三節 君の隣なら

日本書紀・古事記などの文献や埴輪等に証される姿で、美豆良(みづら)と言うヘアスタイルに、衣は筒袖、ゆったりとしたはかまを着け、綺麗な首飾りを身に着けた、男にも女にも見える整った顔立ちの青年、その腰の剣へと視線を向ける。


「草薙剣、僕の父の、英雄である私の、私は、(僕は、)それをよこせー。」


 僕は叫び、毛の生えた獣の腕を振り下ろす。


「役に溺れたか、しかしこれは面白い、如何に縁がよじれれば妖の類いが次の草薙の剣の継承者となる等という珍事がおきるのか、ハハハ全くもって面白い。」


片腕で受け止められていた、しかし戦いの記憶を取り戻しつつある僕はその腕を掴み返し、十束の剣で神社の鳥居ごと奴を縦に切り裂く。


「勝った、草薙の剣を、」


「よそ見とは、俺を相手に余裕だな、怪物。」


 咄嗟に振りかえり、地面をひっくり返しながら後ろに跳ぶ。


ガードした腕から血があふれ出す。


平安の武士ですら傷つけられぬ僕の毛皮をこうもたやすく、いかに草薙の剣とは言え、むしろ草薙の剣だからこそただの人間に扱えるはずがない、見ただけで呪われる神剣、英雄を悲惨な末路に導くともうわさされ事実としてそうなって来た恐ろしき剣。


「ヤマトタケルと言えばわかるか?」


 思考が止まる。日本書紀や古事記に登場する大英雄、何より天叢雲剣が草薙の剣と名を改めた伝説を持ち、奴が草薙剣を手にすれば、地上の如何なる怪物も土着の神々も伝説に名を遺すことすら出来ず、己が神話を持つ神々すら人として滅びたのだという。


ビックネームの登場に驚愕する僕にかまわず奴は動き出す、咄嗟のガード、二度の衝撃、失った右腕、こいつ同じ個所を寸分たがわずほぼ同時に!?


奴の技量の高さに、何よりその剣撃の軽さに驚く。


「おっと、その様子だと……、」


よく見れば奴は透けていた、その英雄としての威厳、神々しさに騙されていた。


僕は獣の姿をさらす。


「仮初めの肉体でよくやるものだ。」


 十五の角をはやした赤いネコ科の大型肉食獣が称賛を贈る。


 空中には十三の眼球と、黒・黄・白・青のかぎ爪の生えた腕が浮かんでいた。


「あららもうバレたか、良いね鬼の兄ちゃんセンスあるよ。」


ヒョウヒョウとした豪快な態度で英雄が笑う。


「感謝はする。だが勝ちは譲れない、悪く思え。」


その爪が振り下ろされる。


首が落ちた、巨大な鬼の首が地面に転がりその巨体がゆっくり倒れる。謀られた!?


「この程度の力でも案外斬れるもんだ、まああれだ、草薙の剣を持ったオレが負ける訳がないんだわ。悪いね鬼の兄ちゃん、次があるならもう少し勝利に貪欲になることだ。」


欠伸を1つ、肩透かし、そんな感情を隠そうともせず、ヤマトタケルは草薙の剣を背負おうとしてそれが無いことに気が付く。


「英雄、略奪がお前達だけの特権では無いと知れ。」


僕は首だけで飛び出し草薙の剣を奪い取ったのだ、首塚大明神たる僕の権能は首から上を正常に保つもの、故に本来なら自死と引き換えに相手の力を奪う伝説をただの技として使え、体に戻れば最上級の蛇の再生力でどうとでもなる。


「驚いた、ハハハ剣が依り代である以上オレは存在できねぇ、お前の勝ちだ。……、勝ちなんだが素手か素手で伊吹の神由来の怪物退治、あの時のリベンジみたいで燃える展開だ、全く遊びのつもりで顔を出してみたが、本気で勝ちたくなってくるじゃねぇか。」


