の『私以外私じゃないの』だっていいのよ。世界には、私に見えていない世界があって、それで充足しているのよ。私はただ何もないそのための世界に向けて、ただひたすら、ただ無意味に、延々と書き続けているのよ。


 お母さん、もうこの文字が見えないと思うけど、私はもう私さえもが写真の一部になって、配信されているのを見ているわ。私の自殺の瞬間を克明にとらえた、『美しい死』という写真は、データバンクの中に残るように、私の方で機械を設計して上手くいくようにしてあるわ。だからお母さん、私の身体を受け取って。死ぬ前に、私の身体を引き継いで、私の記憶を引き継いで、私よりも永く、永く生き続けて。私からのお願いはそれよ。真理は、人が生き流れ、生きながらえるためにあるのだから。


《《》》 data.10102098130189401805398010940198038012830198019840198041980598104812481001401012380983019480294801980195091501984018940198401924801980918059109510901480123890193801890148014808198402801982409128049128049183091830912804918049182049104........永遠の永遠のために、永遠に続くデータに私はなっていくわ。私は数字にしか見えない存在になってしまったわ。ありとあらゆる速さが、私を置いていくわ。私にとっては、世界は宝石の写真と一緒。本物をどうしても掴み取りたくて、掴み取れない。そんな途方もない世界よ。

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散種 Wakei Yada(ぽんきち) @yuichiminami

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