それに首だけでも戦うことも出来るのだが……、それでも首だけと言うのは隙であり致命的だ。


「だからこそ残念だ、その状態でオレには勝てない。」


今の状態はヤマトタケルを前にすれば無防備に等しい、目の前に拳が迫る。


だが、私に焦りはない、僕はヤマトタケルを見ていない。


草薙の剣に限りなく近い剣に草薙の剣を降ろすことで、かつての異界と化した大江山を幻視する。


僕は幼い妖の姿で、あるいは人間の青年としてそこに立っていた。


水晶に包まれた彼女、その胸に刺さる剣を引き抜き彼女を縛る術を解除する。


「全く、泣き虫なのは大きくなっても変わらないのね。」


「聖、待たせてごめん。」


僕は彼女に駆け寄った、返されるのは熱い包容、互いに勢い余って転がり落ち地面の上まで転がり笑いあう。


「長かった、永遠の地獄だった。」


「全く、貴方は大袈裟ね。」


「そっか、あの時のまま何だ。」


 なにか歯車がかみ合わなければこの出会いですら悲劇になっただろう。


 だが一度人として人生をやり直したからこそもしもに想いを馳せるだけの余裕があった。


「はいはい頑張ったね、酒天。」


人の心は複雑で紆余曲折、それでも良かったと思えば良いのだ、僕は頭を撫でられながら今の幸福を噛み締めるのだ。


「早速で悪いんだけどもちょっと助けてくれない?」


「良いわよ、全く手間がかかるんだから。」


彼女の微笑みと共に現実へと引き戻される。


目の前に迫る拳、だが部防備なこの状態でも不安は無い。


「ごめんなさいね英雄さん、この子をあの世へのお土産にするわけにはいかないかしら、水を差すようで御免なさいね。」


翡翠の輝きが、英雄の拳を優しく受け止めていた。


「あらあら力はちょっと腕の立つ武士程度、本来の太刀筋を無理やり今の力に合わせてるのかしら?チグハグね。」


「大抵の奴はこの状態のオレにも勝てないんだかな、さっきの鬼の兄ちゃんと言いお嬢ちゃんと言い、強いね、俺の時代でも強い、他の奴等じゃオレが多分弱体化してることにも気が付かねぇんじゃねぇか?」


そう言いながら彼は手刀でまとわりつく翡翠の輝きを切り払い、彼女は輝きを模様として自身の両腕に纏わせ構えを取る。


「聖、変わってくれ。」


回復した僕が前に出る。


「あら、もう立てるの?」


「僕は鬼だからね。」


 僕は草薙の剣を持って言葉を発する。


「草薙の剣を持って無いと言うことがお前にとってどれほど致命的な事になるか知っている、だがそれでも余裕を崩さないのは何故か、奥の手が有るのだろう?第二ラウンドだ。」


ヤマトタケル、今の彼に人の様に不可能を可能にすることは出来ない、なぜなら彼は一度伝説になり終わった物語の存在、運命が決まった物語の住人に過ぎないからだ、その精神性で無茶を行う事も出来るが成長は無い。


「まあ有るさ、それもとっておきのがな。」


僕の手の中の草薙の剣から力が漏れ出ている。ヤマトタケルが何かした。


「太刀を交換したが、汝の持つものに草薙の剣としての意味はあるのか?それっぽい金属で造られた贋作ではないか?」


間違って無いが間違っている。


これは神話までなぞり私が英雄になりその剣を手にし、それを草薙の剣に近づける為にヤマトタケルまでも召喚し逆説的本物であると証明した代物である。


草薙の剣と照応させて、最高峰の陰陽術を解除出来た時点でこれを草薙の剣として扱っても良い。


ここで気が付く、奴は、ヤマトタケルはこの剣の製作に関わった、そして僕に剣を取られた事を交換と言い張る。


強がりでは無い、物語をなぞろうとしているのだ。


 ヤマトタケルは相手に渡した自作の武器よりも優れた武器を手にするという逸話がある。


 後の神話には剣の存在すら消滅し、刀身の無い剣を渡した言う扱いになったが、逆に言えばそれ程の兵器をてに入れた逸話である。


 では本物に限りなく近い草薙の剣を渡した場合、彼の手には何が手に入るのだろうか?


「我ヤマトタケル、この手に草薙の剣ある限り我最強である。」


ヤマトタケルの仮初めの肉体はより高位の物へと変化し、その手には恐ろしくも神々しい神剣が握られていた。


「私を前にその物語は成立しない、僕の草薙の剣がそのまがい物を否定する。」

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